表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第2章 邂逅の塔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/60

10 / - 1 名古屋市×東春日井郡市 貮



 静かな暗闇の中、ぼくの特殊能力である人工的裁断葬送アーティスティック・トロラエアが、敵の隠れた小惑星を瞬時に切断する。敵のひとりが負傷したようで、瞬間的に紅い閃光が走った。撃墜とはいかなくとも、これで戦闘能力を喪失させられたかもしれない。

 そう思えば力押しの一撃も悪くはなかったろう。

 星系を二分した勢力同士の闘争は、すでに数百年も続いている。

 白く散った星々の光は遠かった。


 今日も宇宙は、そしてさわやかな蜜柑の香りが漂っていた。

 

 敵も三人の少女――輻輳実存迷宮ハイブリッド・メビウスだった。微分戦線ディファレンシャル・フロントもよほど焦っているらしい。ぼくたちがあまりにもこの空域を死守しているものだから、同族をぶつけようというのだ。

 たしかに他の戦力に比べれば実存迷宮メビウスは強力だ。だが微分圏ディファレンシャル・フィロソスフィアのそれはあまりにも個別のカスタマイズが極端すぎて、戦隊編成としては及第点とは言い難い出来。


「――《人工的冷酷表象アーティスティック・ペカトルム》の射程は?」


 ぼくはチームの少女に通信した。


『もうちょっと……そうだな、あの辺にある小天体をみっつほど粉々にしてみてくれるか』


「いいけど、相手には特にダメージはないけど、それでも?」


『いいよ。こっちが使うだけだから』


「そう、わかった」


 何を考えているのかよくわからなかったが、彼女は頼りになるチーム・メイト。

 言われたとおりに小天体に向けて能力を撃ち込むために両手を伸ばしてそちらに向け、開いた両てのひらを「カニ」を作るように親指の付け根あたりをこつんとくっつける。


 能力が時空間を《矯正》した瞬間、蜜柑の匂いがつん、と濃くなった。


 2発、3発、4発……連続で時空を矯正し、その衝撃で小天体をサッカーボール程度の大きさにまで砕き終える。この量子ホログラフ宇宙では、三次元空間は自然状態では常に《歪んで》――これは重力による歪みとは区別されて――おり、よくわからないがカラビ=ヤウ空間などによって丸め込まれた余情次元は時空間に均等に分布してはおらず、量子振動というものは10のマイナス33乗センチメートル単位で不均等に散らばって偏在している。


 ぼくたち輻輳実存迷宮ハイブリッド・メビウスはそこに特殊なパルスを撃ち込むことで、それを均等な分布へと修正し、歪んだ状態の空間に安定していたはずの物質をねじ切ることができるのだ。

 しわのあるコピー用紙に印字された文字は用紙を伸ばした途端断裂するように、水滴のついた歪んだポリフィルムをピンと伸ばすと水滴がはじけて空中に踊るように、対象が三次元上に存在する限り、こうした破壊能力から逃れることは絶対にできなかった。


『流石に綺麗にやるね。ありがとう、つかわせてもらうよ』


「うん、何すんの? てか敵、撃ってきてるよ」


 ぼくは敵の《矯正》射撃を人工的裁断葬送アーティスティック・トロラエアで弾き返しつつ、チーム・メイトがいるであろう遠方を振り返る。


「何する気だろ……?」


 彼女の能力人工的冷酷表象アーティスティック・ペカトルムは遠距離狙撃の能力だ。

 あんなにたくさんの岩石を何に使うのだろう?


『まぁ、見てなって』


 そう言う彼女を、ぼくは信用してとりあえず通信を終える。

 彼女はこの界隈では、最強の戦力といわれて久しいのだから。


 戦闘はこちらの有利に進んだ。

 向こうはひとり能力を喪失した者がいたし、残りのふたりはどちらも譲り合うことをしないので、攻撃の的確さに欠けるところがあった。

 距離をとりながら、こちらが能力の射撃で攻めていると、イラついていたのだろう、不意に、敵のひとり――たぶん能力を失ったやつ――がブレードを抜いた。

 抜いたときにはレイピアだったが、電子信号シグナルによって刀身の流体金属が変質し、日本刀状の鋭い刃に編成された。


『――ずるイぞ! 堂々と戦え! アホ!』


 微分(ディファレンシャル)戦線(・フロント)の少女はそう叫びながら突撃してくる。

 速い。


「こっちくんな!!」


 ぼくは人工的裁断葬送アーティスティック・トロラエアで相手を狙うが、変則的に避けられて当たらない。


「接近戦かよ……」


 ぼくもいちおう装備しているレーザー・サーベルを起動させようとして、


「え?」


 その必要はなかったと思った。

 敵の少女の顔面に、岩石が飛び込んでいた。

 首が後ろに折れ曲がる。

 動きが止まった。


『――大丈夫? 人工的冷酷表象アーティスティック・ペカトルムで飛ばしてみた』


「え……ありがとう?」

 

人工的冷酷表象アーティスティック・ペカトルムは遠距離狙撃の能力じゃなくて、長距離多連鎖矯正の能力なんだよ。空間への批評性なら任せて。もう勝負はついてる……』


 そんな通信が届いたあと、たしかにこの空域が動いているのがわかった。

 ぼく以外の物質が、すべて何らかのベクトルを与えられて移動していく。

 そして――収束する。3人の少女へと、空域のすべての岩石が。

 逃げることもできない。自分たちの体さえも矯正の力場に管制されているのだから。空域はまるで巨大な龍が口を閉じようとしているように敵を呑み込んでいく。


 敵の少女たちが、無数の岩石に八方から殴りつけられる惨劇。

 それをみられるのかと思った寸前、



《――――ごめんなさい! データリンクが切断されました! ゲーム・スフィアに異物が侵入しました。安全を確認してから再度のログ・インサイトをお願いいたします!》


 というポップアップ表示とともに、暗い宇宙は消え、大須商店街に構えられたゲーム・アーケードの風景が戻ってきた。視界には、巨大な猫に逆さに吊り下げられて泣いている、3頭身の女の子のキャラクターが表示される。



 一瞬遅れて、白いプラスティックのストローが、黒いアスファルトの道路に跳ね返ってくるりと回転した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ