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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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第五章 偽りの代償Ⅰ

 逃げるようにしてアルクノイアを出発してから二時間ほどが経過した。正確な時刻はわからなかったが、体感、朝の四時から五時くらいだろう。

 貨物列車は、ちょうど山脈地帯の中央を走行しているようで、線路の両脇は岩肌に挟まれていた。


「貨物列車のコンテナの中で焚火をすることになるなんて、人生何が起こるかわかったもんじゃないね」


 エレオノーラが、自身が点けた焚火で両手を温めながらぼやいた。


「多分、こんなところでこんなことする人、私たち以外にいないと思います」


 焚火を挟んでその対面に場所するで、ステラは虚空を見つめつつ、心を無にしたような声で言った。


「しょうがないよねー。どっかの誰かさんが、走行中の貨物列車に飛び乗るなんて無謀な作戦取ったんだもん」


 エレオノーラが、嫌味たっぷりにシオンを横目で見た。

 シオンはというと、エレオノーラたちが囲む焚火から距離を取り、コンテナ内部の端で一人大人しく座っていた。


「ていうかさ、いつまでこれに乗ってるつもりなの? まさか、王都までずっとこの状態とか言わないでよね?」


 エレオノーラの言葉を聞いたステラが、げんなりとした様子でがっくりと項垂れる。


「アルクノイアから王都までは、丸一日汽車を走らせても着かないくらいには遠いはずですが……」

「最悪……」


 二人揃って溜め息を吐いた。

 そんな掛け合いにも気付いていないのか、シオンは一向に会話の輪に入ろうとしなかった。


「ねえ、シオン。次どうするか、真面目に考えないとまずくない? さすがにずっとコンテナの中にいるなんて、いくら何でも無理があると思うんだけど


 しかし、シオンはその呼びかけにも一切応じなかった。

 エレオノーラは、若干不機嫌に顔を顰めながら、大きく息を吸い込む。


「ねえ、ったら! 聞こえてんでしょ! これからどうするか、相談しない!?」


 それでもシオンは顔を俯けにしたまま反応しなかった。


「あいつ、機嫌でも悪いの?」

「さあ……」


 シオンの妙な雰囲気に、ステラも怪訝に首を傾げた。

 仕方ないと、エレオノーラが溜め息を吐いてシオンの方へ歩み寄る。そして、彼の肩に手をかけた。


「いい加減にしなさいっての。貨物列車に乗るって作戦考えたのアンタなんだから、ちゃんと次のこと――」


 言いかけて、突然、シオンが体勢を崩し、そのまま床に倒れた。

 思いがけない出来事に、エレオノーラとステラが揃って驚きの声を上げる。


「ちょ、ど、どうしたの!?」

「シオンさん!?」


 エレオノーラが急いでシオンを横に寝かせると、シオンは虚ろな瞳で視線を返した。その顔は異様に赤く、べたついた汗に塗れている。呼吸も荒く、肩で息をしている状態だった。

 シオンは、自分が倒れたことにも気付けなかったようで、ああ、と短く言って起き上がろうとする。


「すまない……ぼーっとしていた……」

「ぼーとしていたって――そんな倒れ方じゃなかったじゃん! しっかりしてよ!」


 エレオノーラが急いで肩を貸し、ついでにシオンの額に手を当てた。そしてその熱さに、目を大きく見開く。


「何、この高熱!」

「し、シオンさん、ひとまず休みましょう!」


 ステラがそう促したが、シオンは赤い双眸を震わせながら首を横に振った。


「そのうち治る……だから……」


 言いながら、生気が抜けるように静かになった。突然の脱力に、彼を支えるエレオノーラが慌てて重心の位置を整える。


「って、言ってる傍から意識失うな!」


 エレオノーラが呆れながら担ぎ直し、その傍らではおろおろとした様子で、ステラがシオンの顔を覗き込んでいた。


「シオンさん、どうしちゃったんでしょう? 風邪でしょうか?」

「こいつに限って、そんなことないでしょ。リズトーン出た時から様子がおかしいと思ったけど、やっぱり体に相当な負荷がかかっていたんだ。“悪魔の烙印”の効力を無視して“帰天”を使ったうえ、そのあとすぐに騎士と戦ったんだもん」


 溜め息混じりにエレオノーラが言った。


「ずっと無理していたんだと思うよ。魔術による身体能力の一時強化は、程度の差はあれ、かなりの負担を術者に強いるの。“天使化”も多分、その例外じゃない」

「負担っていうのは、具体的にどのような?」

「パッと思いつくのは、炎症反応かな。今のシオンも、体中が炎症起こしているせいで発熱しているんだと思う。そのうち治るって言っていたし、安静にさせていれば回復するとは思うんだけど――」


 エレオノーラは周囲を見渡し、芳しくない表情になった。


「こんなコンテナの中で、果たして体力を回復できるのかって話だね」


 何度目かわからない溜め息を吐き、項垂れる。


 そんな時、


「あれ? もしかして、この列車、減速してます?」


 貨物列車が速度を落としていることにステラが気づいた。それから間もなく、急ブレーキがかけられ、一気に車両が停止する。


 エレオノーラが舌打ちをした。


「ちょっとまずいかも。もしかしたら、ガリア軍か鉄道警察に通報されたのかもしれない」

「ど、どうしましょう!?」


 慌てるステラをよそに、エレオノーラは、よいしょ、と一声上げて、気を失ったシオンを肩と背中で担いだ。それからステラを見て、


「ステラ、悪いけど、アタシの荷物、代わりに運んでくれない? まずはここから出て、姿を隠すよ」


 荷物運びを頼んだ。だが、ステラは不満そうに顔を顰めた。


「え、エレオノーラさんの荷物を私が運ぶんですか? あれ、とんでもなく重いじゃないですか。私の力じゃ到底……」

「四の五の言わずにやる。アンタとシオンじゃ身長差があり過ぎて、こいつを肩で担いで運ぶことなんてできないでしょ? だったらアンタが荷物運びになるしかないじゃない」

「はい、仰る通りで……」


 しゅん、とステラはなって、大人しくエレオノーラの荷物を持ち始めた。それから一歩足を踏み出すが、荷物の重さに堪らず、額に青筋を走らせてしまう。


「ふおおおぉぉぉ……!」

「ちょっと、変な掛け声出さないでよ。いくら何でも大袈裟すぎるでしょ」

「い、いや……やっぱり、エレオノーラさんの荷物、相当重いですって……! 普段からこんな重たいものを平気な顔して担いでいるエレオノーラさん、実は相当なマッチョなんじゃ……!」

「んなわけないでしょ! そこまで言うんだったら、アンタがシオンを担いで――」


 エレオノーラはそう言いながらシオンの方へ顔を向けた。シオンは目を閉じ、小さな息切れを起こしながら意識を失っている状態だ。美貌ともいえるほどに整った端正な顔は、弱々しく儚げで、妙な色気を放っていた。少し体を寄せれば顔同士が接しそうなほどの至近距離でそれを見てしまい、エレオノーラは思わず顔を赤くし、すぐに視線を外す。


「エレオノーラさん? どうかしました?」


 それを訝しげに見ていたステラが首を傾げ、エレオノーラはハッとして前に向き直った。


「な、なんでもない。それより、さっさとコンテナから降りるよ」


 二人はシオンと荷物を担ぎ、急いでコンテナの車両から飛び降りた。貨物列車は、人の手がほとんど行き届いていない森林地帯を走っていたようで、線路の両脇には壁のようにして藪と木々が生い茂っていた。

 姿を隠すなら、絶好の条件である。


 エレオノーラとステラは、そそくさと森の中に入り込み、身を隠したうえで貨物列車の方を見遣った。

 すると、エレオノーラの予想通り、対向路線から鉄道警察と思しき列車がやってきた。


「間一髪だったね。シオンがこんな状態じゃあ、戦って振り切るなんてことも難しそうだし」


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、エレオノーラとステラは、さらに森の奥へと歩みを進めた。

 とにかく、シオンを休ませることができる場所に出なければ――そう二人が考えていた時、


「あ」


ふと、ステラが小さく声を上げた。彼女はとある上空を指差し、エレオノーラの肩を叩く。


「エレオノーラさん、あれ」


 指し示した先には、一筋の煙が上がっていた。焦げ臭い感じもしないことから、山火事などではなさそうだ。

 ということは――


「もしかして、人がいるんじゃないでしょうか?」


 そう判断ができた。

 ステラの言葉に、エレオノーラも同意する。


「……人がいたところで、こんな辺鄙な場所にちゃんとした家屋があるとはあまり思えないけど。まあ、他にあてもないし、行くしかないか」

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