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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第5章 瞋恚の途

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16 / - 5 名古屋市 × 東春日井郡市 case.γ



 乳白色の山骨(がけ)を覗かせた八蘇山(はっそざん)の中腹を、上空から窺う翼幅3メートルほどの影があった。高度2万メートルに滞空した、米帝空軍(インペリアル)無人偵察航空機(ベスピロートニク)である。


 元来の名が「しぬ」の意であった八「徂」山を、「よみがえる」意の「蘇」へとかつて改めたことを嘲笑するかのように、生きている者の数が見る間に減じた。


 地表は最悪な有様(アードスキー)だった。

 少女たちの手首が落ちている。穴の穿たれた胴も、乾き切らぬ血に濡れた骨片も、砕けた側頭、眼球を失った眼窩から涙のように零れ落ちたもの、頭蓋ともまだ言えない、ほっそりとした(おもて)


 迷彩色に包まれた青年の亡骸もまた、機械の函の中に散乱していよう。偵察機を送り込んだ在列島米軍基地のモニタには、音のない状況だけが鮮明に流れているに違いなかった。


 無線操作の指先が震えたのか、翼をピクリと振るわせた無人偵察航空機(ベスピロートニク)は、旋回の幅を狭めながら、徐々に高度を下げていく。


 その様子を、高度400キロメートルの静止軌道から眺めている影があった。

 複合積層学園都市(バビロニック・ホウサ)偵察衛星(ナイトサイト)である。


 しかしその全景を眼差している者が、地表から数メートルの中空に浮かんでいることを知る者はほとんどいなかった。むろん、それは樹禰(ジュネ)の《眼》であった。

 

 海老茶(えびちゃ)色の振袖姿の樹禰は、《眼》によって山全体を俯瞰しながら、肉体に付属した光学レンズたる眼球では、冬目橘杯(トーメ キツツキ)を背後にかばいながら地表から見上げるブロンドの少女――Fiza-La(フィザ=ラ)のことを見ていた。


  ――とん、とん、とん……

 

 樹禰が口元で呟くと、Fiza-La(フィザ=ラ)の足元がグラつく。

 ナパーム爆撃でも受けたような爆発が、彼女の立つ辺りに連続して生じていた。

 膝を付きそうになりながら、まだ幼さを残した両手を左右にぐっと突き出すことでそれらの圧を打ち消しているのか、Fiza-La(フィザ=ラ)は背後の少女とともに、どうにか衝撃波に耐えていた。


  ――とんとんからり……

  ――とんからり……


 面白そうにその様子を眺めながら、樹禰の口元はなおも動き続けている。

 呟くような小声なのに、Fiza-La(フィザ=ラ)の耳にはその歌がはっきりと届いていた。

 

  ――これほど心願(しんがん)かけたのに

  ――浪子(なみこ)(やまい)は治らない

  ――ごうごうごうと鳴る汽車は

  ――武男(たけお)浪子なみこの別れ汽車……


 妙な節をつけて歌われるのは、作り手も(わか)らぬ古い手毬唄。

 悲恋を謡ったものなのか、曲調は極めて暗い。


  ――二度と逢えない汽車の窓

  ――鳴いて血を吐くほととぎす……


 樹禰は、そうして陰気に歌いながら、これまでに示した3つのほかに、また異なる3つのものを見ている。ひとつは、ありうべからざる白亜の空間を介した代月更也(シロツキ サラヤ)のこと。いまひとつは、鷸井瑞輝(シギイ ミズキ)の眼を通して見ている、人型軍用車両――代月更也(シロツキ サラヤ)の操る靑騎士(ブラウエ・ライター)そのもの。もうひとつは、この場にはあまり関係がないので今回はひとまず置こう。


 朝日を背にした靑騎士(ブラウエ・ライター)のブレードは、切っ先がほとんど視えなかった。


 代月に触れるほど身体を寄せている樹禰は、あくまでそこでは甘く頬笑みながら、彼が操る靑騎士(ブラウエ・ライター)の踏み出すタイミングを図っていた。

 あるいは、謀っていたのかもしれない。


  ――武男(たけお)戦争(せんそ)に行くときは

  ――白い真白(ましろ)いハンカチを……


 代月にむかって手毬唄を聴かせながら、歌が終わると同時に動くようにと助言をしていた。殺せ、と彼女はこぼした。


 動きなら、よしんば反応ができたとしても、そのときは弟に纏わりついた瑞輝(ミズキ)が停めてくれるだろう。そうして狙うべき場所に切っ先を突き下ろして、その瑞輝の息の根だけを止めてしまうがいいわ。



  ――うちふり投げて、ねえあなた……



 うっとりとして歌いながら、樹禰は代月と目を合わせ、最後の頷きを交わす。

 代月は天に掲げた靑騎士(ブラウエ・ライター)の右手首をほんの僅かに反らした。



  ――早く、帰ってちょうだいね……



 樹禰が歌が終わった刹那、靑騎士(ブラウエ・ライター)の腰と脚部に蓄えられたすべての人工筋肉の力は解放されて、そして――、


 高熱の(かよ)った刃が瑞輝に打ち据えられるかと見えたその瞬間、八蘇山(はっそざん)真白(ましろ)山骨(がけ)は内側から倒潰(とうかい)し、重い金属音を響かせて何かが靑騎士(ブラウエ・ライター)の前に立ち塞がったかと思うと、跳びかかった勢いのままぶつかった靑騎士(ブラウエ・ライター)の胴は、撃ち付けられた鋼鉄の(バンカー)に貫かれていた。


 それは、旧日本陸軍が40年前に付近の山中に打ち捨てていった、水蒸気機関で稼働する參式陸上脚装車。聯合國軍に「Cisternina(戦車) Occisio(殺し)」と呼ばれ恐れられた装甲機動兵器――通称、金剛蔵王権現(ザオウ・ファイター)


 突如現れた旧式の蔵王(サオウ)に不意を突かれたものの、靑騎士(ブラウエ・ライター)は最後の力を振り絞って、刃の切っ先をそれの直上からザックリと突き込む。


 刺し違える形で折り重なった2体の巨人(ジャガーノーツ)は、数秒の沈黙の末、その場に存在するすべてのものを巻き込んで爆散した。


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