1話:あの日の真実
王女殿下の薄青の瞳が見開かれる。
そして彼女は、私が何か言うより先に、騒いだ。
「キャロライン!!やっぱりあなただったのね!あなたがローガンを貶めたのでしょう!?」
(しまった……)
見つかってしまった。
これでもう、隠れることは出来ない。近衛騎士の視線も、ばっちり私に向いている。
仕方なく、私は花瓶台の影から出ると、王女殿下に向き直った。
そして、彼女に言う。
「お言葉ですが、王女殿下。一方的な言いがかりはやめていただきたいですわね」
「違うって言うの!?今ここにあなたがいることが、何よりの証明じゃないの!」
「私は、陛下に嘆願のために来たのですわ。王女殿下の考えとは異なります」
「嘘よ!!お父様に頼み込んで、ローガンを殺させるつもりなのでしょう!?考えてみたら、おかしいのよ。婚約者がいても問題ない、なんて。なにか裏があるに決まっているわ!」
婚約者がいても、問題ない……?
それは、誰の言葉なのだろうか。
もしかして、陛下の?
あの夜の真相に、今なら踏み込めるかもしれない。
今更、あの夜、何があったかなんてどうでもいい。それを知ったところで、私の気持ちは変わらないからだ。
だけど、知らないままでいるのも気持ちが悪い。
私が尋ねようととしたところで、近衛騎士が阻むように私の前に立った。
「あなたたち……」
「魔法使い様ですね。お待ちしておりました。陛下は、こちらです」
「私が来るのが、分かっていたかのようですのね」
「…………」
近衛騎士は答えない。
しかし、それが答えだろう。
私はリュンガー伯爵の言葉が正しかったことを知った。
無視されたように感じたのだろう。王女殿下は、近衛騎士を押しのけようとしながら大声で言った。
「分かった。ようやく分かったわ!!あなたの狙いは、お兄様だったんだわ。王太子妃になりたくて、私にあんなことをさせたのね!」
「あんなこと、とは?」
「私に、ローガンを貶めるように言ったのでしょう!?お父様に!」
「何を……」
王女殿下の言葉は支離滅裂だ。
だけど、今、彼女は大事なことを言っているような気がした。
彼女はなぜ、私が王太子妃の座を求めていると思っているの?
それならまるで、私がローガンを邪魔に思っているかのよう──私がそう思ったところで、その場に第三者の声が響いた。
「随分訪問が遅いと思えば……それに捕まっていたのか。キャロライン」
「……………陛下」
この国を統べる王。
そして、恐らく──全ての発端であり、糸を引いている人物。
私が振り返ると、そこには予想通り、ルヒトゥルス国の国王が、そこにはいた。
「お父様……!!」
王女殿下が希望を見出したような声を出す。
そして、近衛騎士の制止を振り切って、彼女は縋るように陛下に頼み込んだ。
「お願い。ローガンの処刑を止めて!!キャロラインは生きてるじゃないの。だったらもう、良いでしょう!?」
王女殿下の声は絶叫に近かった。
嗚咽を零しながら、彼女が必死に言い募る。
しかし、陛下はちらりと王女殿下を見ただけで、答えない。
彼は控える近衛騎士に指示を出した。
「誰がこれを、ここまで入り込ませていいと言った?」
「ハッ。申し訳ありません」
「デライラ。部屋に戻りなさい。お前は全く、役に立たない娘だ」
「お父様……!!どうして!?どうしてなの!?」
一体、何が起きているというのだろう。
陛下と王女殿下の関係が読めない。
困惑していると、王女殿下の視線が私に向いた。
彼女は縋るように私を見たあと、何か思いついたように顔を上げた。彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃだ。
「私……私が、代わりの魔法使いになるわ!!ねえ、それでいいでしょう!?キャロラインなんかいらないじゃない。放逐してしまえばいいわ!」
王女殿下の突拍子の無い言葉に、面食らう。
魔法使いになる、という発言自体もそうだけど、突然でてきた放逐という単語にも驚いた。
魔法使いは、なろうと思ってなれるものではない。
魔力量によって嵌められる枠組みだからだ。
そして、魔力量というのは幼少期から10代にかけてが一番伸びる。
王女殿下は、十六なので、既に成長期はおえているはずだ。
文官や騎士を目指すのとは訳が違う。
王女殿下の言葉に、陛下は白けた目を向けた。
その後、彼は、ポケットからあるものを取り出した。
それは、水晶玉のようだった。
魔力量測定の際、使用するものだ。
「ならば、ここに魔力を込めてみるがいい。お前が真に魔法使いなら、それが応えるはずだ」
王女殿下は、一縷の望みをかけて、なのか、水晶玉を受け取った。
一体私は、何を見せられているというのだろう。
唖然としていると、その場に淡い光が迸った。魔力測定器──つまり、水晶玉が王女殿下の魔力に反応したのだ。
それは、橙色だった。
魔力には、ランクというものがある。
下から、黒、青、黄、緑、橙、桃、銀、金の、8段階だ。
魔法使いの場合、水晶は光り輝く。
つまり、橙というのは中の上レベルなのだった。
それでも、王女殿下は泣きながら魔力を込める。もはやその姿は痛々しい。
「陛下。これは何を──」
見せられているのですか?という言葉は、最後まで音にならなかった。
王女殿下が、泣きながら水晶玉を放り投げたからだ。
ガシャアアン!と音を立てて、水晶玉が割れる。
彼女は地団駄を踏んで、嘆いた。
「どうして!?どうしてなの!!お父様は、私にローガンをくれると言ったじゃない!!それなのにどうして、私から彼を取り上げようとするの!!」
とんでもない告白に、絶句した。
今、王女殿下は、重大な秘密を口にしている自覚が、ないのだろうか。




