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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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第四章 騎士たちの矜持Ⅲ

 人混みをすり抜けながら、シオンは街の中心部に向かって行った。できるだけ人の流れが多い場所を目指しているのだ。

 周りに大勢の人がいる限り、騎士は自分を攻撃してこないだろうとシオンは踏んだ。仮に、もしここで交戦すれば、周囲への被害は当然避けられない。それは騎士の立場であれば好ましいものではないはず――そう思いながら、シオンは大広場へと向かった。


 大広場に到着すると、そこでは家族連れやカップルなどが、仲睦まじい様子で談笑をしていた。


 シオンは、それらを赤い双眸に映しつつ、呼吸を整えながら意識を集中した。

 それから間もなくして、


「そう身構えずとも、今ここで事を荒立てるつもりはございません」


 空気が一瞬で凍り付くような、冷たい女の声がした。

 シオンは、体の一切を動かさなかったが、途端に目つきを鋭くする。

 そして、その声が起きた方――自身の隣を、徐に見遣る。


 少し離れたところに立っていたのは、一人の女だった。

 純白のスーツとコートを身に纏った、新雪のような光沢を持つ銀髪の女――シオンの記憶にあるかつての女とは少し身なりが変わっていたが、同一人物であることに違いなかった。


「プリシラだな?」


 その名を口にすると、女は顔だけをシオンに向けた。

 ショートカットの銀髪は綺麗に梳かされており、目元は横一線に切られた前髪で隠されていた。そのため、彼女がどのような表情をしているのかは、はっきりとわからなかった。


「覚えておいでですか、私のことを?」


 プリシラは、頭を正面に向き直したあとで、淡々とシオンに訊いた。

 シオンはプリシラに向き直った。


「ああ。少し、背が伸びたな。髪も切ったのか」


 なんてことない世間話――しかし、両者の声色は、警戒している時のそれだった。


「あれから約二年経ちましたので、それなりに容姿、装いは変わります」

「俺を捕まえに来たのか?」

「はい」


 シオンの質問に対し、プリシラは抑揚のない声で答えた。


「お前一人か?」

「お答えできません」

「いつからこの街にいた?」

「お答えできません」


 シオンは小さく息を吐いて、プリシラを訝しげに見遣る。


「何でわざわざこうして接触してきた? 投降の勧告でもしに来たのか?」

「それもあります」

「それ以外にも理由があるのか?」


 プリシラはそこで、改めてシオンの方を向いた。


「かつての師と、せめて別れの言葉を交わしたかったから」


 そして不意に、そう呟いた。

 それを聞いたシオンが、微かに目を伏せた。


「……そうか」


 プリシラはそのままシオンの方へ歩みを進め、彼とすれ違った。その間際、


「明日の正午ちょうどに、この街の工業地帯にある大煙突近くでお待ちしております。もしお越しいただけなかった場合は、この地で貴方の魂を天へ還します」


 プリシラがそう囁いた。

 シオンは振り返り、その背に向かってやや呆れ気味に声をかける。


「この街にいる間、俺をずっと監視するつもりか? 夜中に俺が街から出たらどうするつもりだ?」

「かつて貴方の弟子として常に行動を共にした身です。どこへ行こうと、いかようにも」

「俺に勝てるつもりか?」

「策は講じております」


 シオンは複雑な面持ちで目を閉じ、肩を竦めた。


「小心者が、随分な自信家になったな」


 そう言った時にはもう、プリシラの姿は大広場から消えていた。


「……あの様子だと、ステラたちの存在にも気付いているだろうな」


 今後の行動指針をどうするか、シオンは悩みながら、夜に染まりつつある曇天の空を軽く仰いだ。

 果たして、ステラの素性までプリシラに割れているのか――それが、一番の気がかりだった。

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