幕間 開闢
アウソニア連邦国内の騎士団本部から数百キロメートル離れた場所に、聖王教の総本山――教皇庁は、白亜の大宮殿の如く屹立していた。
あと数分で日付が変わる深夜の時間帯――並のコンサートホールでは到底及ばない広さを持つ人気のない身廊に、数人分の靴音がカツカツと歯切れよく響いていた。
眼鏡をかけた初老の男が、両脇に二人の護衛を付け、早足に歩いていたのだ。何かに酷く憤っており、その皺まみれの顔に一層の深い皺を刻んでいる。
「教皇猊下! 教皇猊下はいらっしゃるか!?」
初老の男が、身廊の先にある主祭壇に向かって吠える。
すると、主祭壇にて一人佇む白い影が、重々しく動き始めた。
「ガリア大公、こんな遅くに何用で?」
白い祭服に身を包んだ男が、徐に面を上げた。
聖王教会教皇アーノエル六世ガイウス・ヴァレンタイン――齢四十二にして大陸の最高権力者へと上り詰めた男である。聖職者とは思えぬほどに厳格かつ精悍な顔立ちで、ネコ科の動物のような金色の双眸には野心的な灯を宿していた。
その威圧的で大柄な体躯に圧倒され、初老の男――ガリア大公カミーユ・グラスは、思わずといった様子でたじろいだ。
だが、すぐさま先ほどまでの威勢を取り戻す。
「何か用、ではない! いったい何を考えておられるのだ!?」
まくしたてる老人に辟易した顔で、教皇は眉を顰めた。
「話が見えませんな。もう少しわかりやすくご説明願おうか」
「黒騎士の件だ! ルベルトワで好き勝手に暴れられただけではなく、我が軍が誇る教会魔術師の将校をも奴に屠られた! ガリアばかりがいいように損害を被っている! この落とし前、いったいどうしてくれるのか! 騎士団をコントロールするのも猊下のお役目であろう!」
「騎士団はすでに黒騎士討伐の任に赴いておりますが」
「それが機能していないと申しているのだ!」
唾を吐き散らしながら青筋を立てるガリア大公に、教皇の眉がぴくりと動いた。
「大体、ルベルトワの件に至っては、わしの与り知らぬところで領主と密約を交わしていたと言うではないか! いかに猊下といえども、これ以上の勝手は――」
「騒がしい老人だ。それを引き合いに頭に血を昇らせているのなら、貴様らの侵略まがいの行為が、何故今なお不問となっているのか、よく考えてほしいものだな」
教皇の言葉に、ガリア大公が怯む。
「ルベルトワの件は気の毒だが、将校を討たれたことについてはお前たちの落ち度だろう。私が認めたのは、あくまでログレス王国の代理統治だ。貴国が勝手に軍事力を以てしてのジェノサイドに取り掛かり、そして勝手に失敗した。それだけの話だ」
「し、しかし、これ以上、黒騎士に邪魔をされては――」
「好きにさせておけばいい。奴がどれだけ暴れまわろうが、“辿り着く結末”に何も変わりはない」
淡々と言いくるめられ、ガリア大公は尻込みするように大人しくなった。
「猊下がそこまで言うのなら……。だが、本当に、頼みましたぞ。我々の計画の成就、必ずや果たしてくだされ。そのための協力は、我々も惜しまぬゆえ」
それを聞いて、教皇は打って変わり、再び穏やかな顔つきをした。
「ええ、ご安心を。この大陸に真の平和をもたらすことを、約束いたします」




