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【第1章完結】言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY


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第28話 無字の誓い

 一色くんなんて嫌いです。

 ……とは言い切れませんけど、意地悪な人だとは思いました。

 最後の最後まで、わたしに死なれたら困る理由を、話してくれませんでしたし。

 ま、まぁ、別にそこまで気になっている訳ではないんですけど。

 ……嘘じゃないですよ?

 と、とにかく、あのあとわたしたちがどうしたかですが、先日訪れた丘の上に来ています。

 念の為に言っておきますけど、授業をサボっているんじゃありません。

 緊急事態にすぐ動けるようにする為、首都を一望出来る場所を選んだだけです。

 この案を出したのは、一色くんですが。

 これに関しては、少しばかり意外でした。

 本心を言えば、彼が積極的に任務を全うすると思っていなかったので……。

 しかし、既に【刀】を発動して油断なく辺りを見渡している姿を見る限り、真面目に取り込もうとしているようです。

 なんか、先入観で勝手に決め付けたことを、申し訳なく思いますね……。

 内心で反省したわたしは、気を取り直して集中しました――が――


「まだ早い。 今は休んでおけ」


 こちらを見ることもなく指示されて、目を丸くしました。

 どうしてわたしの精神状態は、ここまで筒抜けなんでしょう……。

 真剣に悩みそうになりましたけど、それより聞き捨てならないことがありました。


「休んでおけと言われましても、一色くんにだけ任せろと言うんですか? そんなの、嫌です」

「あくまでも今は、だ。 そのうち、嫌でも働くことになる」

「……どうして言い切れるんですか? 学院長の【聡明叡智】では、何も察知出来なかったのに」


 少し厳しめに問い掛けたわたしに、一色くんはしばし何も言い返しませんでした。

 ほら、やっぱり口から出任せなんじゃないですか。

 だったら、わたしも一緒に頑張ります。

 そう思いましたが、彼はいきなり口を開きました。


「何故、天羽陣営の『参言衆』は狙われたと思う?」

「え? 学院長が、【聡明叡智】の隙を突かれたと仰っていませんでしたか?」

「そう言う意味じゃない。 狙われた理由だ」

「それは……やっぱりヒノモトの主力ですし、魔族からすれば邪魔だからでは?」

「確かに、それもあり得る。 だが、真の目的は違う気がする」

「真の目的……?」


 一色くんは、何が言いたいんでしょう。

 朝からずっと緊迫した空気を発していますが、何か関係しているんでしょうか。

 不思議に思ったわたしが小首を傾げていると、彼は間を空けてから話を再開させます。


「『参言衆』に勝った魔族が出現するとなれば、今度は『肆言姫』が動くことになる。 これは、自明の理だ」

「はい、そう思います」

「だが、それが罠だとすれば?」

「罠、ですか……?」

「掻い潜る手段が出来たとは言え、魔族にとって【聡明叡智】が厄介な言魂なことに違いはない。 動きが著しく制限されるからな。 それこそ、ある意味では『肆言姫』を凌駕する」

「まさか……」


 血の気が引くのを感じました。

 早乙女さんたちを倒すことで、天羽さんたちを誘き出す。

 そして、もう1人の『肆言姫』と他の『参言衆』は、現状動けない。

 要するに――


「敵の狙いは、【聡明叡智】を潰すことだ」

「ま、待って下さい……! そこまでわかっているなら、どうして黙っていたんですか……!?」

「確証はないからな」

「だからって、もっと警戒することは出来たはずです……! 早く、学院長にお知らせしないと――」


 思わず、言葉を途切れさせてしまいました。

 それも致し方ありません。

 何故なら、首都全域に膨大な数の魔法陣が描かれ、そこから同数の魔物が現れたのですから。

 ハイゴブリン、イビルバード、ギガントゴーレムの3種類。

 通常種より全てワンランク上の強さを持っており、ハイゴブリンとイビルバードは中級、ギガントゴーレムに至っては上級に分類されます。

 首都を直接狙って来るだなんて、前代未聞ですよ……!?

 平和だった街並みが一気に混沌として、人々の悲鳴が響き渡って来ました。

 首都には多くの言魂士がいるので、早速対処していますが、質はともかく数で完全に劣っています。

 このままでは……!

 戦況不利だと悟ったわたしは、すぐさま救援に向かおうとしましたが、そこに更なる絶望が叩き付けられました。


「くく、良い感じだな。 さぁて、【聡明叡智】をぶっ殺しに行くか」


 上空に突如として現れた、金の鎧を纏った魔族。

 彼に引き寄せられるかのように、空を分厚い雲が覆い、不気味な様相を呈しています。

 遠く離れているのに、ここまで強烈な魔力が伝わって来ました。

 あまりにも凶悪過ぎて、不運にも近くにいた人々は意識を失っています。

 もしかして、あれは……。


「やはり、『十魔天』か」

「い、一色くん、知っているんですか……?」

「感じる力から判断しただけだ。 お前も、わかっているんだろう?」

「……はい」


 控えめながら、頷きました。

 わたしは魔族どころか、実際に魔物を見るのも初めてですけど、間違いないと思わされるほど圧倒的です。

 だからこそ、どう動くべきか迷ってしまいましたが、彼が揺らぐことはありません。


「行くぞ」

「行くって……じ、『十魔天』と戦うんですか……?」

「そのつもりだ」

「わ、わたしたちに倒せるでしょうか……?」

「2対1なら、なんとかなるだろう」

「……凄い自信ですね」

「1対1と言わない辺り、可愛い自信だと思うが」


 視線を魔族に固定したまま、いけしゃあしゃあとのたまう一色くん。

 どこまでが本気なんですか……?

 どこまでも本気なんでしょうけど……。

 思い切り脱力したくなりましたが、そんな場合じゃないですね。

 彼の言う通りだとしても、まだ問題はありますから。


「仮に『十魔天』をわたしたちで抑えられるとして、街の方はどうするんですか? 大きな被害が出るのでは……」

「だろうな」

「だ、だろうなって……それで良いんですか……!?」

「優先順位を付けた結果だ。 何より守らなければならないのは、【聡明叡智】。 その為には、『十魔天』を止めるしかない」

「……だから、街の人たちは見捨てると?」

「何度も言うが、優先順位を付けた結果だ。 お前も、今のうちにこう言うことには慣れておけ」


 一色くんの口調は、いつも通り。

 残酷な現実を経験させて、わたしの成長を促そうとしているのかもしれません。

 言っていること自体も、間違っているとは思えないです。

 事実として、学院長の【聡明叡智】を失えば、ヒノモトはもっと危険な状況に陥るでしょうから。

 流石は一色くん。

 先を見据えた、冷静な思考回路ですね。

 ただ……それだけです。

 彼が正しいとしても、わたしは納得出来ませんでした。


「街の人たちを救いましょう」

「話を聞いていたのか? 『十魔天』を止めなければ――」

「わかっています。 そちらは、わたしが受け持ちます」

「……何を言っている?」

「ですから、『十魔天』はわたしが止めます。 その間に、一色くんは街に出現した魔物たちをなんとかして下さい」

「馬鹿なことを言うな。 1人で『十魔天』に勝てると思っているのか?」


 こちらに振り向いた一色くんは、珍しく必死な顔をしていました。

 それだけ心配してくれたんだと思うと、こんなときにもかかわらず、嬉しくなってしまいますね。

 対するわたしは自分でも驚くほど落ち着いていて、微笑を浮かべて告げました。


「勝てるとは思いません。 でも、時間を稼ぐことは出来ると思います」

「しかし……」

「お願いします、一色くん。 時間がないんです、力を貸して下さい」


 彼の手を取って、胸の前でギュッと握ります。

 自分から接触するなんて……どうやら、わたしもおかしくなっていますね。

 ですが、『十魔天』と戦うなら、それくらいでちょうど良いかもしれません。

 目を逸らすこともなく、真っ直ぐに一色くんと視線を交えました。

 彼は無表情のまま懊悩しているようでしたが、やがて大きく溜息をつきます。

 そして、わたしの手を握り返しながら、言いました。


「2つ条件がある」

「何でしょう?」

「1つは、絶対に死なないこと。 危険を感じたら、何を置いても逃げろ」

「……わかりました」


 などと言いながら、そのつもりはありません。

 無駄死にするつもりはないですけど、足掻き切ってみせます。

 わたしの本心がバレたのか、一色くんはジト目を向けて来ましたが、素知らぬふりをしました。

 我ながら、大胆不敵ですね。

 すると彼は諦めたようで、嘆息をついてから口を開いたのですが――


「もう1つの条件は……」

「……どうしました?」

「いや……あとで話す」

「はい……? 条件をあとで話す……?」

「そうだ」

「……怖いんですけど」

「気のせいだ」

「そう言う問題じゃないかと……」

「嫌なら、交渉決裂だ」

「……仕方ありませんね。 わかりました、よろしくお願いします」


 どんな条件を出されるか知りませんけど、一色くんの協力は必要不可欠。

 それゆえに、わたしは逡巡した後に受け入れ、頭を下げました。

 まぁ……なんとかなるでしょう。

 ……きっと。

 自分で自分に言い聞かせたわたしは、一色くんから離れて走り出そうとしましたが、彼はまだ言いたいことがあるようでした。


「待て」

「何ですか? これ以上は、間に合わなくなるんですけど」

「すぐに済ませる。 刀を出せ」

「『葬命』を……?」

「時間がないんだろう? 早くしろ」

「……わかりました」


 正直なところ、かなり躊躇いました。

 『葬命』は無明家の家宝であると同時に、母上からの贈り物でもあります。

 そんな大事なものを他人に委ねるのは、抵抗がありましたが……一色くんなら、良いかなと。

 最終的にそう結論を下したわたしは、大人しく彼に『葬命』を差し出しました。

 一色くんは丁寧な手付きで受け取り、何をするかと思えば、指先で表面を撫でただけ。

 ……終わりですか?

 キョトンとしたわたしに、彼は『葬命』を突き返し、何事もなかったかのように言い放ちます。


「行くぞ」

「……はい」


 釈然としません。

 ……けど、言い合っている暇はないですね。

 1度深呼吸したわたしは、無言で一色くんと視線を交換してから、同時に足を踏み出しました。

 丘を駆け下りて、目指すは『十魔天』。

 幸いにもと言うべきか、まだ最初の位置から動いていません。

 最短距離を走り抜け、街に着いてからは建物の屋根伝いに一直線。

 一色くんに注意を向けると、彼は既に魔物の討伐を始めていました。

 凄まじい勢いで、敵が減っているのを感じます。

 近くの言魂士が驚いていましたが、構っていられません。

 一色くんのことは、ひとまず忘れましょう。

 そもそも、彼を心配している余裕なんてありませんし。

 『十魔天』に近付くにつれて、漂って来るプレッシャーも、加速度的に増して行きました。

 しかし……不思議ですね。

 何と言いますか、一色くんと相対しているときの方が、よほど緊張します。

 これなら、いつも通り戦えるでしょう。

 勇気を胸に屋根から屋根に飛び移り、遂にそのときが訪れました。


「はぁッ……!」

「あん?」


 『十魔天』の近くの建物から、全力で跳躍しながら抜刀。

 振り抜かれた『葬命』は、狙い違わず相手の首筋に吸い込まれました。

 当初、彼は胡乱気な顔付きでこちらを見て、全く意に返していないようでしたが――


「……! ちッ!」


 直前で紅蓮の大剣を生成し、『葬命』を受け止めました。

 今の一瞬で……やはり手強いですね。

 そんな感想を抱きつつ、別の建物に着地したわたしを、『十魔天』は険しい面持ちで睥睨しています。

 急に態度が変わりましたね?

 良くわかりませんけど、こちらに注意が向くのは望むところ。

 なんとか、時間を稼いでみせます。

 決意を固めたわたしが『葬命』を構えていると、『十魔天』は重々しく口を開きました。


「テメェは確か……新しく特務組に入った奴だな?」

「はい、無明夜宵と言います」

「は! 敵に自己紹介するなんてな。 良いぜ、付き合ってやる。 俺はガイゼル。 『十魔天』の1人だ」

「ガイゼル……。 やはり、『十魔天』なんですね」

「ほう? 驚かねぇんだな。 てことは、テメェ1人で『十魔天』に勝てるとでも思ってやがるのか? やれやれ、魔族も舐められたもんだぜ」

「……やってみなければ、わかりません」


 嘘です。

 1人で勝てるなんて思っていませんけど、ここははったりでも何でも使いましょう。

 そんなわたしの思いに気付いたのか、ガイゼルはニヤニヤ笑っていましたが、突然真面目な表情で問い掛けて来ました。


「夜宵、俺の情報が確かなら、テメェは無字だったはずだぜ? もしかして、偽の情報を掴まされたか?」

「……? いえ、確かにわたしは無字ですが……」

「んだと? どうなってやがる?」


 わたしに聞かれましても……。

 僅かに困惑した様子のガイゼルが見ているのは、『葬命』。

 この刀は確かに超一級品ですけど、どこまで行っても普通の刀のはず……。

 まさか……一色くんが何かしたのでしょうか?

 彼の言魂は、【刀】。

 刀を生み出すだけじゃなく、別の刀に影響を与えられる可能性は、ゼロではないです。

 もっとも、そのような【刀】の言魂士が存在したなんて、見たことも聞いたこともありませんけど……。

 何にせよ、今の『葬命』はガイゼルにとって、脅威となり得るらしいですね。

 とんでもない現象な気がしますが……考えるのはあとにしましょう。

 改めて『葬命』を構え直したわたしは、敢えて強気に言い切りました。


「ガイゼル、貴方はわたしが止めます」

「はん。 無字の分際で、吠えんなよ。 俺を前にしてもビビッてねぇのは大したもんだが、とっとと殺して目的を果たさせてもらうぜ」

「目的……学院長ですか?」

「もう隠す必要もねぇな。 そう言うこった。 【聡明叡智】さえなけりゃ、テメェらに俺らを止めることなんざ出来なくなるからな」

「……魔族の目的は何なんですか? ヒノモトを滅ぼして、世界を支配しようとでも言うのですか?」

「悪いが、そこまでは教えられねぇな。 ただ、テメェらの考えは的外れとだけ言っておいてやる」

「的外れ……?」

「もう良いだろ? 始めようぜ。 あんまりのんびりし過ぎたら、『肆言姫』が帰って来ちまうかもしれねぇからな。 テメェの時間稼ぎに、いつまでも付き合ってられねぇんだ」


 ニヤリとした笑みで、大剣を構えるガイゼル。

 気付いていましたか……。

 まぁ、わたしも長々と引き延ばせるとは、思っていませんでしたけど。

 完全戦闘モードに移行していると、ガイゼルは大剣を振り上げて――


「オラァッ!」


 思い切り振り下ろしました。

 剣身から極大の魔力の刃が放たれ、頭上から迫って来ます。

 これは……!

 驚きに目を見開きつつ横に跳んだものの、範囲が広過ぎて逃げ切れません。

 仕方ありませんね……!

 『葬命』が傷付くのを覚悟しながら、なんとか防ぐべく振り切りましたが、結果は意外なものでした。


「え……?」

「ちッ! ウザってぇな」


 苛立たし気に顔を歪めたガイゼルと、霧散する魔力の刃。

 思わず、間の抜けた声を漏らしてしまいました。

 今の攻撃は報告にあった、エニロの魔術と酷似しています。

 エニロの上に君臨するガイゼルが使えても不思議はないですけど、問題はその威力。

 聞いていたよりも格段に強く、範囲も広いです。

 それを呆気なく相殺出来るなんて、一色くんはいったい何をしたんですか……?

 いえ、細かいことはどうでも良いでしょう。

 何にせよ、これは大きな追い風です。

 一色くんに守られているような気分になったわたしは――


「行きますよ、ガイゼル」

「無字が、いきがってんじゃねぇぞ!」


 より一層強く、彼に立ち向かおうと誓いました。

 こうして首都は、戦場と化したのです。

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