第二章 王女の決意Ⅲ
エルリオとアリス――伯父と姪の再会は、思わぬところで叶った。それは当人たちが一番驚いたようで、二人は抱擁を交わした後、互いに目に涙を浮かばせながら、周囲の人目もはばからず暫くそうしていた。そろそろ兵士たちの目に留まりそうだ、というところでシオンが声をかけ、四人はいったんその場から離れることにした。
「アリス、買われた場所で酷いことはされていないか?」
エルリオがアリスの手を引きながら訊くと、彼女はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「大丈夫。ご主人様、凄く優しいんだよ。お金が溜まったら、お母さんも一緒に働かせてくれるって」
「アリス、きみが今働かされている場所はどんなところなんだ? よければ、これから連れていってくれないか?」
「うん!」
エルリオの頼みに、アリスは満面の笑みで応じた。伯父の手を離し、先導するように前に駆け出す。
「お、おい、いきなり走ると危ないぞ」
そう言ったエルリオの表情はどこか嬉しそうだった。連れ去られた身内との再会に、いくらか心が救われているようだ。それを横目で見ていたシオンが、徐に口を開く。
「まさかアンタに姪がいたとはな。妹の子か?」
「……すまない、隠していたわけではないんだ。だが、その……」
その先を言い辛そうに、エルリオは黙ってしまった。シオンは軽く肩を竦める。
「言いたくないことがあるのなら別にいい。無理をして言う必要は――」
「いや、御身たちには話しておく。あの子は、ハーフエルフなのだ」
思いがけない言葉がエルリオから発せられ、シオンは反射的に目を丸くさせた。その隣では、ステラがいまいちことの重大さを理解できないようで、一人首を傾げている。
「ハーフ……ってことは、人間とエルフの間に生まれた子ってことですか?」
「その通りだ。あの子は、私の妹――ソフィアと、人間の男との間に生まれた子だ。もっとも、夫の方はあの子が生まれて数年後に病で亡くなったがな。エルフと共に生活することを選んだが、森の中での生活は人間にとっては非常に過酷だったようだ」
エルリオの口調は、人間を〝バニラ〟と蔑んでいたとは思えないほどに、慈愛に満ちていた。恐らくは、その人間の男とはよほど良好な関係を築けていたのだろう。
だが、シオンの関心はそんなところにあるわけではなく――
「ハーフエルフであること、ガリア軍はわかっていて連れ去ったのか?」
いつになく真剣な声色でエルリオに詰め寄った。エルリオは静かに首を横に振る。
「いや、おそらくは知らないだろう。もし知っていれば、あの子はこんなところにただの奴隷としているわけにはいかない」
「俺たちに敢えてあの子の存在を言わなかったことも、ハーフエルフであると聞けば納得だ。まして、俺はもともと騎士団に身を置いていた。言えないのも無理はない」
「理解いただけて助かる」
ステラは、勝手に二人で納得する目の前の美青年とエルフを交互に見遣りながら、完全に置いてけぼりにされている状況に苛立った。
「ちょ、ちょっと! 二人だけで納得してないで、私にも教えてください!」
「ハーフエルフであることがバレていれば、あの子は騎士団に殺されている」
突き放すような冷たいシオンの言葉に、ステラは顔を白くさせた。
「な、なんで、ハーフエルフだと――」
「教会が人間と亜人の混血を認めていない」
端的に、それでいてわかりやすく、それ以上ない答えをシオンが言い放った。だが、ステラは食い下がるようにして彼に近づく。
「混血だからって、そんなの理由にならないんじゃ……」
「エルフと人間との間に子供が生まれることは、本来あり得ないこととされていた。生物学的にもな。だが、ごくまれに――それこそ万に一つの確率で、ハーフエルフが生まれることがある。その事実を教会は認めたくないんだ」
「だから、なんで――」
「この国でエルフの女子供が奴隷として扱われる理由は、皆まで言わずとももうわかっているな?」
シオンが、いつになく感情的に――いや、いつもより感情を抑えたような目つきで、ステラを見た。その無機質な瞳に、ステラは気圧されながら頷く。
「は、はい……」
「今でこそログレス王国を始めとして亜人の奴隷化を禁止している国は多数あるが、〝それ〟自体は人類がこの大陸で、千年以上も前からやってきたことだ。そして、教会はその非人道的な行為を表向きには遥か昔から強く否定している。だがそれでも、〝そうした事実が大陸であったことを消すことはできない〟。一方で、教会には昔から騎士団を使って、大陸の平和と秩序を保ってきた矜持がある。だから教会は、体裁として、行動として、自分たちの面子を保つための手段として――教義の下に、暗黙的な振る舞いをすることにした」
「どういう意味ですか?」
「〝亜人と人間は肉体を交わすことはない〟――その証拠となる確たる存在、ハーフを消し去ることで、教会としての立場と権威を明確にすることにしたんだ」
シオンから淡々と語られた話に、ステラは呆然とした。
「じゃあ、ハーフエルフは、教会の……教会の……」
それ以上の言葉を詰まらせていると――
「平たく言えば、教会のパフォーマンスのために殺される。大陸の秩序と平和を守るという免罪符付きでな」
シオンが、一切濁さずに、わかりやすい表現で言った。
ステラが非情な真実に一人慄いていると、エルリオは彼女の背を軽く押した。
「どうか、アリスのことは他言無用で頼む」
その言葉を受け、ステラは改めて視線を前に向けた。そこには、アリスが立ち止まって振り返り、手を振っている姿があった。




