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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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第六章 さようならⅦ

 アルバートの両隣にいた騎士二人もフードを取る。円卓の議席Ⅴ番レティシア・ヴィリエと、Ⅵ番セドリック・ウォーカーが素顔を覗かせた。両者ともに、双剣と大剣を手に、臨戦態勢を取っていた。


 場の空気が途端に張り詰め、一触即発とも言えるような雰囲気になる。

 そこへ、ユリウスが、三人の円卓の騎士と、黒騎士の間に割って入った。


「ちょっと待ってくれ、アルバート。今、こいつから二年前の戦争について色々聞いていたところだ。アンタも、アルクノイアで聞きそびれていたんだろ? だったら――」


 刹那、ユリウスが何の前触れもなく後ろに吹き飛んだ。彼の身体は廃教会の壁に打ち付けられ、そのまま背面部分がめり込んだ。腹には槍の如く細い足が一本突き立てられており――それは、レティシアのものだった。一瞬の間に繰り出された彼女の蹴りに、ユリウスは何一つ反応することができなかったのだ。


「これ以上雑魚の我儘に時間を浪費させる気はない。それに、我々議席持ちは、“知りたいことはすべて知っている”」


 レティシアが足を離すと、ユリウスは痛みで低く呻いた。


「ど、どういう意味――」


 その台詞の続きは、彼自身の短い悲鳴で遮られた。レティシアが双剣を彼の両肘あたりに突き刺し、廃教会の外壁に固定したのだ。双剣の刀身は、印章が彫られた護拳付きの柄の部分から音もなく外れ、ユリウスは磔の状態となった。

 プリシラが慄きながら前に出る。


「れ、レティシア卿、待ってほしい! 私たちはまだ黒騎士と話を――」

「セドリック」


 レティシアが呼ぶと、セドリックは嘆息しながら大剣を地面に軽く突き刺した。すると、プリシラの背後に巨大な岩壁が地中から出現する。彼女がそれに驚いている間に――レティシアが、両手の柄を地面に擦らせながら疾走し始めた。地面を削るような二つの細長い跡を残しながら、双剣の柄に新たな刃が作られていく。魔術によって、地面に含まれる金属類から刀身が生成されたのだ。


「――!?」


 プリシラが正面に向き直った時、その眼前には蹴りを放つレティシアの姿があった。ユリウスの時と同様に、プリシラの身体は岩壁に叩きつけられ、そのまま双剣の刃で固定されてしまう。


 二人の騎士は、ものの数秒で身動きを封じられてしまった。


「曲がりなりにもユリウスとプリシラは味方だぞ。黙らせる手段にしては手荒すぎると思うが」


 セドリックの苦言に、レティシアは鼻を鳴らした。


「議席持ち同士の争いに巻き込まれて死なれるほど、間抜けな話もない。騎士団が余計な恥をかかなくて済むようにしたまでだ」

「厳しさと優しさは紙一重と言うが――まあ、確かに、お前の言うことにも一理ある」


 肩を竦めて、セドリックは納得した。


 そんな騒ぎの傍らで、シオンはひっそりと地面の刀を拾い上げていた。彼はそれから、アルバートを見遣る。


「アルバート、アンタが知りたがっていたことは、もういいのか?」

「ああ。騎士団分裂戦争が起きた詳細な経緯は、イグナーツ卿から議席持ち全員に説明があった。“キミには同情するよ”。だが、もとをたどれば、キミにしろ、“リディア様”にしろ、身から出た錆だ」


 アルバートの言葉を聞いて、シオンは眉間に力を込めた。


「私たちは教会組織に身を置く者であり、その行動はすべて神のために捧げられなければならない。その原則を破り、個人的な感情に身を任せて破滅の道を辿ったのは、他ならぬキミたちの責任だ。同情こそできるが、その行動原理には一切理解を示すことはない」


 決して大きくはない声量だったが、豪雨の中でもはっきりと聞こえるほどに、アルバートは毅然と言い放った。

 シオンは、明確な怒りを孕んだ双眸で、そんな彼を睨みつける。


「……大した組織だ。その怠惰かつ傲慢な思想のせいで、“いったい何人の亜人が死んだ”と思っている?」

「その問い、逆に訊かせてもらう。“キミが突っ走った結果”、何がどうなった? 騎士団史上、最も不名誉だと言われた戦争――騎士団分裂戦争が起きたんだぞ。おかげで教会内での騎士団の立場は急落し、教皇の力が歯止めなく強まった。今の教会の勢力図を教皇一色にしてしまった原因は、キミの無責任な行動にある」

「名誉だ立場だの――」


 激しい歯軋りの音が、シオンの口から発せられる。


「だったら何のためにアンタらは戦ってんだよ! 神の教えや教皇の命令に脳死で従うことが騎士の正義だって言いたいのか!」


 大気を震わせるほどの怒号がシオンから発せられた。


「何の力もないせいで、死ぬまでただ祈ることだけしかできない奴らだって大勢いる。そいつらを目の前にしても、アンタはそんな高説を唱えられるのか」

「それとこれとは別の話だ。いうなれば、今はキミが黒騎士となってしまった原因――その“原罪”について説いている」

「何が原罪だ、馬鹿馬鹿しい。自分を正当化するために都合よく解釈しているだけだろ」


 吐き捨てて、シオンは刀を構えた。


「これ以上アンタと話していると気分が悪くなる。さっさと始めるぞ」


 その言葉を聞いた議席持ち三人が、各々武器を構えた。

 そして、アルバートが徐に口を開く。


「初めに断っておく。私たちはもう黒騎士を捕縛しようとは思っていない。ここで確実に、その魂を神の下へ還す」


 シオンが、憤怒に顔を歪ませた。


「――やってみろ!」

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