第二章 王女の決意Ⅰ
「シオンさん、エルリオさんから着替えもらって――って、おわっ!」
木立の陰から、衣服の入った袋を抱えたステラが顔を出した。彼女の目に映ったのは、小さな滝つぼ――このエルフの隠れ里で水浴びに使われている場所で、ちょうどシオンが体を洗い終え、体を拭いているところだった。
ステラは袋を投げ捨てるようにシオンのところへ置き、すぐに木立の陰に戻る。
「す、すんません、タイミング悪く……」
「刃物もこの袋に入っているのか?」
顔を赤くして両目を手で覆うステラに対し、シオンは淡々と訊いた。
「は、入ってます。狩猟用のナイフで肉もスパッといくから気をつけろって言ってました」
「これか」
ナイフを手に取ったシオンは後ろ髪を紐で束ねたあと、前髪と横の髪を無造作に切り落としていった。その様子をこっそり見ていたステラが、思わず声を上げる。
「そんな雑な髪の切り方したら痛みますよ! 折角綺麗な黒髪なのに勿体ない! ていうか、後ろは切らないんですね。なんかこだわりでもあるんですか?」
シオンはその問いを無視して、袋の口を下に向けて中身を地面に広げた。エルフから用意された服には、彼らの衣装と、人間の服があった。
「エルフたち、人間の服も持っていたんだな」
「いざという時のために、ガリア軍から鹵獲したものを修繕したりして保管してたみたいです。結局、誰も使いたがらなかったみたいですけど。それと、エルフたちも人間社会とはまったく交流がないわけではなかったようで、行商人を通じてのちょっとした交易とかはあったらしく――」
「なるほど、その時に手に入れていた衣服か」
シオンは、できるだけ軽くて頑丈そうなものを選んだ。靴とボトムスは軍服を修繕したものに。トップスには、袖のないニットをインナーに、大きなフードの付いたジャケットをアウターに選んだ。
次にシオンは、選ばなかった服を無造作に袋の中に詰め直し、エルリオのいる場所へと歩みを進めた。その後ろをステラが慌ててついていく。シオンはエルリオを見つけると、まずは袋を返却した。
「人間の服があって助かった」
「そうか。人間の服は持て余していたから、こちらとしても助かった。あとは、武器なんだが――」
エルリオはそう言って、地面に武器を並べて見せた。そこには、エルフお手製の弓と短剣の他、ガリア軍から鹵獲したと思われる銃が何種類かあった。
「ここから好きなものを選んでくれ」
「銃もガリア軍から手に入れたのか?」
「我々としては不本意だが、森の中に放っておくわけにもいかないのでやむなく回収した。使う気もないのでいつか処分しようと思ってはいるが、ばたついているせいで結局できないでいる」
「使える物は使った方がいいと思うが、それはエルフとしてのプライドが許さないか」
そう言ったシオンだが、彼もまた銃には興味がないらしく、軽く目を通しただけで手には取らなかった。少し悩むように物色したあと、最終的に手に取ったのは短剣だ。
「これを貰っていいか?」
「構わないが、それは先ほど御身が髪を切るために用意したものと同様のナイフだぞ? 武器としては心もとない気がするが」
「本当はこれよりもリーチのある長剣が欲しかったが、やむなしだ。まあ、これからガリアの街の中に入り込むことを考えれば、目立たなくて好都合かもしれない」
軽く短剣の状態を確認して、シオンはそれを懐にしまう。その傍らで、エルリオはやや不安そうに表情を険しくしていた。
「その……本当にやるのか?」
不意に、エルリオから疑念の言葉がかけられた。シオンは視線だけを横目で返す。
「そこの王女と、アンタらエルフが生き残るための手段はそう多くない。それとも、いつかアンタが言っていたみたいに、この森と一緒に種族揃って心中するか?」
「正直、あの軍事大国ガリアを相手にうまくいくとは思えない。それに、連れ去られた全員を取り戻せる見込みもあまりないのだろう? 私の妹もそうだが、連れ去られてから一年以上経っている者もいる。森を捨て、危険を冒したとしても、全員を助けられないことに不満を持つ者がいくらかいる」
「何もしなかったら誰一人として帰ってこないぞ。アンタはいつか帰ってくるかもしれないと言っていたが、そんなことはあり得ないと思った方がいい」
シオンが言うまでもなく、エルリオもそれは理解できているようだった。さらにシオンは続ける。
「やめるなら、俺はステラを連れてこのまま王都へ向かう。この話は、あくまで〝王女様のご厚意〟ということを忘れるな。俺個人としては、むしろその方がさっさと話しが進んで助かる」
その言葉に、ステラがむっと顔を顰める。
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか! それに、シオンさんだって服をもらってるからエルフの皆さんに恩はあるはずです!」
「いくら何でも釣り合わない」
ステラの物言いを正面切って言い返し、シオンは改めてエルリオに向き直った。
「どうする? やるか、やらないのか。族長代理のアンタが決めて、エルフたちを取りまとめてくれ」
エルリオは思いつめるように目を伏せる。それからすぐに、意を決した双眸をシオンに向けた。
「御身の言う通りだ。このまま何もしないで状況が好転するとは思えない。どうか力を貸してほしい」




