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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
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第三章 賽は投げられたⅩⅩⅣ

 ガリア大公エイマード・ピエラは、騎士二人の突然の訪問に対し、殊更に嫌悪を示した。ガイウスとモルドレッドは、教会からの使者であるにも係わらず、大公官邸の中でもとりわけ質素な応接室に通された。


「いやはや、教会の不祥事というものは、いつの時代も世間を賑わせますな」


 一人掛けのソファにふんぞり返って座るガリア大公は、そう言って葉巻に火を点けた。齢七十を超える身でありながら、肥えに肥えた身体であるため、不快な威圧感を周囲に放っている。脂肪で喉が痞えるような呼吸で、紫煙を目いっぱい吐き出した。


「こちらも火消しに追われててんやわんやですよ。まったく、綺麗事ばかりで政治はできないというのに、大衆は己を省みず、口だけは立派だ。騎士殿たちもそうは思いませんか?」


 碌な挨拶もせずに開口一番に言ってきたのは、メディアを通じて明るみになった教皇庁とガリア公国の癒着の件だった。相当根に持っているようで、言葉以上にその不遜な態度から苛立ちが伝わってくる。


 無言、無表情でそれを睨むガイウスに対し、隣のモルドレッドは深く頷いた。


「仰る通りで、ガリア大公。せっかく十年以上続いている貴方の政権、こんな些末事で台無しにしてしまうのは、世界にとって大きな損失です」


 モルドレッドの社交辞令的なご機嫌取りに、ガリア大公は少しだけ満足げになった。


「さすがはモルドレッド卿ですな。世の中というものをよくわかっていらっしゃる。さて――それで、本日はどのようなご用件ですかな? こう見えて、暇ではないのですがね」

「恐れ入ります。実はですね、こちらのガイウス卿が、どうしてもガリア大公とお話ししたいことがあると」


 モルドレッドが横目でガイウスを見る。

 ガリア大公は鼻を鳴らし、にやついた。


「貴方の噂は聞いていますよ、ガイウス卿。今を生きる伝説的な騎士とまで称される活躍ぶりには、いつも驚かされています。そんな英雄が、こんな老いぼれにいったい何の用で?」


 尋ねられるも、ガイウスは仏頂面のまま反応しなかった。


「ガイウス卿」


 モルドレッドが諫めるが、ガイウスは改めない。

 やれやれと、ガリア大公は首を横に振った。


「英雄と呼ばれている騎士も、やはりヒトですな。若さから来る傲慢さ、実に青くて結構。しかし、あくまでここは政治の場。そんな子供じみた態度で臨まれるのは、いささか失望してしまいます」

「ガイウス卿、何を黙っているんですか? 早く――」


 不意に、応接室の扉がノックされた。入ってきたのは、初老の男だ。


「失礼いたします」

「カミーユ・グラス? 何の用だ?」


 初老の男――カミーユは、一礼後、ガイウスに視線を送った。


「ガイウス卿、貴殿が懸念されている通りでした。証拠はこちらに」


 そう言って、何かが記載された数枚の紙を取り出す。

 ガリア大公は怪訝に眉を顰めた。


「証拠? 何の話だ?」

「大公、貴方はとんでもないことをしてくれました。まさか、先代騎士団総長の暗殺を指示するなんて」


 カミーユの言葉に、ガリア大公とモルドレッドが驚愕に目を丸くさせる。

 それを尻目に、カミーユは紙の内容をガイウスに見せた。


「どうぞ、騎士殿。こちらをご覧ください。我が国の諜報員に出された暗殺指示のレポートです。証拠隠滅を免れた唯一の資料になります。もう少しで処分される、危ないところでした」

「グラス! 貴様――」


 激しい剣幕で怒鳴ろうとしたガリア大公だが、無言で立ち上がったガイウスを見てすぐに怯む。


「ま、まってくだされ、ガイウス卿! これは確かに我が国の公式文書だ! だ、だが、私の独断で行われたモノではなく、教皇庁からの指示も――」

「さすがに口が軽すぎるだろ」


 刹那、ガイウスは剣でガリア大公の首を跳ね飛ばした。脂の混ざった血飛沫が、室内をむごたらしい色に染め上げる。


 突然のガイウスの凶行に戦慄するモルドレッドその傍らに立ったカミーユが、慇懃無礼に一礼した。


「いやはや、この度は大変なご迷惑をおかけしました。しかし、まさかこのような形で我が国のトップを失ってしまうとは。これは、急ぎ大公選挙を実施して次の国家元首を決めねばなりませんな」


 剣を振って血糊を払ったガイウスが、カミーユを一瞥する。


「この証拠を以て教会の整理はこちらで付ける。あとは好きにしろ」

「はは」


 そんな二人のやり取りを見たモルドレッドが、冷や汗をかきながら大口を開けた。


「ガイウス卿! いきなりやりすぎですよ! いくら証拠があるからといって、大国のトップをその場ですぐ殺すなんて! こんなこと、教皇庁が認めるわけが――」

「俺たちは騎士だ。それが許されている。お前こそ、騎士でありながら総長暗殺の首謀者を目の前にして、よく平気でいられるな。“お前の親”は誰だ?」


 “お前の親”――モルドレッドが教皇庁からの回し者であると知っていることを、ガイウスは露骨に本人に示した。

 途端に顔色を悪くしたモルドレッドは、逃げるように部屋を後にする。


 二人きりになった部屋で、カミーユは勝者の笑みを携えてガイウスに寄った。


「モルドレッド卿が教皇庁と内通している証拠もこの国でいくつか掴んでいます。いかがいたしますか? 使います?」

「不要だ」

「かしこまりました。必要な時はいつでもお声がけください。それと、次の大公選挙の件ですが――」

「わかっている」


 二人はある密約を交わしていた。

 ガリア公国の現政権を終わらせることを条件に、ガイウスはカミーユ・グラスを次のガリア大公にすることを約束した。その見返りに、カミーユは国が持つ軍事力の支援をガイウス個人に提供することにしたのだ。

 その事実は、教皇庁はおろか、騎士団にすらも伏せている。


「ガイウス卿、是非ともこの付き合いは、安定的で長期的なものにしていきたいですな。例の軍拡に伴う準備も、政権移行後には抜かりなく進めてまいりますので、なにとぞ……」







「毒を以て毒を制す――いよいよ手段を択ばなくなってきましたね、ガイウス卿」


 騎士団本部、ガイウスの専用執務室でパーシヴァルが言った。


「ガリア公国の過剰な軍拡、それを逆手にとって、教会に新たな軍事組織を創設し、同時に、かの国を監視、利用しながら弱体化も狙う――大胆だが、うまいことを考える。でも、カミーユ・グラスが次の大公になって政権が変わっても、結局ガリア自体は何も変わらないと思いますよ。亜人の奴隷化も、覇権主義を掲げた他国への威圧行為も、絶対にやめない」


 ガイウスは卓上の書類を捌く手をいったん止めた。


「十字軍を再結成し、軍事力を削いだ後は頃合いを見て始末する。その時は、ガリアそのものを片付ける大掃除になるだろうな」


 しれっと話すガイウスに、パーシヴァルは肩を竦める。


「騎士団に気付かれないよう、くれぐれも慎重にお願いしますよ」

「だからこそお前の協力を仰いだ、パーシヴァル。イグナーツとヴァルターの網を抜けるには、お前の能力がないと厳しいからな」

「僕が賛同しなかったらって考えなかったんですかね。もしそうだったら、僕に声をかけた時点で貴方の計画は筒抜けですよ。その時はどうするつもりだったんですか?」

「どうとでも対応する」


 ガイウスがにべにもなく言い放つと、パーシヴァルは鼻を鳴らした。


「頼もしい限りで。ところで話は変わるんですが、貴方に弟子を付けたいって話がちょっと前に出たんだ。多分、今日か明日あたり、挨拶に来るんじゃない?」


 まったく予想していなかった話に、ガイウスは眉根を寄せた。


「俺に弟子? 副総長に付けるとは珍しいな。よほど優秀なのか?」


 慣例的に、多忙であることの多い議席持ちの騎士に弟子が宛がわれることはほぼない。とりわけ、副総長ともなれば弟子の面倒を見る余裕もなく、特例とも言える話だった。


「“帰天”を使える素質があるらしい。小姓としての成績もまあまあだ。十歳を過ぎてから“騎士の聖痕”を刻んだおかげで随分と苦労したみたいだが、その分、根性もある。ただ、それだけならランスロットやトリスタンを師にしていただろうね」

「何かあるのか?」

「問題児らしい。気性が荒いんだって」


 それでガイウスは納得した。


「躾か」

「そういうこと。ぜひともガイウス卿に厳しく育ててほしいってさ」

「名前は?」


 そこで、扉がノックされた。


「噂をすれば何とやら」


 パーシヴァルが肩を竦め、そのまま姿を消す。

 間もなく扉が開かれ、少年が一人、入ってきた。


「失礼します」


 歳はまだ十五を満たしていないくらい。艶のある黒髪と、炎を宿したような赤い瞳が特徴的な少年だ。

 ガイウスには、見覚えがあった。


「本日付でガイウス卿に弟子入りします。シオン・クルスです」


 最後にリディアにあった日、そこで彼女と親しげにしていた子供だ。

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