6話: 殺しても死ななそう
意気揚々と乗り込んだはいいけれど。
(夜の王城って……怖いわね!?)
庭園を抜けて、裏口に向かう。
リュンガー伯爵が用意した合鍵を使い、中に入ると、中は厨房のようだった。
既に灯りは落とされていて、全く人気はない。
しん、と静まり返っていた。
私は忍び足で進む。
(近衛騎士の巡回ルートは頭に入ってる。この先を進めば……)
リュンガー伯爵が長年かけて用意を進めていただけあって、侵入はあっさりと叶った。
『城内には魔力探知機が置かれています。魔法の使用は極力、避けるべきです』
彼のアドバイスに則り、空間魔法で王城の中庭──リュンガー伯爵の見立てでは、ギリギリ検知しない範囲であるらしい。
そこに降り立った私は、そのまま裏口から城内に侵入した、というわけだ。
(王の居室は、三階の奥……)
さすがに、プライベートエリアには騎士が配置されているだろう。
そこについては、魔法を使うしかない。
そして、予想通り、プライベートエリアに入ると、二人の騎士が配置されていた。
サッと壁に隠れた私は、空間魔法を使い、騎士たちの向こうに移動する。
本当はこのまま王の居室までひとっ飛びしたいのだけど、王の居室には何が仕掛けられているか分からないため、手間ではあるが、こちらの方がいいとリュンガー伯爵に勧められたのだ。
(城に入ってから魔法を使ったのは、これで三回目……)
既に、魔法探知機が作動しているはずだ。
いざとなったら、実力行使で振り切るつもりだが──できる限り、その機会は最後まで取っておきたい。
私は、陛下と話に来たのだ。
それなのに、話をする前に帰ることになったら、ここに来た意味が無い。
プライベートエリアは、しんと静まり返っていた。
(……まだ、侵入者の捜索はされていないようね)
だけど、それも時間との勝負。
私は深呼吸を繰り返すと、慎重に足を進めようとした──ところで。
背後で騒ぎが起きていることに気がついた。
(気付かれた……!?)
咄嗟に花瓶台の影に隠れる。
そして、そっと背後を伺うと──そこには、想像もしていなかった人がいた。
「お願い!!どうかお父様に会わせて!!ここをどいて!!」
柔らかな声。
くるくるとカールを描く金髪に、薄青の瞳。
泣きながら訴える彼女は、紛れもなくこの国の王女、デライラ・ルヒトゥルスだった。
(どうして王女殿下がここにいるのよ……!?)
体に緊張が走る。
一体、何のために──その疑問は、直ぐに彼女の口から答えられた。
「このままじゃローガンが殺されてしまうわ!!あなたたちも、本当にローガンがやったとは思っていないでしょう!?」
「王女殿下、お部屋にお戻りください」
「だいたい、魔法使いって何!?そんなの存在しないわ!!お父様は何がしたいの!?私を貶めたいの!?これも、キャロラインの復讐なの……!?」
まさかここで私の名が飛び出してくるとは思わず、目を見開く。
どうやら王女殿下は、近衛騎士が守る先──つまり、王の居室があるプライベートエリアに入りたいようだった。
しかし、近衛騎士に阻まれてそれも叶わないようだ。
抑え込まれながら、王女殿下は暴れる。
「キャロラインが私を恨むのはわかるわ。でも、好きだったの。好きだったのよ!仕方ないじゃない!」
「王女殿下!お部屋にお戻りください!」
「キャロラインはいいわ。だって、お兄様と結婚するんでしょう!?いいじゃない。十分恵まれているわ。それなら、ローガンは私にちょうだいよ!!ねえ、あなたたちもそう思うでしょう!?これはキャロラインの復讐なのよ……!!」
(ふ、復讐……!?)
想像の斜め上をいく解釈に、呆気に取られそうになる。
支離滅裂な言葉を繰り返す王女殿下だが、訓練された近衛騎士は狼狽えない。
冷たいまでに冷静に、彼女を諭す。
「お部屋にお戻りください。王女殿下」
「嫌よ!!だいたい、キャロラインが殺されるなんて、信じる方が馬鹿げているわ。あの女、殺しても死ななそうじゃない!恨み深いんだから!そんなことしたら土から這い出て来るに決まってる。今もどこかで笑って見てるのよ!!」
「はっ……」
はぁあああ!?
思わず、そんな声が喉まででかかった。
笑って……見ている!?
確かに見てはいるけど!笑ってはないわよ!!
(それよりそもそもの話よ?)
どうして、なぜ、そこまで、王女殿下に言われなければならないのかしら……!?
品のない方法で、ローガンとの婚約を決めたのは王女殿下だ。
私が貶められるいわれも、こんなふうに悪意を向けられる理由もない。
古今東西。
今カノが元カノにマウントを取りたがるのはどこの世でも見かけられる光景なのあるかもしれない。
だけど、今回のケースに至ってはちょっと、事情が異なるんじゃないかしら。
ムカムカと腹が立っていると、いつの間にか花瓶台から身を乗り出しすぎていた。
王女殿下の一方的な物言いに腹が立って、顔を出しすぎてたのだろう。
「──」
その時。
ばちり、と運悪くも王女殿下──デライラと、目が合った。




