7話:まだ生きてる
困ったことになった。
なぜなら、猫が私の後をついてくるからだ。
馬車に乗り入れる際も、猫はついてきた。
じっ……と、まるで連れて行ってほしそうに見つめられると、ここでお別れするのが本当に辛い。
葛藤していると、そんな私たちの様子を見たリュンガー伯爵が笑った。
「連れて行ってほしそうにしていますね」
「……そう見えます、わよね?」
声や視線に、離れ難い、という気持ちが強く出ていたのかもしれない。リュンガー伯爵が、猫を抱き上げた。
猫は灰色模様だった。
前世風に言うならアメショーの血が入ってる!!ってやつだわ。
彼に抱き上げられても、猫は嫌そうにしない。それどころか、なにか訴えるように「にゃあ~~」と間延びした声を出した。
思わず、彼と目を見合わせる。
それから、リュンガー伯爵は抱き抱えてから、猫と見つめ合うように首を傾げた。
「うちに来るかい?」
「にゃあぁあ~~ん」
そんなわけはないのに、まるで会話しているようだった。
それくらい、猫の返事はタイミングが良かったし、返事の仕方が、何か言っているようにしか聞こえなかった。
リュンガー伯爵は困ったなぁ、というように笑うと、猫を抱きかかえたまま、私に尋ねた。
「この子は野良だと思うんだけど……一緒に馬車に乗せても構いませんか?」
「ええ、もちろん!!」
若干、食い気味になってしまったのは仕方ない。
後をついてまわる猫を可愛く思っていたのは、私だけではなかったようだ。
そして──伯爵邸に戻って、驚いた。
猫は、ただの猫ではなかった。
馬車を降りて、まずは猫をお風呂に……と思った直後の出来事だった。
猫が、私の腕から飛び出した──と思いきや、みるみる姿を変えたのである。
二倍、三倍……どんどん体積を増やした猫の姿はもはや、猫というより──
「ラ、ライオン……」
呆然と呟いた。
(さ、流石にライオンは無理よ!?無理よね!?いや、猫から変身したからライオンではない!?)
混乱のあまり、その場に突っ立っていると、ライオンは喉を鳴らした。
そして、先程──孤児院の時のように、私の手に頭を擦り付ける。
(か、かわ……!!)
可愛い。
とんでもなく可愛い……のだけど!!
ライオン!!
ライオンなのよ、この子は!!
うっかりガブッなんてされた日には、あの世一直線である。
(ああでも、こんなに可愛かったらそんな最期も悪くないかも……!?)
と、とち狂っていると、私の様子を見ていたリュンガー伯爵が静かに言った。
「その子……ライオン、ではないですね」
「えっ!?どう見ても、ライオンですわよ!ほらたてがみ!」
そう言って指で示すと、リュンガー伯爵は難しそうな顔になった。
「いえ、ライオンはライオン……なのですが、そうではなくて」
その直後、ペロッと手の甲を舐められた。
ライオンに。
柔らかな感触が可愛くて、でも同時に死の恐怖に襲われて、感情が大混乱だ。
私は、続きを促すようにリュンガー伯爵に尋ねた。
「つまり、どういうことですの!?」
「その子、精霊だと思います」
「せいれ……精霊!?」
精霊、と言うのは、あの!?
今度は驚きに硬直する私の横で、ライオンが「ぐるぐる」と喉を鳴らした。
流石、猫科。
仕草が猫と同じだわ……と、正常な思考を放棄した頭でそんなことを考えた。
☆
リュンガー伯爵邸にペットが増えた!
精霊で、ライオンだけど!!
名前は、グレースにした。
何となく、気品を感じる顔立ちだったからだ。
猫……ライオンに顔立ち?と思われそうだけど、目は大きいし、つぶらだ。
まつ毛(というか、目の上の毛)も長くて、品の良さを感じたのだ。
また、猫の時の彼女は灰色なので、グレースという名前を思いついた。
(流石に安直すぎるかしら……?)
まあ、グレースも不満そうでは無いし、リュンガー伯爵も何も言わないので、とにかく彼女はグレースだ。
そういうわけで、その日からグレースは、リュンガー伯爵邸に住むようになった。
彼女は、随分私に懐いている。
どこから来たのか、そもそもどうして私に懐いているのかも謎だ。
不思議に思っていると、リュンガー伯爵が「歌が道標になったんじゃないでしょうか」と答えた。
元々、魔法使いと精霊の絆は強い。
魔法使いにとって、精霊は何よりも身近に感じるものだ。
だけど──まさか、実態化して懐かれるとは思わなかった。
「あなたの歌声に、魔力が乗ったんでしょうね。その声に、惹かれたんだと思います」
今までは、魔力封じで出力量を絞られていたために、精霊まで届くことが無かった。
だけど魔力封じがなくなった今、私の魔力……が乗った歌声はずっと遠く、本来届く距離まで届いているのだろう、と彼は説明した。
つまり──
(この力があれば、私は動物(精霊だけど)にモテモテというわけね……!!)
本来、私は動物にモテる女だったのだ!!
前世も今世も、動物に避けられる……というか正直嫌われてすらいたけど!!
今世は動物に愛される属性付きってわけね~~~!!
思わぬ誤算だが、これは正直、めちゃくちゃ、とても嬉しかった。
嬉しさのあまり、その日から毎日歌ってみようかと考えたけれど、そうも言ってられなくなった。
そんなことをして、リュンガー伯爵邸を動物小屋にするわけにはいかない、と僅かに残った理性が訴えかけたのもあるし、それ以上に──
「今……なんて?」
孤児院から帰った翌日。
朝食の席で、私はリュンガー伯爵からとんでもない報告を聞いた。
「ローガン・ローゼンハイムの処刑が、王により宣言されました。……罪状は、魔法使いの殺害。つまり──国家転覆罪です」




