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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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終章

「黒騎士の討伐、及びステラ・エイミス王女の保護が完了したと、たった今、議席Ⅳ番ヴァルター様からご連絡がありました」


 騎士団本部の円卓の会議室――議席Ⅲ番に座るリリアン・ウォルコットが、突然そう言った。それまで人形の如く微動だにしなかったにも関わらず、ラジオが何かの電波を受信したかのように、急に喋り始めたのだ。しかもその連絡は、何か電話や手紙といった便りを受けったわけではない。彼女はそれまで、ずっと椅子に座っていただけだ。

 会議室には他に、副総長のイグナーツしか座っていない。彼は、優秀な補佐のそんな奇行に特に動じた様子もなく、


「了解です。やはり、アルバート卿たちは黒騎士を殺しましたか」


 息を吐きながら、一人、納得した。

 リリアンが報告を続ける。


「これより、協力者である“紅焔の魔女”エレオノーラ・コーゼル様と共に騎士団本部へ帰投するとのことです。ユリウス様とプリシラ様については、黒騎士の遺体回収まで現地グラスランドにて待機しております」

「保険にしていたエレオノーラもよく働いてくれて何よりです。リズトーンでガリア軍と衝突したと聞いた時は少し焦りましたが、王女の守護と黒騎士の監視の任を見事果たしてくれましたね。魔術師の“師”として、私も鼻が高い」


 微笑して、イグナーツは少しだけ嬉しそうな顔になった。


「これで、“黒騎士の死”、“ログレス王国の王女”、“エルフの実験記録”が我々の手に入ったことになりますか。ようやく、教皇が望む報告をできそうです。上々の結果でしょう」


 イグナーツは椅子に座り直し、リリアンへ視線を馳せる。


「リリアン卿、急な話で申し訳ないのですが、これから私と一緒に黒騎士の遺体の回収を手伝ってもらえますか? その後は教皇庁に直行して、教皇にも死体を確認してもらいましょう。猜疑心の強いあの人のことです。シオンの死体を直接見るまで、騎士団への疑いを弱めないでしょうからね」

「恐れ入りますが、何故、私が必要なのでしょうか?」


 リリアンからの疑問に、イグナーツは大袈裟に肩を竦める。


「私、空中戦艦飛ばすの下手くそなんですよ。墜落させたらシャレにならないので、操舵、代わりにお願いします。ちなみに、“セラフィム”をヴァルター卿から借りることになっています。騎士団最強の空中戦艦を操れる機会なんて、そうそうないですよ?」

「幸甚です。その任、承りました。しかし、そうすると、騎士団本部に議席持ちの騎士が不在となってしまいます。よろしいのですか?」

「数時間前にⅩ番が任務を終えてこちらに向かっていると連絡がありました。彼が到着次第、入れ替わりで出発しましょう。死体はユリウス卿とプリシラ卿が見ているので、多少遅れても大丈夫なはずです。最悪、プリシラ卿が氷漬けにでもするでしょう」

「かしこまりました。それと、もうひとつご報告が」


 イグナーツが片方の眉を上げて続きを促す。


「総長ユーグ・ド・リドフォール様と聖女アナスタシア様はすでにアウソニア連邦に帰国されたようですが、騎士団本部へは暫く戻らないとのことです。やはり、“警戒”はまだ解けないとのことでした」


 それを聞いたイグナーツは長いため息を吐いて、若干顔を顰めた。


「わかりました。まあ、そうでしょうね。聖女は我々騎士団にとって重要な後ろ盾です。折角、“この膠着状態を解除できる三つのカード”を手に入れたのに、ここで聖女を死なせてしまうようなことがあっては意味がない。致し方なし、です」


 やれやれと、イグナーツが嘆かわしそうに首を振る。

 すると、リリアンが不意に正面を向いて明後日の方に視線を飛ばし始めた。どうやら、また“何かを受信した”ようだ。


「騎士団本部に議席Ⅹ番――ネヴィル・ターナー様がたった今ご到着されました」


 虚空を見つめたまま、リリアンがそう報告した。

 イグナーツは口の端を軽く吊り上げ、徐に議席から立ち上がる。


「さて、それでは私たちも早速ログレス王国へ向かいましょうかね。“セラフィム”に乗るなんて何年ぶりでしょう」







 スローネ・ドローンが母艦であるスローネに到着して三十分が経った頃――そのブリッジに、四人の議席持ちの騎士たちが集まっていた。

 顔や腕、胴体に包帯を巻いて痛々しい姿のレティシアとセドリック、それに、無傷であるものの激しく戦闘衣装を損傷させたアルバートを見て、艦長である老騎士ヴァルターは鼻を鳴らした。


「屈指の武闘派とされているお前たち三人でも、シオン相手では楽勝とはいかなかったか」


 若者たちの自尊心を刺激するような小言だったが、ヴァルターの悪戯は空振りに終わったようだ。三人とも疲弊しきった様子で、付き合う余力もないといった顔をしている。


「ジジイの挑発に乗る気力も残っていないか。アルバート、“天使化”の反動はどうだ?」


 すぐさま真面目な話に切り替えると、今度はちゃんと食いつきがあった。

 アルバートが、深く陳謝するように目を伏せる。


「体中の痛みはありますが、動かすことができるので問題ありません。熱も大したことはないです。レティシア卿とセドリック卿のご協力があり、“天使化”の発動時間を必要最低限に留めることができたおかげです」


 優秀な後輩からの賛辞の言葉を受け、セドリックはどこか謙遜するように軽く笑ったが、レティシアは面白くなさそうに舌打ちをするだけだった。

 対照的な二人の反応を楽しんで、ヴァルターは再度アルバートを見遣る。


「シオンの遺体はこれからイグナーツたちが私の“セラフィム”を使って回収するはずだ。到着まで時間は少しかかるが、ユリウスとプリシラを残したから問題はないだろう。あの二人、旧知の死に応えていなかったか?」


 そう言って老騎士が少し厭らしい笑みを浮かばせると、アルバートは不快そうに顔を逸らした。


「残酷なことをしたとは思っています。ですが、状況が状況です。イグナーツ卿の説明を聞く限り、シオンの死は、今この局面でどうしても必要なことだと思料しています」

「シオンに呪われるのは怖いか? まるで、イグナーツに責任を擦り付けているかのようだぞ」


 立て続けに嫌味なことを言うヴァルターに、アルバートはいよいよ眉間に皺を寄せた。


「いえ、そんなことは決して――」

「まあいい。お前の言うことはごもっともだ。だが、これだけやってもまだ、“少し時間に余裕ができた”程度だと認識しておけ。忙しくなるのはこれからだ」


 ヴァルターが急に本筋へ話を戻した。直前まで食って掛かろうとしていたアルバートだが、興が削がれたように顔を顰めて大人しくなる。


「……はい、重々承知しております」


 若者を揶揄って遊んだあとで、ヴァルターは艦の進行方向に体を向き直した。


「この一件、凶と出るか吉と出るか――仮にうまくいけば、 “あいつ”にもまだまだ働いてもらわねばな」


 そう言って、空中戦艦スローネの進路を騎士団本部へと向ける。

 艦長の意思に応じるかの如く、銀翼の座天使は駆動音を低く鳴らした。







 エレオノーラは、空中戦艦スローネの休憩室の角で、壁に体の正面を向けるように一人立っていた。雨で濡れた状態を魔術で乾かすこともなく、体の左側を壁に預けながら、ひっそりとしている。どこか虚ろな瞳で、それでいて微かな笑みを浮かばせながら、独り言を延々と呟いていた。


「笑っちゃうよね。アタシが誰かを好きになるなんて」


 それは、誰かに語り掛けるような口調だった。


「一ヶ月くらいの短い旅だったけど、楽しかったなぁ」


 思い出すのは、彼と、彼女と、三人で過ごした日々。


「あいつと初めて会った時は、なんていい加減な奴だって思ってたのに」


 今のエレオノーラには、その時に、真っ先に思い浮かべる顔があった。


「好き勝手言ってアタシとステラを振り回すし、何考えてるかわからない顔してるし、道行く先々で女を惚れさせるし、とんでもない男だった」


 初めに会った時と、今想う感情の差異に、自分でも驚きを隠せないでいた。


「でも、優しくて、強くて、かっこよかったなぁ」


 旅のことを思い出せば思い出すほどに、胸が何かに押しつぶされそうな感覚に陥る。


「アタシの初恋、あっけなかったなぁ」


 彼への想いを自覚した時には、すでに何もかもが遅かった。


「……これで、よかったんだよね?」


 彼との永遠の別れ――そして、そのきっかけの一端を自分が担ったという事実が、エレオノーラを酷く苛ませた。


「アタシ、正しいこと、してるんだよね……?」


 その答えを求めるようにして、エレオノーラは自身の体を両腕で抱え込んだ。壁に体を擦りつけながら、力なく床に座り込む。


「お母さん……」


 それ以上は、嗚咽で声が震えて、何も発せなかった。




第一部 了

改稿とか手直しとかするので、二部開始は3月になるかもしれません。

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