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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第2章 邂逅の塔

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5 / - 2 東春日井郡市 參

 


 恭介は線香をあげると、すぐに粗末な小屋の中から出た。

 入口には戸すらなくカーテンしかついていないような粗末な掘立だったが、その持ち主だった彼の祖母は、亡くなる瞬間までこの深山に独りで住み、油絵を描いて過ごしていた。かつては抒情画の泰斗とさえ評された少女雑誌画家だったそうだが、恭介が生まれたころにはすでに仕事はしておらず、この小屋に引き籠って趣味の空想的で柔らかなタッチの絵を淡々と描いていた。

 

「ねぇ、ばあちゃん。なんでこんな汚いとこにすんどるん?」


 幼い日の恭介はそう尋ねたものだった。


「んぅん? せやなぁ。ここにあるんはみぃんな、廃物利用の原則原理に叶った、堂々たるものばかりやさかいなぁ! 第一この家が、そこいらに並んでるような月賦住宅や借家とはちゃう。自分の家のような、他人の家のような中途半端な気持ちで住んでるんちゃうんや。流木やトタン板を丹念に拾い集めてな、風通しと日当りを考えながら、自分で作った構成派風の新様式住宅や……」


 祖母は何でそんなことを孫が聞いてくるのかわからないといったようにすらすらと理由を話した。恭介にとっては祖母がここに住むことが楽しくてしょうがない、ということしかわからなかったが、それだけで彼には十分だった。いつしか反対する両親の制止も聞かずに、この森の奥にある祖母の家にたびたび訪れるようになっていた。


 祖母が亡くなってからもうすぐ一年が経つ。

 イーゼルには描きかけだったカンバスが立てかけられたまま埃を被っている。

 時間が経ってもなお、小屋には染みついているのだろう石油のような画材の臭いが残っていた。恭介は小屋から出る瞬間、チラリと振り返って祖母の最後の絵を見た。そこに描かれているのは瞳に強い力のこもった少女だ。恭介は知らなかったが、それは内藤ルネや藤井千秋、藤田ミラノといった祖母と同時期に活躍していた、雑誌画家の画風を思わせるものだった。恭介はそれが、何を描いたものなのか知っていた。知っていてなお、その絵が完成しないということが悲しかった。

 彼は永遠に彼方を力強く夢見る少女のことを思いながら、駆け出していた。辺りは森の中にあってそこだけは、祖母が長く暮らしていただけあって木々が薄い。小さな広場のようだ。そこからまた木々の多く茂る中に入って少しだけ行くと、かつて旧帝國陸軍が使用していたという施設の跡地に出る。遺跡といっていいだろう。ドイツ第三帝國のV1発射場跡地が遺跡になっているのと同様に、この場所もかつてのことを知るための貴重な資料となるだろう。だが、この場所は祖母によって今まで隠され続けてきた。


 そこには、遺っていたのだ。

 祖母がもっとも美しかった時代に、その青春を捧げた戦争という怪物の腹の中で暴れた一匹の機動兵器が。前線にいけない彼女たち女学生が、銃後の勤労のなかで夢見た勇ましい咆哮の残滓が。


 參式陸上脚装車――聯合國軍に「Cisternina(戦車) Occisio(殺し)」と呼ばれた装甲機動兵器。旧日本軍の遺物――通称、金剛蔵王権現(ザオウ・ファイター)


 空の零式艦上戦闘機(ゼロ・ファイター)がそうであったのと同様に、陸の參式陸上脚装車(ザオウ・ファイター)はそれまで欧米列強の専売特許であった機構兵器の分野において、はじめてそれ以外の民族が造りえた彼らに伍することのできた兵器であった。

 特に參式陸上脚装車(ザオウ・ファイター)は太平洋戦線で行われた激戦でも、アメリカ自由主義共和国連邦の最新式戦車に引けを取らなかったことでその名を歴史に刻んでいる。戦後も北方四島で接収された同機はグルガ・ソヴィエト連条合衆国の本土へと持ち帰えられ、後に同国赤軍の正式戦闘車両を生み出すことになる。だが、1970年代までには旧日本軍式の陸上脚装車は姿を消していくことになる。その理由は単純だった。()()()()()()()、操縦できなかったからである……。


 恭介の祖母は、この機体を少女として、カンバスに描こうとしていた。

 彼は、この機体をもう一度動ける状態にすることをひそかに目指していた。蒸気機関エンジンの修理は、実はもうほとんど終わっている。だが本当に大変なのはここからだった。


 制御装置の復元――それは一介の高校生が手を出すには、限りなく困難で、そして危険な行為だった。


 追い詰められた戦争期の日本では、残された最後の資源――すなわち「人間」というものをどのようにすれば兵器化できるのかという研究が盛んに行われた。当然のことだ。大国アメリカを相手にして、日本が正攻法で適う筈はないのだから。そうして生まれた、泥臭い生体工学によって編み出された機械制御論は非常に独特なものだった。

 

 彼はその復元のために、祖母が生きている間には絶対に触れさせなかった、操縦システムの構築を目的に合成されたという注射剤(アンプル)にもすでに手を出していた。だが、身体には何の変化もなかった。彼は普通だった。資料で読んだような劇的な変化は起こらない。もしかしたらそれでいいのかもしれない。

 だが、彼はそのことに焦りを感じていた。


(――こいつを、俺はどうやっても、動かさないと……)


 恭介は、名古屋から手に入れてきた最新式のエレキュレータ・システム装置を、地道に電気系統へと組み込みながら、硝子玉のような、不思議な光を宿した瞳で宙を見つめていた。




   ◇◇◇



 そんな恭介の姿を、遠巻きに見ている者がいた。

 森の木々の陰に半ば身を潜めつつ、恭介の挙動を観察していた。

 まるでちゃんとやっているかな、と確認でもしにきているような表情だった。

 それは、赤い着物を着た少女――(さき)()(じゅ)()だった。



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