表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
35/331

第三章 相剋ⅩⅢ

 冷えた空気が星空の下に漂う中、リズトーンの駅舎は異様な光景を見せていた。

 そこに車掌を始めとした従業員の姿は一切なく、代わりにいるのは、青い軍服に身を包んだ無数の兵士たちだった。だがその兵士たちの中に、生身の人間は一人としていない。強化人間――軍服を一枚捲れば、そこには青白い人工筋線維に包まれた金属製の強化骨格の腕が覗かせる、機械化された人間だけがいる。

 大陸最先端の生体工学を用いて、自らを戦闘人形と化した集団――ガリア公国軍第八旅団と呼ばれた彼らは、その無機質な顔を隠すようにして、戦闘用マスクを一斉に装着した。


 続いて、駅舎に二本の軍用列車が入ってくる。甲高いブレーキ音に紛れて聞こえてくるのは、悍ましい唸り声だ。軍用車両には、強化人間の兵士たちが担ぐ重火器の他に、巨大な檻が積まれている。

 そこには、魔術によって生み出された動物ならざる生物――魔物が、家畜の如く無数に押し込まれていた。

 醜悪な容姿、緑がかかった土色の肌に、人の子供ほどの大きさしかない小鬼――ゴブリン。

 人よりも一回りほど大きな体を持ち、下顎から生えた巨大な牙を携え、ゴブリンに引けを取らない醜悪さを持った怪物――トロール。

 象やゴリラといった巨獣の生体情報を組み合わせて作られた一つ目の巨人――サイクロプス。

 それら三種で構成された魔物の軍勢は、数にして千匹以上で構成されていた。

 魔物たちは奇声を上げながら、今か今かと格子を揺らして解放されるその時を待っている。そのいずれもが、リズトーンに住まう住民たちの血肉を求めて、目を血走らせていた。


「ギルマン准将閣下」


 強化兵士の一人が、両腕を組んで立つ巨影に向けて敬礼した。

 その巨影の背後には、隊列した強化兵士たちが、あたかも等身大の人形のようにして一糸乱れずに整列している。


「魔物を含め、総員、突入準備完了しました。定刻通り、作戦を開始できます」

「よろしい」


 巨影が腕を解いて振り返ると同時に、強化兵士が隊列に戻った。

 巨影の眼前にあるのは、総勢千人で構成された強化人間の兵士たち。ガリア公国軍最強の歩兵集団と言われる第八旅団が、今まさにリズトーンへの侵攻に向けて戦闘準備を整え終わったところだ。


「これより第八旅団はリズトーン制圧作戦を開始する。この戦いは、リズトーンに住まう獣たちの不当かつ身勝手な占領に対する、正当な鎮圧行為である。奴らはガリア公国からの再三の申し出にも関わらず、我らの代理統治を拒み続け、大陸の財産として共有されるべき貴重な資源を独占している。この現状は、街に巣くう獣どもに中途半端な戦力で挑んだ我が軍の汚点ともいえるべき愚かな行いが招いたことだ。この事実は訓戒とすべきだろう」


 そう声を張った巨影――ガストン・ギルマンは、丸太のように太い腕を横一線に払い、軍用コートを靡かせた。


「ゆえに、我々は同じ過ちを犯すことはない。害獣どもを一匹残らず殲滅し、大陸の発展に寄与することが我らの使命」


 その体躯は二メートルを超えており、青い軍服と黒の軍用コートが彼をさらに威圧的に見せていた。隊列の兵士たちと同様、その顔は特異な戦闘用マスクで隠されていたが、発する野太い声質と声量から、ごつごつとした歴戦の兵士の人相を思い浮かべるのは誰もが容易だった。


「諸君、この名誉ある戦いに、存分にその力を振るうといい。獣の体毛一本、街から残すな」


 決して叫ぶような声ではない、あくまで落ち着いたセリフであった。だが、そこに込められた確かな熱に、隊の兵士全員が、漏れなく大きな声で応じた。

 ギルマンがそれを満足そうに見たあと――魔物を閉じ込める檻が、複数の兵士たちによって隊の先頭に運ばれた。

 そして、ギルマンが片腕を高く掲げる。


「さあ、一匹残らず食い殺せ!」


 その一声と共に腕が振り下ろされ、檻が勢いよく開かれた。

 解放された無数の魔物たちが、血肉を求めてリズトーンへと一斉に駆け出していく。







 ライカンスロープの炭鉱夫たちは、五十人ほどの隊を形成して駅舎へと向かっていた。そのうちの十数人の手には、一年前のガリア軍との交戦時に鹵獲した小銃が握られている。それ以外には、つるはしを始めとした採掘用の道具を武器代わりにしていた。

 炭鉱夫たちは、エレオノーラが作った大きな一本道の誘導路を怪訝な顔で見遣りつつ、その足を速めていった。


「なあ、駅から街に続く大通りってこんな窮屈な感じだったか?」


 炭鉱夫の一人が疑問を言って、


「何か旅の教会魔術師がいたとか何とかで、俺たちに協力してくれるんだとよ。この道も、その教会魔術師がやってくれたらしい。敵の侵入を制限する誘導路だと」

「へえ、そりゃ心強い話だ。だがまあ、そんな大げさな奴の手を借りずとも、俺たちだけでどうにかなる話だがね」

「違いねえ。さっさと終わらして、明日の仕事に備えようぜ」


 他の炭鉱夫たちが談笑混じりに答えた。まるで、これから雨漏りを塞ぎに行くような感覚の会話だった。

 これから起こるのは、一年前と同じような戦い――“バニラ”と蔑む人間たちを、身体能力の面で圧倒的なアドバンテージを持つ自分たちライカンスロープが蹂躙する光景だ。

 この街に住まう多くの住民が、そう信じて疑っていなかった。ゆえに彼らはここまで気楽に構えていられるのだ。

 しかし、その楽観的な考えはすぐに終わりを迎えることになった。

 ライカンスロープ特有の優れた聴覚と嗅覚が、その異変を真っ先に捉えた。


「おい、何か様子が変じゃないか?」


 炭鉱夫の一人が足を止めて声を上げると、それに倣って次々と全員が足を止めた。その間に、また別の炭鉱夫が不意に地面に耳を付けて意識を集中させる。そして、そこから伝わってくる音と振動に、顔を青ざめさせた。


「じ、尋常じゃない数が迫ってきているぞ! しかも、明らかにヒトの重量じゃない足音が幾つかある!」

「おい、あれ!」


 その言葉を裏付けるかの如く、無数の小柄な影と、いくつかの巨大な影が駅の方から迫ってきた。

 奇声に雄叫びを混ぜた耳障りな魔物の咆哮が、夜の凍てついた空気を悍ましく震わせる。


「なんだあれ!? “バニラ”の兵士じゃないのか!?」

「身体能力じゃ俺たちライカンスロープに勝てないからって、魔物を使ってきやがったのか!」


 炭鉱夫たちが驚愕に表情を歪めながら武器を構える。

 その光景を眼前にした魔物たちが、一斉に歓喜の鳴き声を上げた。

 ゴブリンたちが四足歩行になって加速し、一人の若い炭鉱夫に狙いを定めて一斉に飛びかかる。


「ひい!」


 若い炭鉱夫はゴブリンの醜悪な容貌を見て怯えた声を上げつつ、つるはしを振った。つるはしの先端が飛びかかったゴブリンのこめかみにめり込み、その小柄な体を勢いよく吹き飛ばす。他のゴブリンたちがそれに若干気取られるようにして一瞬動きを止めると、若い炭鉱夫は意気揚々として息を荒げた。


「な、何が魔物だ! 見ろよ、所詮は俺たちライカンスロープに敵う相手じゃ――」


 そう言いかけて、言葉を詰まらせた。

 吹き飛ばしたゴブリンが、頭を半分失った状態で立ち上がり始めたのだ。その異形の双眸には明らかな怒りの情が込められており、まるで駄々っ子のようにして地団駄を踏み始めた。


「な、なんだ、こいつら……何でまだ生きてるんだ……!」


 恐怖と困惑で狼狽する若い炭鉱夫を尻目に、他のゴブリンたちが怒りに狂う同族を見て嘲笑していた。その怒りに我を忘れたゴブリンはというと、脳漿をあたりにぶちまけながら、再度若い炭鉱夫へと肉薄していった。

 若い炭鉱夫は、突然の突進に対応することができず、ゴブリンに馬乗りにされてしまう。


「うわあ!」


 両腕を前に出しながら悲鳴を上げた直後、怒り狂ったゴブリンが若い炭鉱夫の顔面を食い潰した。それに続けとばかりに、他のゴブリンたちが若い炭鉱夫の手足を引きちぎってその血肉を貪り始める。


「畜生! 銃も効かねえ!」


 ゴブリンたちは、銃で撃たれようが、つるはしで身体を貫かれようが、お構いなしに前進した。

 そんな出来事の傍らで、


「助けてくれ! 死にたくない! 誰か――」


 一つ目の巨人、サイクロプスが、今しがた炭鉱夫の上半身を嚙み砕いて飲み込んでいた。その片手には、鮮血を吹き出しながら痙攣する下半身が握りしめられている。サイクロプスはそれも口の中に放り込んだあと、また新たな餌を求めて、逃げる炭鉱夫たちに巨大な一つ目で視線を送った。五メートルを超える体高を誇る魔物が、次々と炭鉱夫たちを手に収め、口の中に放り込んでいく。


「クソ、魔物が来るなんて聞いてねえぞ! お前ら、ここはいったん街の中心まで引いて――」


 とある壮年の炭鉱夫がそう言いかけて、身体をぺしゃんこに潰された。彼の身体の真上には、トロールの巨体が乗っている。

 三メートルを超える筋骨隆々とした体躯は、ライカンスロープの身体能力を遥かに凌駕する運動能力を有していた。トロールたちは、脱兎のごとく逃げ出す炭鉱夫たちを、それ以上の速度で追いかけ、真上から踏み潰していった。その潰されていった炭鉱夫たちの亡骸は、ゴブリンたちがハイエナのように群がって処理していく。

 駅舎から街の中央へと続く大通りは、単なる魔物の餌やり場と化していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ