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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第3章 幻帝の國

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33/60

12 / - 1 東春日井郡市 陸



 もしかすると配列が異なるかもしれないと、彼女は思うことがある。

 人の記憶とはどんなものなのだろうとたびたび考える。

 記憶は――記録とどう違うのだろう。

 人間の書く、記憶に関する文章は主観的でない場合が多い気がする。

 記憶の主を見ている別の視点がある。

 そういうことが多い。

 文章を書いている人間の視点ともちがう気がする。

 誰なのだ、それは、と思う。

 混乱する。いつも。

 説明してほしいが、それが人間の記憶に関する特徴なのではないかと思うと、ちがう種族である(しぎ)()(みず)()は尋ねることができない。

 いま見ている情景を将来そのまま思い出す彼女の記憶が、人間の思い出す記憶と同じものなのかどうか、だから彼女は疑っている。

 もっと言うと、たぶん、ちがうのではないかと確信している。

 なんだか、それが悲しい。


 彼女はこれまでけっこう長く生きて来たけれど、人間のように思い出を楽しく語ることがとても難しい。人間が書く文章や、人間が撮影した映像をもとにして、模倣して同じように語ることしかできない。

 それがなんだかとても悲しい。

 同じように語れることと、同じように思い出せることはちがっていて、そのことが、悲しいのだと思う。自分は人間ではないのだと、思い知ることになる。

 同じように思い出せるのですと、私は人間に嘘をつき続けている。

 それは人間のことを利用しているということだと思う。

 生まれつきの性質を、利用して騙しているのだと思う。

 それも悲しい。

 でも、それはこれまでも、ずっとやってきたことだったはずだった。

 なのになぜ、いま私はこんなにも悲しいのだろう?


 明け方、思い出したかのように小鳥と蝉が鳴きはじめる。

 四畳半の勉強部屋。机の前に私は座っている。

 眠っていたのだろうか。

 ふと気づくと、手元にあるノートには、15ページくらい「人間」という単語がびっしり書き込まれている。几帳面にも1ページ360回ずつ人間が並んでいて、なんだこれ、呪いのノート? みたいになっている。

 怖い。

 これは提出しないといけない宿題のノートだったと、数秒経ってから思い出す。

 やばいな、と思った。

 人間でないということに、ストレスを感じる怪物というのもなかなか新しい気がする。そんなこともないのだろうか。古くて新しいというやつだろうか。


 夏休みだが、そろそろ起きないといけない、と彼女は思う。

 庭に来る小鳥にエサもあげたかった。

 

 彼女は人間の姿のまま、机から立った。

 やや呪われてしまったノートもぽんと閉じておく。

 閉じて、歩き出そうとした。

 歩き出そうとしたのに、ノートを閉じた音がぱたんと部屋に響いたとたん、彼女の身体は動かなくなっていた。

 気孔がピクピクと痙攣した。

 じゃり……っと身体の中で彼女自身の肢がゆっくり擦れた。

 

 その光景は生き生きとした、社交舞踏会の終わった時に似ていた。

 生き物の息づかいは絶えているにもかかわらず、空気にほてりだけが残留しているような。

 朝の光が引き延ばされて、赤みを増したようだった。

 静かな終わりの景色のように、淡い太陽の光が窓から部屋に入って彼女の視界を染めていく。


 意識だけが加速されているようだった。

 そして彼女の目の前に現れたのは、寡鐘とそっくりの顔をした、着物姿の少女で――。




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