2話:トカゲの尻尾切り
「口を慎みなさい」
「嫌よ!!だって私は、お父様の言う通りに従ったわ。好きな人を夫にしていいってお父様が言うから、私はローガンに……あんなことをしたっていうのに!あんなことがあったせいで、ローガンは私を軽蔑するようになったわ。私はふしだらで、体を使って、男を騙す悪女になった!」
「黙りなさい、デライラ」
「それなのに、今になってキャロラインの方が大事?魔法使い?知らない知らない知らない。そんなの聞いてない!!!!」
もはや、王女殿下の声は悲鳴のようだった。
あまりに声が大きいので、通路を挟んだ向こうにも届いていそうだ。
そう思って、振り返ったところで、私は驚きに息を呑んだ。
この騒ぎに、城勤めの使用人たちが起きてきているのだ。
彼らたちは、コソコソと何か話し込んでいた。しっかり、私のことも見られている。
(最悪だわ……)
密かに陛下と取引を交わし、城を後にする──という案だったのに。
それは、適わなくなってしまった。
泣き叫ぶ王女殿下に、しばらく陛下は彼女を好きなようにさせていたが、やがてうんざりしたように言った。
「静かにしなさい!みな、お前のことを見ている」
「だから何!?私は、お父様が処刑を取りやめるまで、ここをひかないわ!」
「虚言も程々にしなさい」
「──」
「ハッ?」
王女殿下の息を呑む声と、私の声が重なった。
王女殿下は、薄い青色の瞳をこれでもかというほど見開いていた。
それから、震える声で彼女が言う。
「虚言……?虚言、ですって?私が?」
「ついに頭がおかしくなったのか?おい、これを部屋に連れ戻しなさい。これ以上恥を晒すわけにはいかん」
その言葉に、彼女は陛下に掴みかかるようにして怒鳴った。
「ふ、ふざけないでよ!!ふざけるな!!あなたが……お父様が言ったんでしょう!?ローガンを体で落とせって!!それなのに何よ今更!?全部無かったことにすると言うの!?最低!!さいっていだわ!!あなたなんか、地獄に落ちればいい!!死ね!!死んでしまえ……ンッ、ンムッ、ンンンンーー!」
それ以上、王女殿下の言葉は声にならなかった。近衛騎士によって、口を封じられたからだ。
それに、陛下がやれやれと肩をすくめる。
「全く。妄想癖が激しいのは知っていたが……まさか、私に責任を押し付けるとはな。やはり、デライラ。お前には王女の務めは果たせまい」
「ンンンンー!!」
王女殿下は何か言おうと暴れ回っているが、近衛騎士の手は振り切れない。布を噛ませられた彼女は、言葉を封じられていた。
陛下は憐れむように、王女殿下を見た。
「ちょうどいい機会だから、言っておこうか。デライラ。お前はな、私の子ではないんだよ」
(…………ハッ!?)
突然、この人は何を言い出すの。
そう思ったのは、私だけではなかったらしい。王女殿下もまた、ぎょっとしたように陛下を見る。
しかし陛下は、まるで『いつ言おうか迷っていた』とでも言いたげに、顎髭を撫でながら彼女に言った。
「時期がね、合わないのだよ。お前の母は奔放だろう?だからそういうことも有り得ると思っていた。しかし私は、彼女に癒しを求めていたからね。たかが愛人の火遊びを咎めるほど、狭量でもない」
この人は……この男は、一体何を言い出すのだろうか。
ふと、思い出す。
リュンガー伯爵の言葉を。
今の王は目的のためなら手段を選ばない、酷く残忍で、非道な人間だと。
彼の話で聞いてはいたけれど──。
その一端をまさに今、私は目の当たりにしている気がした。
「元々疑わしいとは思っていたが──もはや、こんな騒ぎを起こした以上、無罪放免というわけにもいかん。ちょうどいい機会だ。お前の身分は取り上げ、王族籍からも抜くこととする」
「──、──」
慈悲の欠片もない陛下の言葉に、王女殿下は零れんばかりに目を見開いた。
言葉も出ない王女殿下を、引きずるようにして近衛騎士が連れていく。
場には、気まずい静寂が漂った。
(一体……何が、どうなって)
王女殿下が、陛下の子供ではなかった?
つまり、愛人が裏切ったということだ。
ここには見物人がいる。
見物人には、行儀見習いで城に勤めている貴族令嬢もいる。
社交界の噂になるのは必至だろう。
もはやなかったことには出来ない。
愛人もろとも、王女殿下は地位を追われることになる。
目まぐるしい変化に、頭が追いつかなかった。




