第三章 相剋ⅩⅥ
「まずは武装を解除してもらおうか。黒騎士、それと“紅焔の魔女”――エレオノーラ・コーゼル」
ギルマンの要求に、エレオノーラが驚きつつ顔を顰めた。
「あんな災害級の魔術を扱える奴など、この大陸に数えるほどしかいるまい。名乗らずとも貴様がエレオノーラ・コーゼルであることは自明だ」
ギルマンがその心中を読み取ったように説明して、エレオノーラは舌打ちをする。それから、ライフルを地面に投げ捨てた。ライフルを兵士が拾い上げると、ギルマンは次にシオンを見遣る。
「黒騎士、貴様もさっさと武器を捨てろ。ここで王女を失いたくはあるまい」
その言葉からやるべきことを汲み取ったようにして、無言でカルヴァンがステラに銃を突きつけた。
ノラが、沈痛な面持ちで歯噛みする。
「カルヴァン、貴方、何をしているのかわかってるの?」
しかし、カルヴァンは答えなかった。
敵国の軍人であれ、彼とは長い苦楽を共にしたことで心を通わすことができたと思っていただけに、ノラの心境は酷くかき乱されているようだった。
そんな静かなやり取りを尻目に――シオンは険しい表情のまま、刀を鞘に納めて地面に置いた。刀もまた、兵士によって颯爽と奪い取られる。
「よし。では、王女と“紅焔の魔女”を俺の前まで移動させろ」
ギルマンの指示を受けて、複数人の兵士がステラとエレオノーラに銃を突きつける形で二人を誘導した。両手を挙げた状態の二人は、ギルマンの正面五メートルほどの位置に立たされる。
「まずは王女だ。貴様は生死問わずに捕えよと言われているが、生け捕りできることに越したことはない。大人しく我々に従えば、当面の間は身の安全を保障する」
そして、次の瞬間、突如としてステラの足元から何本もの金属製の細い柱が突き出してきた。それらはステラの頭上でかち合うように合わさり、鳥籠のような形になる。
「な、何ですか!?」
ステラが驚きながら、落ち着きのない囚人のようにして格子状になった柱を両手で揺らす。
だが――
「うわっ!」
バチン、という短い破裂音のような音が鳴り、ステラの手と柱に青白い発光が起きた。
「仮にも王女だろう? 猿のような真似をするな。体に樹状の火傷痕を残したくなければ、大人しくしていることだ」
その言葉から察するに、ステラを囲う籠には、ギルマンが自在に電気を流せるのだろう。この籠自体も、ギルマンによるものであることは容易に想像できた。おそらくは、地中にある金属を使って作り出したに違いない。
「次は貴様だ、エレオノーラ・コーゼル」
ギルマンがエレオノーラを見遣る。不意に思わずといった様子で、エレオノーラは体をびくつかせた。
「貴様がただの教会魔術師であれば今ここで始末したのだが――貴様に何かあると面倒事が増える。“親”に命を助けられたな」
ギルマンが妙な含みを持った発言をした直後、
「きゃあっ!」
「エレオノーラさん!?」
短い悲鳴を上げて、エレオノーラがその場に倒れた。その直前に、ギルマンと彼女の間に導火線のようにして電流が走っていた。恐らく、魔術によって感電させられたのだろう。
エレオノーラは地に伏したまま全身を痙攣させ、目を半開きにして意識を失わせていた。そんな彼女の身体もまた、突如として地面から現れた金属製の籠に囲われてしまう。
ギルマンは二人を閉じ込める籠の脇を通り抜け、今度はシオンの方へと歩み寄った。
「騎士団分裂戦争で恐れられた黒騎士も、人質を取られては何もできないか」
嘲るでもなく、ただその事実を確認するかのようにギルマンが訊いた。
シオンは顔を顰めるように目尻を吊り上げ、目の前の強化人間を見上げる。
「いつ、誰から俺とステラのことを知った?」
「無論、我が軍の情報網からだ」
「その情報網に、教皇も関わっているんじゃないのか?」
シオンの言葉に、ギルマンは小さく鼻を鳴らした。
「さすがに、ガリアと教皇の関係は知っていたか。まあ、ルベルトワの領主を強襲し、エルフの奴隷を解放したのだから、そのくらいの情報を仕入れていたとしてもおかしくはないか」
ふと、ギルマンがシオンに背を向けて少しだけ距離を取り始める。
「貴様も難儀な男だ。よりによって、この大陸における最高権力者の命を奪おうとした挙句、あらゆる勢力を敵に回すことになるとはな。歴代の黒騎士を浚ったとしても、こんな窮地に立たされたのは貴様以外にいるまい」
「何故、教皇はガリアと手を組んでいる? 騎士団は何をしている? 教会の権力者が一国の政治や軍事に肩入れすることは固く禁止されているはずだ。そんなこと、騎士団と――聖女が許すはずがない。あいつらも教皇と繋がっているのか?」
「話してやってもいいが、その意味も、必要性もない」
シオンが小首を傾げる。
と、ギルマンはコートを靡かせ、右の手の平を広げながら、再度シオンに振り返った。
「貴様はここで死ぬからな」
刹那、ギルマンの手の平からシオンの胸に向かって、一筋の銀閃が走った。
銀閃はシオンの身体を貫き、彼の背後の家屋に衝突して爆発と轟音を引き起こした。この現象は、先刻、シオンとエレオノーラを襲ったものと同じであった。
そして、シオンは、自身の身体を見下ろして目を見開く。
胸に、ぽっかりと拳一つ大の風穴が開けられていた。傷口は焼き潰され、出血すら起きていない状態だ。
「――」
シオンは、支えを失ったように両膝を付き、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。
その有様を見たステラが、顔面蒼白になって口を何度も開閉させる。
「シオンさん……?」
それには構わず、ギルマンは、調子を確認するようにして自身の右手の平を動かす。人工の筋線維と骨格となる強化フレームが、高熱を帯びて若干ぎこちない挙動をしていた。
「電磁投射砲の弾丸速度は、騎士の動体視力を以てしても見切ることはできなかったか。威力も申し分ないが、いかんせん撃った後のクールダウンの時間が厄介だな。まだまだ改良の余地ありといったところか」
シオンを貫いた銀閃の正体は、電磁投射砲と呼ばれる兵器から放たれた弾丸だった。ギルマンの魔術で作り出した膨大な電気が彼の腕部に仕組まれた小型兵器に作用することで、金属の杭を超高速で発射したのだ。火薬を必要としない弾丸は、騎士ですら見切ることのできない銀閃と化してシオンの身体を穿った。
「シオンさん、嘘ですよね!? シオンさん!」
ステラが、先ほどギルマンから受けた忠告など忘れたようにして、激しく籠を揺さぶる。しかし、彼女の呼びかけ虚しく、シオンはうつ伏せに倒れたまま一切の反応を示さなかった。
ギルマンはその傍らを通り抜け、今度は兵士たちに囲まれる街の住民たちの方へと歩みを進める。
住民たちライカンスロープの表情が、いよいよ恐怖に耐えきれないものになった。
「さて、最後は諸君だ、リズトーンに住まう害獣たちよ。我々は貴様らを生かしてこの街から出すつもりはない。潔く自らの運命を受け入れ――」
「待ってください、話が違います! 私が貴方たちに従えば、街の人たちには危害を加えないって!」
涙目のステラが叫ぶと、ギルマンは少しだけ億劫そうに彼女の方へ振り返った。
「俺はそんな約束をした覚えはない。まあ、部下が貴様を大人しくさせるために適当な約束を取り付けただけだ。申し訳ないな、王女よ」
「ふざけないで!」
「仮に約束があったとして、もはや貴様は我々の手中だ。今更、それを忠実に守ると思うか?」
くだらない押し問答をさせるなと、最後にギルマンが付け加えた。
ステラの顔が憤怒に歪み、噛み締めた下唇から血の筋が滴り落ちる。
そして、それを嘲笑うかのようにして、ギルマンが右手を軽く挙げた。同時に、周囲の兵士たちが一斉に銃口を住民たちに向ける。
「逃げてぇ!」
「撃て」
ステラの叫びが、幾つもの発砲音によって掻き消された。
夜の闇が、銃口からの発砲炎によって照らされる。その眩い光が映し出すのは、ライカンスロープたちが血と肉片をまき散らしながら、踊るように倒れていく光景だった。
銃声に混ざって聞こえるのは幾人もの絶叫――それが、ステラの生気を奪っているかのようにして、彼女は籠の中でゆっくりとへたり込んでく。目と口は呆然と開かれたまま、ステラもまた無言の悲鳴を上げているかのような表情だった。
やがて銃声が止み、夜の闇と静寂が取り戻される。立ち込めるのは硝煙と、血の臭い。それまで生き物だった肉の塊からは、弾丸の熱と、微かに残った体温が冷気に当てられ、弱々しい白煙が魂の如く上がっていた。
兵士たちはすぐさまライカンスロープたちの亡骸の中へと足を踏み込み、生き残りがいないか確認を始める。
ギルマンはそれを監督しつつ、近くの兵士に目を馳せた。
「たったこれだけで住民全てというわけでもあるまい。街の周囲に展開させた部隊はどうなっている?」
「王女を確保したので、残りの住民については発見次第、射殺するように指示を出しております」
「よろしい。明け方までには完遂させておくように。街から一匹たりとも逃すな。この作戦が明るみになると、政治屋どもが文句を言って騒ぎ出すからな」
ギルマンの言葉を受けて、兵士は敬礼をして立ち去った。
次に、ギルマンは踵を返してステラの方へ向かおうとするが――ふと、目に留まったものがあった。
「……カルヴァン・クレール伍長、何をしている?」
カルヴァンが、ノラとオーケンに銃を向けたまま、まるで静止画のようにして硬直していたのだ。
ギルマンに呼びかけられ、カルヴァンは意識を取り戻したようにハッとする。
「ぎ、ギルマン准将閣下――」
「何故、そこのライカンスロープとドワーフだけ貴官の傍にいる?」
「そ、それは――」
「まあいい。さっさと処理しろ」
ギルマンの指示を受けて、カルヴァンは一度大きく唾を飲み込んだ。彼の握る拳銃が震えているのは、炭鉱夫から受けた怪我の痛みがもたらすものではない。
そして、そんな様子のカルヴァンを、ノラとオーケンは、いつもの彼を見遣る目で、ただじっと見つめていた。
「クレール伍長、上官命令だ。その害獣どもを始末しろ」




