第四章 騎士たちの矜持Ⅱ
結局、ステラが荷台の中で嘔吐してしまったことで、運賃は交渉成立時の二倍の二十万フローリンとなってしまった。
「リズトーンでシオンの剣を買ってマイナス百万、トラックの運転手にぼったくられて、さらに二十万のマイナス――残金が一万切っちゃった……」
アルクノイアの中央区に降ろされて早々、エレオノーラは、厚みのなくなった自身の財布を開け、深い溜息を吐いた。
「さすがにこの手持ちだと心もとないから、ちょっと銀行いってお金降ろしてくる。この時間帯だと混んでるかもしれないから、シオンとステラはどっか適当なところで待ってて」
エレオノーラの言葉を受け、ステラは悩ましげな顔になった。
「そうなると、待ち合わせ場所を決めた方がいいですよね。どこがいいですかね?」
「あのデカい煙突の下は? あそこなら道に迷うこともないし間違えることもないでしょ」
エレオノーラがそう提案して指差した先は、街の海側――工業地帯にある大煙突だった。ここから数キロは離れていそうだが、確かに、あそこなら間違うことも迷うこともなさそうだ。
「了解です。じゃあ、私とシオンさんは先にあそこに向かってますね」
ステラが言うと、エレオノーラがシオンの前に立った。
「ん」
不意に、エレオノーラが自身の荷物をシオンに突き付けた。
「なんだ?」
「体調問題ないんだったら、荷物預かってて。リズトーンで剣買ってあげた時にアンタが言ったこと、忘れてないからね」
重労働なら何でもこなす。好きなだけこき使え――確かに、シオンはそれを条件に百万フローリンもする刀をエレオノーラに買ってもらった。
シオンはそれを思い出した顔になって、エレオノーラからスーツケースを受け取る。
「アタシの荷物、なくさないでよ」
「そんなに心配なら自分で持てば――」
「アンタがやるって言ったんでしょうが!」
エレオノーラが吠えて、さっさと銀行に向かって踵を返した。頭から湯気を出してぷんすかと突き進むエレオノーラ――それを、街行く人たちが怯えた表情で見ながら、道を開けた。
「気の短い女だ」
「いや、シオンさんも相当なものですよ」
顔を顰めるシオンに、ステラが嘆息した。
それからステラは、気を取り直すように面を上げる。
「まあ、とりあえず私たちはあの煙突の所に行きましょう」
ステラはそう言って、大煙突の方へ足を運ぼうとした。
しかし――
「どうしました?」
シオンは、その後をついていこうとしなかった。
ステラが首を傾げても、シオンからの反応はない。
シオンの表情は、いつの間にか険しい顔つきになっていた。まるで、何かの気配を察したかのように、ごった返した人通りの真ん中で、周囲に意識を集中させている。
「シオンさん?」
再度、ステラが呼びかけても応答がない。そのただならぬ雰囲気に、ステラもついに身構えた。
「も、もしかして、ガリア兵ですか?」
「いや――」
シオンは短く否定して、
「“俺と一緒にいると、いつか騎士に遭遇するかもしれない。”――そう言ったのは忘れていないな?」
逆にそう訊いた。
ステラが恐る恐る頷く。
「騎士がいたんですか?」
「ステラ、エレオノーラの荷物を持って先に待ち合わせ場所に向かって行ってくれ。後で必ず合流する」
「え!?」
シオンはそう言い残し、まるで逃げるように人ごみの中に溶け込んでしまった。
「あ、ちょ――もーっ! ホント、何なんですか、あの人!」
ステラが呼び止める間もなく、シオンの姿は数秒のうちに完全に見えなくなった。
エレオノーラと同様、ステラもまた、シオンの身勝手さに腹を立て、その場でひとり悪態をついた。
※
シオンは、早足でステラから距離を取った。
シオンは見てしまったのだ。“かつて見知った顔”が、人混みの中から、遠巻きに自分を見ていたのを。瞬きをする間に、それは白昼夢のように消えてしまったが、見間違いなどではないはずだ。
「……あれは、プリシラか?」
シオンは、妙な焦燥感に駆られながら、ひたすらにステラから距離を取ろうと、足を速めた。




