幕間 最後の遑
「ランスロットから報告があった。“ノリーム王国の八割を制圧完了、十字軍の駐留準備に入る。”だってさ」
教皇庁本部ルーデリア大聖堂の執務室に入るのと同時に、パーシヴァルが言った。執務室では、ガイウス、トリスタン、ガラハッドの三人がテーブルを囲んで小さな会議を開いているところだった。
ガイウスは会議の手を止め、パーシヴァルを見遣った。
「ランスロットと空中戦艦が戻るのは何日後だ?」
「一週間もあればこちらに戻せるはずだ。ランスロットを戻した後は、一万人の兵士があちらに残る」
パーシヴァルが書類を手渡すと、ガイウスは斜め読みを始めた。間もなく書類をテーブルに置き、視線をパーシヴァルに戻す。
「多すぎる。その半分でいい」
「復興が大幅に遅れることになるけど?」
「復興させる必要がない。国民たちが大人しくなるなら、そのままでいい」
「一応、騎士団含めて世間には正常化させることを名目にしているけど、いいのかい?」
「構わない」
パーシヴァルは肩を竦めた。
彼がソファに座ると、ガイウスはテーブル上の書類を一枚手に取った。
「この件について訊きたい。ガリア軍が保有していた気象兵器の方はどうなっている?」
パーシヴァルは書類を受け取り、内容を確認した。
「改修済みだよ。問題も発生していない。予定通り、時期を見計らえば、いつでも使うことができる」
「試運転はすませたのか?」
「もちろん。騎士団にも気付かれていない」
そう言ってパーシヴァルは得意げに胸を張った。それには構わず、ガイウスが続ける。
「なら、例の人選結果の件は? ステラ女王には伝えたか?」
「伝えたよ。今は彼女からの回答を待っている。誰を世界に残すのか、よく考えている」
「回答が来たらすぐに俺に伝えろ。急いで確認する」
「了解」
滞りのない進捗に、ガイウスは無表情ながらに満足した様子を見せた。
それを見ながら、パーシヴァルは嬉々として足を組む。
「前準備も大詰めだね。創世の魔術と“騎士の聖痕”の研究も完了している。君がGOサインを出す日も近い」
ガイウスは長い息を吐いた。深く目を瞑り、眉間を強く押さえる。
「お疲れのようだけど、気を抜くにはまだ早いよ。始めたら、すぐに騎士団が気づいて妨害してくる。本番はそれからだ」
「そうだな」
ガイウスは気を引き締めるように目を見開いた。誰がどう見ても疲労がたまっている様子――それもそのはずで、彼はシオンたちとの面会が終わってから今この瞬間まで、まともな寝食をしていないのだ。
当然、そのことはパーシヴァルたちも知っており、呆れたように微笑した。
「今のうちにゆっくり休んだらどうだい? これから先は、一度事態が動き出したらもう止められない」
ガイウスは背もたれに身体を預けたあと、天井を仰いでまた長い息を吐いた。それから徐に立ち上がり、扉に向かって踵を返す。
「そうさせてもらう。何かあった時はすぐに呼べ」
そう言い残してガイウスは退室し、扉が閉められた。
パーシヴァルはトリスタンとガラハッドに視線を送る。
「トリスタン、ガラハッド、君たちも休める時に休んだ方がいい。それと、何かやり残したことがあれば早めに片付けておきな。仕事にしろ、プライベートにしろ。最後に会いたいヒトとかがいれば、今のうちに済ませておくように」
言われて、トリスタンは小首を傾げた。
「そういうお前は?」
「先生くらいかな。会わなくてもいいけど」
「我々の計画内容を悟られるなよ」
「大丈夫。で、君はどうなんだい、トリスタン?」
トリスタンは肩を竦める。
「私はいい。特に会いたいと思う者はいない」
「僕みたいに昔の師匠くらいには挨拶したら? 会ったらハンスも喜ぶんじゃない?」
「相手にされずに終わる」
その回答に、パーシヴァルはつまらなさそうに鼻を鳴らした。次に、ガラハッドを見る。
「そう。じゃあ、ガラハッドは?」
「今このタイミングで総長に会おうと思って会えると思うか?」
その冷めた態度にパーシヴァルは笑った。
「そりゃ無理だ。なら、弟子のアルバートは?」
「トリスタンと同じだ。碌に話すこともない」
「皆、孤独で寂しい人生を送ってるね。僕も含めてだけど」
自嘲気味に言って、軽く首を横に振る。
「まあいいさ。今は時間に余裕がある。ガイウスが休んでいる間、やりたいことがあれば各々好きにしてよ」
そう言って立ち上がり、執務室を後にしようとした。
その時、
「パーシヴァル」
不意にガラハッドが呼び止めた。
パーシヴァルは足を止め、振り返る。
「なんだい?」
「ガイウスは、聖王をどうするつもりだと思う?」
「また唐突に訊いてきたね。でも、僕にはわからない。ただ――僕が彼なら、新しい世界に残しておく道理はないと考えるけどね」




