12 / - 1 東春日井郡市 陸
もしかすると配列が異なるかもしれないと、彼女は思うことがある。
人の記憶とはどんなものなのだろうとたびたび考える。
記憶は――記録とどう違うのだろう。
人間の書く、記憶に関する文章は主観的でない場合が多い気がする。
記憶の主を見ている別の視点がある。
そういうことが多い。
文章を書いている人間の視点ともちがう気がする。
誰なのだ、それは、と思う。
混乱する。いつも。
説明してほしいが、それが人間の記憶に関する特徴なのではないかと思うと、ちがう種族である鷸井瑞輝は尋ねることができない。
いま見ている情景を将来そのまま思い出す彼女の記憶が、人間の思い出す記憶と同じものなのかどうか、だから彼女は疑っている。
もっと言うと、たぶん、ちがうのではないかと確信している。
なんだか、それが悲しい。
彼女はこれまでけっこう長く生きて来たけれど、人間のように思い出を楽しく語ることがとても難しい。人間が書く文章や、人間が撮影した映像をもとにして、模倣して同じように語ることしかできない。
それがなんだかとても悲しい。
同じように語れることと、同じように思い出せることはちがっていて、そのことが、悲しいのだと思う。自分は人間ではないのだと、思い知ることになる。
同じように思い出せるのですと、私は人間に嘘をつき続けている。
それは人間のことを利用しているということだと思う。
生まれつきの性質を、利用して騙しているのだと思う。
それも悲しい。
でも、それはこれまでも、ずっとやってきたことだったはずだった。
なのになぜ、いま私はこんなにも悲しいのだろう?
明け方、思い出したかのように小鳥と蝉が鳴きはじめる。
四畳半の勉強部屋。机の前に私は座っている。
眠っていたのだろうか。
ふと気づくと、手元にあるノートには、15ページくらい「人間」という単語がびっしり書き込まれている。几帳面にも1ページ360回ずつ人間が並んでいて、なんだこれ、呪いのノート? みたいになっている。
怖い。
これは提出しないといけない宿題のノートだったと、数秒経ってから思い出す。
やばいな、と思った。
人間でないということに、ストレスを感じる怪物というのもなかなか新しい気がする。そんなこともないのだろうか。古くて新しいというやつだろうか。
夏休みだが、そろそろ起きないといけない、と彼女は思う。
庭に来る小鳥にエサもあげたかった。
彼女は人間の姿のまま、机から立った。
やや呪われてしまったノートもぽんと閉じておく。
閉じて、歩き出そうとした。
歩き出そうとしたのに、ノートを閉じた音がぱたんと部屋に響いたとたん、彼女の身体は動かなくなっていた。
気孔がピクピクと痙攣した。
じゃり……っと身体の中で彼女自身の肢がゆっくり擦れた。
その光景は生き生きとした、社交舞踏会の終わった時に似ていた。
生き物の息づかいは絶えているにもかかわらず、空気にほてりだけが残留しているような。
朝の光が引き延ばされて、赤みを増したようだった。
静かな終わりの景色のように、淡い太陽の光が窓から部屋に入って彼女の視界を染めていく。
意識だけが加速されているようだった。
そして彼女の目の前に現れたのは、寡鐘とそっくりの顔をした、着物姿の少女で――。




