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【第1章完結】言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY


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第27話 切り札の時

 エニロが振り下ろした長剣を、四季は『雅美』で跳ね上げる。

 単純な腕力で言えばエニロが勝っているものの、四季はタイミングと当てる場所を工夫することで、見事に成し遂げた。

 更に彼女は、体勢を崩したエニロに刺突を放ったが、彼も並の使い手とは程遠い。

 即座に長剣を引き戻したエニロは『雅美』を受け流して、そのまま刃を柄に滑らせるように斬り掛かる。

 見事な剣技を四季は目を細めて認めつつ、『雅美』を巧みに操りながら転身することで、攻撃範囲から難なく逃れた。

 そのままエニロの背後を取った彼女は、蜂の巣にする勢いで連続突きを繰り出す。

 常人では見切るどころか反応すら難しかっただろうが、寸前で察知していた彼は前方に身を投げ出した。

 間一髪で刺突の雨を凌いだエニロは、受け身を取って立ち上がると同時に、長剣を振り上げて魔力の刃を飛ばす。

 しかし、四季に届くことはなく、あっさりと『雅美』で打ち払われた。

 そこで一旦動きを止めた両者は、無言で見つめ合う。

 今のところ互角か、やや四季が上。

 だが、そこに大きな隔たりはない。

 それは彼女も認めており、だからこそ様子見をしながらの戦いを展開していた。

 とは言え、それもここまで。


「なるほど。 わたしたちに挑もうとするだけはある」

「ほう。 『肆言姫』に認めてもらえるとは、光栄だな」

「勘違いするな。 あくまでも戦えると言う程度で、わたしたちが負ける要素はない」

「そうか? 現時点では、付いて行けていると自負しているが」

「本気で言っているなら、評価を下げざるを得ないな。 わたしはまだ、言魂を使ってすらいないのだぞ?」

「本当にそうか? お前たち言魂士は、力を発揮する為に必ず文字を書かなければならない。 それは、『肆言姫』であっても例外ではないはず。 わたしはそのことに注意して、妨害を最優先に考えていた。 つまり、使っていないのではなく、使えないのではないか?」

「ふむ、それで妙な動きを見せていたのか。 納得したぞ」

「では、認めるのか?」


 会話を続けつつも、エニロは微塵も気を抜いていなかった。

 四季がいつ言魂を発動するかわからない以上、一瞬の油断が命取りなのだから。

 しかし、それでも――


「残念ながら、答えは否だ」


 『肆言姫』の名は、伊達ではない。

 エニロが気付いたときには、四季は文字を書き終わっていた。

 ピンと伸ばされた右手の人差し指と中指を見て、彼は絶句している。

 エニロからすれば、まるで時間を飛ばされたような感覚だ。

 際どいところで表情には出していないが、衝撃は計り知れない。

 どちらにせよ、四季の知ったことではないが。

 彼女を中心に、風が荒れ狂う。

 あたかも、四季の胸の内を表しているかのように。

 極めて冷たい目を向けられたエニロは、身震いする思いを抱きながらも、断固として諦めなかった。

 両手で長剣を握り締め、遮二無二振り乱す。


「おぉッ!」


 普段は物静かなエニロが、柳眉を逆立てて魔力の刃を放ち続けた。

 紛うことなき全力で、凄まじい威力と手数、速度を兼ね備えている。

 並の言魂士どころか、『参言衆』であっても手に余るかもしれない。

 もっとも、彼の相手は更に次元の違う存在だ。


「うむ。 中々だな」


 完封。

 エニロの攻撃を四季は、その場に佇んだまま風の刃で相殺してみせた。

 あまりの結果に、エニロは心中穏やかではなかったが、歯を食い縛って次なるカードを切る。

 地面に長剣を突き刺し、膨大な魔力を送り込んだ。

 地中を通った魔力は四季の足元に集い、剣山となって彼女に牙を剥く。

 資料にも載っていなかった戦法に、彼女は戸惑う――


「無駄だ」


 などと言うことはない。

 展開した風の障壁がシャットアウトし、全くの無傷。

 風の障壁自体は以前から使っていた四季だが、夜宵との決闘を経て、更に守りに対する意識が高くなっていた。

 一切の隙を見せない彼女を前に、エニロは歯噛みしつつも、攻撃の手は緩めない。

 魔力の刃や剣山を駆使して、とにかく四季の防御を破ろうと藻掻く。

 その全てが無効化されたものの、彼はまだ絶望していなかった。

 何故なら、四季はまだ攻撃していないからだ。

 自分の猛攻が、彼女に守りを強要していると考えたエニロは、そこに一縷の望みを懸けたが、それはあまりにも儚い希望。


「充分だな」

「何だと……?」

「美紗たちを狙わせるほどの魔族がどれだけのものか、充分に肌で感じることが出来たと言っている」

「……敢えて攻撃させていたように聞こえるな」

「まさしく、その通り」

「侮られたものだ。 それが嘘じゃないなら、少しは反撃――」


 荒野に、重い物が落ちる音が響く。

 唖然としたエニロが視線を巡らせた先には――斬り落とされた自身の左腕。

 鎧ごと断たれており、傷口から鮮血が溢れていた。

 遅れてやって来た激痛に、彼は絶叫しそうになったが――


「ふぅッ……! ふぅッ……!」

「ほう……。 見事な胆力だ。 魔族にしておくには、勿体ない」

「だ……黙れ……」

「これでわかっただろう? 貴様は、生かされていただけだ。 わかったら……滅べ」


 低く鋭い、四季の声。

 ここまで淡々と戦闘しているように見える彼女だが、それは紙一重のところ。

 一葉たちには、仇を取るつもりはないと言っていたが、本心では復讐してやりたいと思っている。

 『肆言姫』としての責任感が、それを押し止めている状態だ。

 だが、もう我慢する必要はない。

 あとは敵を始末して、報告するだけ。

 四季はそう考えていたが、エニロは尚も敗北を受け入れなかった。


「ぐ……! こうなった以上、わたしが生き残ることは不可能だろう。 しかし……ただでは済まさん」

「……どうするつもりだ?」


 エニロの雰囲気が変わったことに気付いた四季は、注意深く彼を観察する。

 ところが、結果的にこの判断は誤りだったかもしれない。

 問答無用で仕留めに掛かっていれば、次に起こることは阻止出来たからだ。


「オォォォォォッ!!!」

「な……!?」


 自らの胸――厳密に言えば心臓に指を突き込み、魔力を直接流し込むエニロ。

 この行動が何を意味するのか、四季にはわからなかったものの、良くない兆候なのは間違いない。

 刹那の間に結論付けた彼女は、風の刃を殺到させたが、僅かに遅かった。


「はぁッ!」


 残った腕で、エニロが長剣を一閃する。

 それによって全ての風の刃が散らされ、流石の四季も驚いた。

 彼女の目に映っているのは、隻腕の魔族。

 しかし、感じる魔力は桁違いに膨れ上がっており、尋常ではない迫力を発している。

 険しい顔で佇む四季にエニロは、言葉通り決死の覚悟で言い放った。


「これを使えば、わたしは長く生きられない。 その代わり、お前も道連れにさせてもらう」

「ふん……。 悪いが付き合ってられん。 1人で死んで行け」

「そうは行かん。 今のわたしなら、お前の言魂を超えられる。 無理やりにでも、付き合ってもらうぞ」


 はっきりと言い切ったエニロは、長剣に魔力を送り込んだ。

 先ほどから何度も使っている、魔力の刃の下準備。

 四季はすぐさまそれを見抜き、風の障壁を展開するべく魂力を高める。

 そして彼女の予想通り、エニロが振り切った長剣から魔力の刃が飛来したのだが――


「む……!」


 あまりにも巨大。

 斬ると言うよりはすり潰す勢いで迫る脅威を、四季は必死で受け止めたが、エニロの言葉は誇張ではなかった。

 風の障壁が破られ、そのまま彼女の飲み込もうとする。

 直前で横に跳んでいた四季は、無事にやり過ごすことが出来たものの、これで終わりはしない。


「はぁぁぁぁぁッ!!!」


 叫喚を上げたエニロによる、怒涛の連撃。

 威力、攻撃範囲ともに馬鹿げている魔力の刃が、次々と四季を襲った。

 命を代償とした、特攻。

 風の刃で相殺しようとしても、威力が足りない。

 際どいところで被弾を避けながら、元来は冷静なエニロの鬼気迫る勢いを前にして、四季も腹を括った。











 一葉とゾースの戦いは、他の組よりも激しかった。

 より正確に言うなら、うるさかった。


「それッ!」

「ちッ! このクソガキが!」

「誰がクソガキよ!? あたしは立派なレディーだっての!」

「笑わせんな! テメェみたいなチンチクリンの、どこがレディーだってんだ!」

「あんたの目は節穴なの!? こんなに可愛くて、胸だって結構大きいのに!」

「そう言う問題じゃねぇだろ!」

「じゃあ何だってのよ!?」

「自分で考えやがれ!」


 ギャアギャアと喚き合う、一葉とゾース。

 それに反して体は忙しなく動いており、激しい肉弾戦が行われていた。

 ゾースの剛腕を一葉は正面から受けず、手を沿えて軌道を変えることで、空振りさせる。

 同時に懐に踏み込んで、強烈なボディーブローを放った。

 慌てて腕を引き戻したゾースは、ギリギリのところでガードが間に合う。

 ところが、完全に衝撃を殺すことは出来ず、踏ん張った両足で荒野に線を引きながら、後ろに下がらされた。

 ガードの奥から一葉を忌々しそうに睨んだ彼は、即座に反撃に出る。

 両手を前に突き出して、繰り出されたのは獄炎。

 相変わらず身の毛もよだつ火力で、まともに受ければ一葉とて危険かもしれない。

 あくまでも、まともに受ければだが。


「雑過ぎね!」

「……ッ!? このッ!」


 余裕を持って前方宙返りした一葉が獄炎を飛び越えて、ゾースの頭上から踵を落とした。

 なんとか反応した彼は腕を交差させて、その一撃を堪える。

 足元が陥没するほどの破壊力に、ゾースの両腕が痺れた。

 暫くまともに動かせないと悟った彼は、強引に一葉を吹き飛ばすべく力を解放する。


「死ねやッ!」


 ゾースを中心に引き起こる、大爆発。

 伊織のときよりも威力が高く、範囲も広い。

 至近距離にいた一葉に避ける術はなく、跡形もなく消し飛んだはずだ。

 そう考えたゾースは、莫大な魔力を消費した反動で息を荒らげつつ、会心の笑みを浮かべていた――が――


「だから、雑だってば」


 少し離れた場所に立っていた一葉は、全くの無傷。

 信じられない光景を目にしたゾースは、愕然としていたが、気付いた。

 彼女の右手の人差し指と中指が、伸びていることに。

 一葉が言魂を発動したのだと確信したゾースだが、深呼吸することですぐに落ち着きを取り戻す。

 『肆言姫』と戦う以上、こうなることは織り込み済み。

 問題は、どこまで付いて行けるか。

 はっきり言って、今の大爆発を無効化されてしまうとなると、魔術で倒すのは難しい。

 つまり、直接攻撃するしかないとは言え、簡単に踏み込むことは出来ずにいる。

 悔しそうに歯軋りしたゾースに比して、一葉は腕を組んで何やら考え込んでいた。

 その様子をゾースが不思議そうに見やっていると、彼女は前置きなく言い放つ。


「うちの連中と同じくらいかな」

「あぁ?」

「あんたの実力よ。 あたしの陣営の『参言衆』となら、良い勝負が出来ると思うわよ」

「けッ! 要するに、テメェには及ばないって言いてぇのかよ?」

「そんなの当たり前じゃない、何言ってんの? え? まさか勝てるつもりだったの!? ウケるんだけど!」

「うるせぇッ! まだ勝負は付いてねぇだろうが!」

「無駄無駄。 さっきまででも歯が立たなかったのに、言魂を使ったあたしに勝てる訳ないでしょ?」

「その余裕、ぶっ潰してやるッ!」


 手をヒラヒラさせて相手にもしていない一葉に、ゾースは目を血走らせて殴り掛かった。

 紛うことなく全力で、それに見合った威力を誇っている。

 もっとも――


「な……!?」


 一葉に届くことなどない。

 ゾース渾身の一撃を、欠伸を噛み殺しながら持ち上げた左手で、彼女は難なく受け止めた。

 まさに、赤子の手を捻るかの如く。

 あまりにも力の差があることに、ゾースは呆然としかけたが、離脱するべくバックステップを踏んだ。

 このとき一葉は、止めようと思えば止められたが、敢えて見逃す。

 そのことに勘付いたゾースは憤怒の表情で、再び攻め入った。

 今のは受けられたが、当たれば効くのではないか。

 そこに勝機を見出した彼は、左拳でボディーブローを撃つ。

 一方の一葉は楽々と右手で防ごうとしたが、その瞬間にゾースが右拳を彼女の顔面に振り切った。

 一葉が油断していることに付け込んだ、フェイントを混ぜた一撃。

 鈍い音が荒野に響き、今度こそ仕留めたと思ったゾースはニヤリと笑ったが、彼女は決して油断している訳ではなかった。


「女の子の顔を殴るなんて、最低ね」


 おどけてみせながら、勝気な笑みを浮かべた一葉。

 ゾースの拳は間違いなくヒットしているものの、全くのノーダメージである。

 何度目かの衝撃に見舞われたゾースは、目を見開いて僅かに硬直してしまった。

 そこで一葉は、拳を作り――


「ほい」

「ごッ!?」


 軽く、彼の腹を小突いた。

 本当に、ポンっと言う擬音が合う程度で、攻撃とすら呼べない。

 それにもかかわらずゾースは悶絶しており、荒野に両膝を突いて腹を抱えている。

 口の端からは涎が垂れ、どれほどの苦痛を味わっているかを物語っていた。

 そんな彼を睥睨していた一葉は、居丈高に声を発する。


「どう? まだやるってんの?」

「ぐッ……! ち、ちくしょう……!」

「ちょっと、無視しないでよ。 まだやるのかって聞いてんだけど?」

「あ、当たり前だろうがッ……!」

「あっそ」

「ぐッ!?」

「女の子に頭を踏まれる気分って、どんなの? やろうと思えば、このまま踏み潰せるんだけど」

「や、やってみやがれッ……!」

「うわ、あんたドМなの? 嫌よ、足が汚れちゃうじゃない」

「どこまでも、ふざけやがってッ……!」


 一葉に頭を踏まれて、地面に額を擦り付けながら、ゾースは怨嗟の声を漏らした。

 実際、彼女の行いは相手を嬲っていると取られても、致し方ない。

 しかし、それは本質的には違う。


「あたし、これでも怒ってんのよね」

「あぁ……!?」

「四季ちゃんとは凄く仲が良い訳じゃないし、何なら夜宵ちゃんを狙うライバルかも」

「何の話をしてやがる……!?」

「陣営も違うし、はっきり言って早乙女たちがどうなろうと、あたしには関係ないと思ってたけど……やっぱりムカついちゃった。 だから、あんたをボコボコにしようって決めたの」


 そう宣言したときの一葉の顔は、恐ろしいまでに冷たかった。

 ゾースからは見えなかったが、否が応でも伝わって来る。

 自分は彼女に勝てない。

 それを思い知らされたゾースだが、彼にもプライドはあった。

 覚悟を決めた彼は、切り札を切る。


「ガァァァァァッ!!!」

「熱ッ!?」


 足元のゾースの全身が、燃え上がった。

 それまでとは比べ物にならない熱量で、一葉であっても退避せざるを得ない。

 その事実に力付けられたゾースは、口の端を吊り上げて、ゆっくりと立ち上がる。

 対面に立つ一葉は厳しい顔付きになっており、一矢報いたと思った彼は、獰猛な笑みで言葉を連ねた。


「俺が魔術を使っても、自分にダメージがないのはなんでかわかるか?」

「……魔術の威力以上の守りを固めてるからでしょ?」

「そう言うこった。 けどよ、今の俺はそのリミッターを外した。 この意味がわかるか?」

「回りくどいわね。 自爆覚悟で攻めて来るって言いたいんじゃないの?」

「正解だ。 つーことで、行くぜ。 俺が燃え尽きる前に、テメェを消し炭にしてやるッ!」

「やれるもんなら、やってみなさい!」


 命を炎を燃やしたゾースによる、辺り一面を焼き尽くす火炎流。

 荒野が地獄の様相を呈し、攻撃範囲から一葉は逃げ続けた。

 未だにダメージは受けていないが、言い換えれば回避しなければ危険だと言うこと。

 守るものがなくなったゾースは、後先考えず、この瞬間に全てを注ぎ込む。

 迸る爆炎を避けた一葉の頬を、一筋の汗が伝い落ちた。











 言魂を発動するまでに、情報収集を兼ねた様子見をした四季。

 タイミングを見計らって、必要なときに使った一葉。

 両者に共通していたのは、当初は生身で戦っていたこと。

 それに比して光凜は、惜しみなく力を解放した。


「『肆言姫』の力、とくと味わいなさい」


 言い切ったときには、文字を書き終わっていた。

 それを見たミンは表情を硬くしたものの、すぐに邪悪な笑みに戻って言い放つ。


「いきなり切り札を使うなんて、よっぽど余裕がないのね。 これは、思ったよりもチャンスが……!?」


 挑発気味に言葉を紡いでいたミンだが、最後まで口にすることは出来なかった。

 信じられない速度で接近した光凜が、『雷切丸』で斬り掛かったからだ。

 神速とも呼べるスピードを目の当たりにしたミンは、辛うじて身を仰け反らせて致命傷を避ける。

 それでも刃は彼女の体を斜めに斬り裂き、血飛沫が舞った。

 痛みに顔を顰めながら、ミンは迷うことなく飛び退いて、体勢を立て直す。

 そのときには傷が塞がっており、回復力の高さを示していた。

 その様子を眺めていた光凜は、切っ先をミンに突き付けたまま、淡々と感想を述べる。


「確かに、傷の治りは早いわね。 報告通りだわ」

「……澄ましてんじゃないわよ。 知ってるわよ、あんたの力は移動速度上昇でしょ? 確かにとんでもない速さだけど、わかってれば対策も取れ――」


 またしても、ミンのセリフを無視して斬り込む光凜。

 水平に振り切られた『雷切丸』を、ミンは必死にハンマーで受け止めた。

 この辺りは、彼女の学習能力が優れている証かもしれない。

 確かに光凜のスピードは脅威だが、初撃である程度は把握出来ている。

 だからこそ、防御が間に合ったのだが、だからと言って安心は出来なかった。

 四季たち『肆言姫』の言魂は、ヒノモトの民ですら限られた者しか知らない。

 だが、どのような能力かは、それなりに知れ渡っている。

 四季で言えば、風を用いた戦法。

 一葉の持ち味は、一撃の破壊力。

 光凜の特徴は、常軌を逸した速さ。

 詳しいことまではわからなくても、魔族たちも傾向を把握していた。

 そして、言魂を発動した光凜が、徐々に速度を上げて行くことも知っている。

 だからこそミンは、早い段階で勝負を決めようと考えていた――が――


「ぐ……!? くぅ……!」


 斬、斬、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬。

 そのような思惑を打ち砕くほどの、圧倒的な速度。

 最早視認不可能な速度に達した光凜は、ミンの全身に斬線を引いた。

 数え切れない刀傷を刻まれたミンは、苦しそうに呻いていたが、次いで歪な笑みを漏らす。

 そのことを訝しく思った光凜は、攻撃を続けながら問い掛けた。


「どうしたの? 痛みでおかしくなったのかしら?」

「ふ、ふふふ……そうじゃないわ。 あんたの弱点を見付けただけよ」

「わたしの弱点?」

「そうよ。 確かにあんたは速いけど、一撃の威力は大したことないわ。 あたしなら、堪え切れるくらいにね」

「なるほどね。 確かにわたしは、速度に特化しているわ」

「あら、随分と素直じゃない。 つまり、現状はどちらも決定打を持ってないのよ。 このまま根競べを続けていれば、勝負がどちらに転ぶかわからないわ」


 ミンの発言は、半分くらいは自身を鼓舞する為のもの。

 実際のところは、勝機があるとまでは思えていない。

 それでも、光凜の攻撃に耐えられているのは、紛れもない事実。

 そう、今のところは。


「残念だけれど、その見通しは甘いわよ」

「何ですっ……ぎゃぁぁぁ!?」


 突如として、それまでと段違いの激痛がミンを襲う。

 傷自体は既に修復が始まっているが、精神的なダメージは途方もない。

 何が起きたのかわからないミンは、射殺すような目で光凜を追い掛けた。

 もっとも、速過ぎて捉えることは出来ないが。

 腹立たしく思ったミンだが、更なる苦痛が彼女を苛む。


「んぎぃぃぃッ!?」

「汚らしい声ね。 夜宵さんとは、大違いだわ。 いえ、比べることすら彼女に失礼だったわね」

「こ、小娘がぁ……何をした!?」

「別に、ただ斬っているだけよ」

「嘘をつくな! 明らかに、さっきまでと違うじゃない!」

「うるさいから喚かないで。 仕方ないから教えてあげる」


 立ち止まった光凜が、ミンを冷たい眼差しで見据えて告げる。

 その声は、どこまでも平坦だった。


「人間と魔族は似て非なる存在だけど、変わらないこともあるの。 その1つが、急所よ」

「き、急所ですって……?」

「そう。 人体における、弱点とされる場所。 わたしは、そこを重点的に狙っているのよ」

「そ、そんなことで……!」

「そんなことと言うけれど、その結果がこれよ。 わかったなら、続けましょう。 貴女ごときに、いつまでも時間は使っていられないから」


 脚を再稼働させて、一気にトップスピードまで加速する光凜。

 彼女が語ったことに偽りはないが、それは言葉にするほど簡単ではない。

 全ての急所を覚え、どこを斬ればどれだけの痛みがあるか、彼女はそれを精確に認識している。

 しかし、その境地に至らしめたのは、狂気すら感じさせる努力。

 学院の訓練場では、直接的な傷は受けない。

 その特性を利用した彼女は、自分の体を使って自傷行為を繰り返していたのだ。

 加えて驚異的なのは、そこを確実に攻撃出来る技量。

 特に光凜の場合、超高速戦闘の中で行わなければならない。

 これがどれだけの神業かを理解している者が、果たして何人いるだろうか。

 ミンも完全に理解出来た訳ではないものの、漠然と光凜の凄まじさは感じている。

 このまま守っていても、決して勝ちは転がり込んで来ない。

 そう確信した彼女は、覚悟を決めて打って出た。


「あぁぁぁッ!」


 偶然当たることを祈って、ハンマーを振り回す。

 あまりにも運に任せた行動だが、ミンに出来るのはそれくらいだった。

 とは言え、光凜に彼女の必死さが伝わることなどない。


「下策ね」

「ぐぎゃぁぁぁッ!?」


 ミンがハンマーを振り切ったタイミングで、全身の急所を滅多切りにする。

 傷は癒せても、過剰な痛みが彼女を攻め立てた。

 これ以上は、無理。

 ミンの脳裏に、その言葉が過る。

 ところが、追い詰められた彼女は、逆にすんなりと決断出来た。

 痛みに歪んだ顔のまま、ハンマーを叩き壊す。

 怪訝に思って眉根を寄せた光凜の視界に映ったのは、砕けたハンマーの中から出て来た宝石。

 それが何かわからず、ひとまず様子を窺っていると――


「な……!?」


 ミンが、宝石を飲み込む。

 瞬間――


「グガァァァァァッ!!!」


 絶叫を上げた彼女の体が膨張し、変質して行く。

 筋骨隆々な見上げるほどの巨人となり、肌は黒く硬質に。

 大きく開いた口には牙が生え揃い、腕は4本に増えていた。

 ギョロリとした瞳からは理性が感じられないが、凶暴性は遥かに増している。

 光凜は具体的なことを知らないが、ミンが最後のカードを使ったのだと察した。

 一旦動きを止めていた彼女だが、意を決して踏み込む。

 相変わらず目視出来ない速度で背後を取り、怪物と化したミンのアキレス腱に、『雷切丸』を振り下ろした。

 ところが――


「……ッ!」


 弾かれる。

 全くの無傷ではないが、確実に通常時よりも硬くなっていた。

 もう1つ、光凜にとって歓迎しかねる事態が起こっている。

 それは、体が変容したことで、急所の位置が微妙に変わっていること。

 更には――


「ガァッ!」


 瞬時に振り向いて、大砲のような拳を繰り出すミン。

 全く光凜に対応出来ていなかった彼女が、後手ながらも反撃に転じた。

 余裕を持って光凜は回避したものの、顔付きは厳しい。

 まかり間違えば、敗北する可能性もゼロとは言い切れなかった。

 選択を迫られた彼女だが――決断も早い。

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