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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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第三章 相剋ⅩⅤ

 爆炎と煙が少しずつ晴れ、大通りの赤熱した地面が露わになってきた。そこに魔物の姿は一切なく、骨の欠片すら残っていない。大通り沿いに並んでいた建築物も、炎の熱によって焦げ散らかしている状態だ。

 エレオノーラは、力が抜けたようにがっくりと膝をつき、荒々しく呼吸を再開した。


「ひ、久々に本気出したから、ちょっと息切れ……」


 彼女の手をシオンが取り、そのまま肩を貸して立ち上がらせた。


「動けるか?」

「何とか。でも、もう一回あれをやれって言うのはナシだからね。頭痛いし」

「ああ、これだけやれば充分だ。あとは俺に任せて、お前は先にステラたちと合流してくれ」

「それはいいんだけど、最後にこの街を出るアンタとはどうやって落ち合うの? 山の中じゃあ、最悪お互いに遭難すると思うけど」

「まっすぐ北の山を越えてくれ。そのすぐ麓に農村があるはずだ。俺もそこに向か――」


 シオンはそこまで言いかけて、不意に黙った。エレオノーラがそれに怪訝な反応を示す前に、突然、シオンは彼女の身体を突き飛ばす。

 刹那、二人の間を割くようにして一筋の銀閃が走った。何が通り過ぎたのか――至近距離で放たれた拳銃の弾丸すら肉眼で見切ることのできるシオンですら、それを視認できなかった。咄嗟にエレオノーラの身体を突き飛ばして銀閃を躱すことができたのも、ほとんど勘に頼ったものだ。


 シオンは銀閃が向かった先に目を馳せようとしたが、その正体が何かわかる間もなく、二人から一〇〇メートルほど離れた場所にある建築物にそれはぶつかった。

 直後、眩い光と轟音が起きる。手榴弾でも炸裂したかのような爆発だった。その余波はシオンたちのいる場所にまで届き、衝突の際に相当なエネルギーが放出されたのだとわかる。


「な、なに、今の……!?」


 エレオノーラが尻もちをつきながら驚き、シオンもまた、理解が追いつかないこの一連の現象に顔を顰めた。

 思いがけない事態に警戒心を最大限に強めた時、今度は、駅舎方面から向かってくる複数の気配にシオンは気が付いた。魔物の生き残り――ではない。こちらに向かってくるそれらの速度は、明らかに“生き物”のそれを逸脱している。続けて聞こえてきたのは、大気を小刻みに爆ぜさせるエンジン音だ。


 大通りに立ち込める硝煙を突き破って中央区に侵入してきたのは、軍用自動二輪車に跨る強化人間の兵士たちだった。小銃や片手の戦斧で武装しており、その数は十二人――


「エレオノーラ、お前は自分の身を守れ!」


 シオンはすぐさま駆け出した。刀を引き抜き、先頭を走る兵士に向かって瞬時に距離を詰める。

 騎士の身体能力にはさすがに強化人間でも反応できないのか、その兵士は突如として眼前に現れたシオンの姿に驚いた反応を見せた。そして、頭部を目元から横一線に分断される。

 頭部上半分を失った兵士の身体は自動二輪車と共に投げ出され、後続の兵士たちを撒きこむようにして横転した。


 後続の兵士三人はすぐにそれに対応した。自動二輪車を乗り捨て、空中で小銃を構えてシオンに発砲する。生身の人間では到底できない動作を見せつけてきたが――それはシオンとて同じである。


 シオンは、三人の兵士から放たれた弾丸を難なく躱すと、刀の先を兵士の一人に向けて投擲した。その兵士は空中で避けることができず、深々と胸に刀を突き刺してしまう。

 だが、兵士はそれに苦悶した様子を見せることなく、肉薄するシオンに対して淡々と応戦しようとしていた。小銃を投げ捨て、今度は腰の戦斧を両手に構える。

 兵士は着地と同時に戦斧をシオンに振り下ろしたが、シオンはそれを横薙ぎに払った蹴りで力任せに弾いた。兵士の腕が歪に変形するが、なおも兵士はシオンへの攻撃を止めようとしない。

 そこへ、シオンは兵士の胸に突き刺さった刀を掴み、兵士の頭部に向かって一気に刃を走らせた。胸から頭頂部まで真っ二つに分断された兵士は、そこでようやく動きを止め、電源が切れた自動人形のように仰向けに倒れる。


 続けて、二人の兵士がシオンに襲い掛かる。シオンを挟み込むようにして、彼の左右から戦斧の刃が迫った。

 シオンは刀を逆手に持ち替え、両脇の兵士二人の腕を斬り落とす。通常の人間であれば到底視認できない剣を振るう速度――しかし、兵士たちはそれに臆することなく、今度は蹴りでシオンを捉えようとした。

 シオンは、一人の兵士の蹴りを受け止め、その間にもう一人の兵士の足を刀で分断した。一本足となった兵士がふらついている間に、蹴りを受け止めた方の兵士の首を刎ね飛ばす。一本足の兵士の頭も上顎から横に斬り捨て、シオンはすぐさま他の兵士たちに目を馳せた。


 兵士の残りは九人――その数の少なさに、シオンは顔を顰めた。魔物の群れを一掃すれば、半分以上は強化人間の兵士たちを正面から送り込んでくるはず――その予想が外れたのだ。

 恐らく兵士たちは、今頃街の周辺を取り囲んでいるのだろう。となれば、先に街の外に避難しようとしたステラたちもかなり危険な状態にさらされているということになる。


 シオンは舌打ちをしつつ、いずれにせよ目の前の兵士たちを片付けなければならないと、意識を集中させた。


 今度は、四人の兵士がシオンに向かって特攻していった。

 自動二輪車のアクセルを最大限に回し、車輪で土埃を巻き上げながら捨て身のような突進を一斉に繰り出す。

 シオンは、先ほど討ち取った兵士から片手用の戦斧を拾い上げ、それを向かってくる兵士の一人に投げつけた。

 その兵士は身を屈めて飛来する戦斧を避けるが、直後にシオンの刀が上から喉を貫き、延髄を損傷させられる。兵士は体を硬直させたまま壁へと追突し、自動二輪車の爆発に巻き込まれてそれきり静止した。


 残りの三人の兵士が、自動二輪車ごとシオンに迫るが――突如として、兵士たちの身体が宙を舞う。見ると、地面からブロック状の岩がいくつも突き出し、それらが兵士たちの乗る自動二輪車を上方に飛ばしたのだ。


「シオン、伏せて!」


 エレオノーラの一声を受けて、シオンは咄嗟に姿勢を低くする。

 直後、宙を舞う三人の兵士たちに向かって、エレオノーラの火球が放たれた。火球は自動二輪車に積まれた燃料に引火し、激しい爆炎と轟音を発生させる。その衝撃に巻き込まれた兵士たちの身体は四肢を失いつつ火炎に包み込まれ、地面に投げ出された。ぴくりとも動かないことから、そのまま絶命したのだろう。


 時間にして僅か一分ほどの攻防劇だった。ここでようやく、ガリア兵たちの攻撃の手が止まる。

 残りの兵士の数は五人――シオンとエレオノーラはお互いの背中を預けるようにして立ち、兵士たちの動向を伺った。


「ねえ、何か想像以上に数少なくない?」


 エレオノーラの不安そうな問いに、シオンは忌々しげに頷いた。


「ああ、どうやら俺の予想が外れたみたいだ。ガリア兵のほとんどが今頃街の周囲に展開されているんだろうな」

「どうすんの!?」

「ステラたちを呼び戻す。逆に大通りから駅舎にかけて手薄になるのなら、ここからあいつらを逃がせば――」


 そこまで言いかけて、シオンは黙った。彼の視線は、大通り――駅舎の方角へ向けられている。

 そこに、ひとつの大柄な人影があった。二メートルは超えるであろう体躯だが、魔物ではないことはその身なりでわかる。ガリアの青い軍服、それに軍用コートを纏っていることが何よりの証だ。

 その人物は悠然と一人で大通りの中心を歩き、シオンたちへと近づいてくる。

 街の街灯がその人影を照らし出した時、その胸に付けられているいくつもの勲章がチカチカと光を反射させた。


 ガストン・ギルマン准将――シオンは、大胆不敵に歩くこの軍人こそがその人だと、確信した。

 刹那、シオンは勢いよく地面を蹴った。如何なる陸上生物をも凌ぐ騎士の走力が、ギルマンとの距離を瞬く間に縮める。


 そして、引き抜かれた刀がギルマンの首筋に吸い込まれ――


「ほお。噂通り、報告通り、か。まさか、本当に黒騎士がいるとはな」


 甲高い金属音が鳴り、刃はギルマンの片腕によって防がれた。

 強化人間とはいえ、騎士でもない人間に自身の一閃を防がれたことに、シオンは目を丸くさせた。

 直後、ギルマンの周囲が妙な光を発しだす。それを見たシオンは、反射的に後ろに飛び退いた。

 それで正解だったと、すぐに思い知ることになる。ギルマンを中心に、視認できるほどの電気が迸ったのだ。けたたましい音を上げながら、電気は地面を焼き焦がしていく。

 シオンは、無数の蛇に追われるような感覚でその電撃から距離を取った。

 その様子を見たギルマンが、満足そうに肩を小刻みに揺らした。


「さすが、騎士の身体能力は相当なものといえる。あの電撃、反応できただけでも大したものだというのに、まさかすべて躱してしまうとは」


 やけに楽しそうな声色だったが、一方のシオンは表情を険しくして舌を鳴らした。

 戦えば勝てそうではあるが、果たしてそんな悠長なことをして、限られた時間内でステラたちを無事に呼び戻すことができるのか――次の手の思案が脳裏に目まぐるしく浮かぶが、この状況では到底集中することができない。

 そんな苛立ちが、自ずと表情、態度に出てしまっていた。


「王女の安否が気になるか、黒騎士?」


 そんな心境を読み取ったかのようにギルマンが言った。シオンとエレオノーラが、揃って呆然とする。


「我々が何も知らないでここに来たと思っているのか? だとすれば、いささか貴様らは一国の軍人というものを舐めすぎているな」


 答え合わせをするかのようにギルマンが言って、今度は徐に右手を軽く挙げた。

 すると、街の奥の方――ステラや住民たちが逃げていった方角から、兵士たちに取り囲まれながらぞろぞろと大勢の人影がやってきた。

 それらは避難したはずのリズトーンの住民たちで、その中には、


「す、すみません。捕まっちゃいました……」


 ステラ、ノラ、オーケンの姿もあった。

 それに加えて、住民たちを取り囲む兵士の中には、


「カルヴァン・クレール伍長、よくやった。貴官の働きにより、逃亡した住民たちを迅速かつ滞りなく一網打尽にすることができた」


 カルヴァンの姿があった。

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