第二章 魂を鬻ぐ者Ⅹ
シオンがシスターたちを亡命させている一方で――ガリア兵に連れられたイグナーツは、ノリーム王国の旧王城に来た。旧王城はガリア軍残党の本拠地として扱われており、急ごしらえの様相はありながらも、立派な軍事基地となっていた。城の防壁周辺には何匹ものヘルハウンドが徘徊しており、小銃で武装した兵士が目を光らせながら一定間隔で立ち並んでいる。
荷台にイグナーツを乗せた軍用車は城門を抜け、大きな木製の扉の前に停まる。
直後、無数の兵士に取り囲まれた。
「出ろ」
運転席のガリア兵が顎をしゃくってイグナーツに指示を出す。イグナーツは言われた通りに荷台から降りると、乱暴に背中を小銃で小突かれた。
「そのまま前に進め」
案内された先は、地下へと続く階段だった。おそらく、もともとは倉庫として使われていた場所だったのだろう。今では、ガリア軍によって簡易的な留置所にされているのかもしれない。
イグナーツは前後を二人の兵士に挟まれたまま、黙々と階段を下りた。やがて辿り着いたのは、えらく年季の入った鉄製の扉の前だった。
兵士の一人が扉に付けられていた鎖式の鍵を外して開けると、イグナーツはその先の部屋の中に勢いよく押し込められた。
「私は重要参考人で、これから事情聴取されるものだと思っていたのですが――」
部屋に入って早々、イグナーツが内装を見て口を動かす。
「これじゃあ、まるで拷問部屋ですね」
壁、床、天井は歴史を感じさせる古い石造りだったが、置かれているのはそれに似つかわしない物ばかりだった。家具らしい家具といえば、中央に置かれている背もたれ付きの椅子のみ。すぐ近くには現代的なワゴンカートが幾つかあり、乗せているのはナイフ、ペンチ、ハンマー、鋸といった要取扱注意な物だ。それらが純粋に工具として用いられていないことは、生々しくどす黒い色に変色していることから明らかだ。部屋に窓はなく、明かりになるものは天井から吊るされた豆電球一つだけである。
「察しがいいじゃねぇか。おら、わかってんならさっさと椅子に座れ」
兵士の一人がイグナーツの首根っこを掴み上げ、中央の椅子に向かって投げつけた。
イグナーツはたたらを踏みながらも横転するのを阻止し、やれやれと静かに腰を下ろす。
「ちょっと質問してもよいです?」
「あ?」
不意にイグナーツが訊くと、二人の兵士は同時に振り返った。
「今この国を取り仕切っているのは、ヴィクトル=シール・ド・ゴウラ大佐と伺っています」
「だったら何だよ」
「彼も今ここにいますか?」
兵士たちは、何を訊くかと思えば、といった様子で小馬鹿に鼻を鳴らした。
「さあな。いるんじゃねぇのか?」
「さようですか。ありがとうございます」
刹那、イグナーツは近くのワゴンカートの上にあったナイフ二つを手に取り、兵士二人にそれぞれ投擲した。騎士の膂力で投げられたナイフは兵士の頭部を軽々と貫き、静寂のうちに死に至らしめる。
イグナーツは、よっこいしょ、と言いながら椅子から立ち上がり、死後痙攣する二つの死体の近くに立った。
「都合よく人形が手に入りましたね」
次に、どこからともなく手元に杖を出現させ、手早く偽装工作を始めた。
まず、死体の一つは姿かたちを完全に自分に模した状態に変化させ、身代わり用にした。ワゴンカート上の凶器で適当に体を損傷させたあとに椅子に座らせ、あたかも拷問を受けて死亡したかのように見せかける。
もう一つの死体については、見た目はそのままで、脳だけを自分のものに作り替えた。こうすることで、兵士の姿をした遠隔操作用の人形にする。
人形の準備を終えたイグナーツは、今度、自分自身が隠れるための空間を魔術で床に作り、そこに入って蓋をした。人形を操作している間は意識が完全に人形側に移ってしまうため、本体を安全な場所に隠す必要があるからだ。
早速、人形に意識を飛ばすと、視界が床下の暗闇から、先ほどまでの拷問部屋に移り変わる。それから軽く手足を動かし、動作に問題ないことを確認した。
「そういえば、この人の名前知りませんね。まあ、いいでしょう。適当に誤魔化しますか」
そう独り言を呟いて、さっさと拷問部屋を後にした。
地上に出ると、ガリア兵たちは来た時よりも数を減らしていた。特別、警戒した様子もなく、だらだらと談笑混じりに巡回する兵士が数人いるだけだ。
さてこれからどうするか――イグナーツが次の手を考えていた時、ふと横からヒトの気配を感じ取る。
見ると、一人の兵士がこちらに近づいてきていた。
「おい、そこの」
兵士の服装や胸元の勲章から察するに、どうやら人形にしている男より地位が高いようである。
イグナーツは軽く身なりを整え、兵士に向き直った。
「はい?」
「お前、外から来た司祭を連行してきた奴だろ。なんでここにいる? 司祭はどうなった?」
イグナーツは軍人らしく背筋を伸ばし、敬礼をして見せた。
「拷問して情報を引き出したあと、始末しました。死体は部屋に放置したままですが、取り急ぎ対応したいことがあるため、後ほど処理いたします」
「さっさと片付けろよ。また部屋が臭くなるだろうが。それと、情報を引き出したって何のことだ?」
「教会の動向に係る件です。ただの司祭ではありましたが、色々興味深いことを知っていました」
「なんだ、その興味深いって情報は?」
兵士が怪訝に眉を顰め、イグナーツは腹の中で笑った。
「教会は我が軍の侵攻計画を察しており、その対策を講じているようです。当該司祭がこの国に新しく赴任してきたのもその一環であったと、拷問をかけた際に」
報告を聞いた兵士は表情を真面目にし、イグナーツに鋭い視線を向けた。
「……今時間あるか? 詳しく知りたい」
食らいついたと、イグナーツはさらに無表情でほくそ笑む。
「はい。私もこれから詳細を報告しようと思っていたところです。ですが――」
「なんだ?」
「ゴウラ大佐に直接報告したいことがあります。緊急性のある話です。お取次ぎ可能でしょうか?」
すると、兵士は顎に手を当て、少し考え込むようになった。
急ぎすぎたかと、イグナーツが少しだけ胸中を曇らせる。
しかし、
「……少しここで待ってろ。今の時間ならできるかもしれない」
兵士はそう言い残し、駆け足でこの場を去った。
「恐れ入ります」
一人残ったイグナーツは、口の端を上げながら兵士の背中に敬礼を返した。
※
兵士が戻ってきたのは、呼び止められてから三十分ほどが経過した頃だった。ちょうど今の時間、ゴウラは予定を入れておらず、会話が可能であるとのことだった。
それからすぐに、イグナーツはゴウラのいる場所へと案内された。兵士に先導される形で慌ただしく広い城内を駆け回り、やがて辿り着いたのは、謁見の間だった。
(なんとまあ、ただの大佐が王様気取りですか)
大仰な扉を前にして、イグナーツはそんなことを心で呟く。
すると、
「くれぐれも失礼のないようにな」
当てつけたかのように、案内の兵士が釘を刺すように言ってきた。
イグナーツは、思わず気さくに肩を竦めそうになったが、今自分が下っ端兵士の姿をしていることを思い出し、寸前のところで敬礼を返した。
それから気を取り直し、改めて扉を正面に据える。
「失礼いたします!」
軍人らしい張りのある声で断りを入れ、扉を徐に開けた。
眼前にあるのは広大な空間――謁見の間は、街の惨状を見た後では、とても同じ国の中とは思えないほどに煌びやかで荘厳な内装であった。入口から玉座まで続く長い道のりには踝まで埋まる赤絨毯が敷かれており、部屋の左右には何かを模った金の刺繍入りの幕がこれ見よがしに掲げられている。天井には巨大なシャンデリアが幾つも吊るされており、見上げることも憚れるくらいに眩く、輝いていた。いずれも最近仕入れた真新しさが感じられることから、国の占領時にわざわざ入れ替えたのだろう。
国民たちが困窮する中でそんなことによく財を使い込めるなと、イグナーツは早々に辟易してしまった。
そんなことを思いながら暫く入口前で立ち止まっていたが、すぐにまた目の前に意識を戻す。
遥か遠くの玉座に座るのは一人の男――間違いなく、ヴィクトル=シール・ド・ゴウラであった。大柄でありながら血色の悪い骸骨のような容貌は、彼の教会魔術師の銘である“冥府の統率者”を如実に体現していた。ガリア軍の紺をベースにした軍服の上には、ごてごてに装飾された大きな外套を羽織っており、あたかも自身が王であると誇示しているかのようだ。
また、ゴウラの隣には、秘書と思しき若い女の軍人が立っていた。透き通る白い肌に艶のある長い黒髪を携えた容姿は、間違いなく美女ではある。しかし、その表情はどこか厭味ったらしく、イグナーツを目にするそれは間違いなく見下していた。
イグナーツは赤絨毯を踏みしめながら玉座に向かって進み、声がよく届く位置に立って敬礼をして見せた。
「君か。新任の司祭から、何か重要な情報を聞き出したというのは」
ゴウラが威厳たっぷりな声を出し、イグナーツ――もとい、遠隔操作用の人形をまじまじと見遣る。
「は! お忙しいところお時間を頂き、ありがとうございます! つきましては――」
「お待ちなさい」
突然、ゴウラの隣の女から、叱責のような声が挟まれた。
「貴方、何様のつもりなの? ヴィクトル様を前にして、図が高いのではなくて?」
「……は?」
それは勘違いではなく、間違いなく叱責であった。しかし、何故そのようなことを言われたのか、イグナーツは把握できず、思わず間抜けな声を上げてしまう。
図が高いとは、まさかこの男、本当に王になったつもりなのか――そう思いながら、イグナーツは共感性羞恥心にも似た、妙な居たたまれなさに胸中をざわつかせる。
そうやって困惑していると、
「よせ、アナベル。彼は二等兵だ。まだ“あの話”を聞かされていないはずだ」
ゴウラが余裕のある態度で女――アナベルを諭した。
すると、アナベルは先ほどまでの殺気立った顔つきから打って変わり、尾を丸めた犬のように大人しくなる。
「失礼いたしました、ヴィクトル様」
その様子を満足げに見たゴウラは、次にイグナーツに視線を向けた。
「すまなかったな。さて、それでは君の報告を聞かせてもらおうか」
いったいこれは何のやり取りだと、イグナーツは戸惑いながら、再度姿勢を正した。
「報告します。本日十三時三十四分、南西の男子修道院にて、兵士二人の殺害に関与したと思われる司祭を重要参考人として連行いたしました。そののち、本城にて尋問したところ、教皇庁が我が軍に対し、武力行使による制圧作戦を計画しているとの情報を入手いたしました」
「ほお、それはまた。続けてくれ」
「司祭によると、この地に赴任されたのも教皇庁が企てる制圧作戦の一環であるとのこと。ノリーム王国の現況、および我が軍の保有戦力を探るため、密偵として送りこまれたとの供述です」
ゴウラの傍らで、アナベルが目つきを鋭くした。
「それで、その司祭はどこまで事を成したのかしら?」
「司祭は本日赴任したばかりであり、作戦に係る行動にはまだ移せておりませんでした。また、尋問後は速やかに始末しており、我が軍に関する情報の漏洩は未然に防げたものと考えます。なお、兵士二人の殺害については一貫して関与を認めなかったため、当該事件については無実であると推測します。報告は以上です」
イグナーツからの報告を聞き終えたゴウラは、納得したように深く頷いた。
「ふむ。やはり教会が動き出したか。しかし、司祭を密偵として送り込むなど、随分と回りくどいことをする。粛清という大胆な手段を安易に取ることができないのだろうな。ノリーム王国の独立を認めた手前、大陸の世論を気にしているのだろう」
「さすがの推察でございます、ヴィクトル様」
すかさずアナベルが尊敬の眼差しを向けながら賛辞の言葉を送った。
ゴウラはそれを傍目に続ける。
「して、他に報告することはないか?」
伝えるべきことは他にはないが、イグナーツにとっては次こそが本題であった。知られたところで当たり障りのない情報を先出しして餌にし、ガリア軍の計画を聞き出す腹積もりだ。
「はい。ですが、可能であれば、もう暫しお時間を頂きたくお願い申し上げます」
「構わない。言ってみろ」
「感謝いたします。先ほどの報告の通り、事態はすでに教会が動き出している段階です。教会といえば、我らが祖国ガリアを粛清の名のもとに滅亡させた怨敵。しかし、かの組織が保有する軍事力は大陸諸国のそれと比較しても圧倒的なもの。これに対抗する手段が我々にあるものか、恐れ多くも本件に係ったばかりに一人の軍人として気になりました」
「ふむ。君の言うことはごもっともだ。先のない戦いに身を投じられる事ほど、不安に駆られることもないだろう」
もしかするとゴウラの機嫌を損ねるかもしれない質問ではあったが、意外にも彼は寛容に納得してくれた。
「恐れ入ります。我が軍が周辺諸国へ侵攻すれば、教会はここぞとばかりに粛清の動きを見せるでしょう。今の教会は騎士団のみならず、教皇直属に十字軍なる軍事組織まで保有しております。これらに対抗する手段、または策などがあれば、是非一度お聞かせいただきたいと思った所存です」
しかしその一方で、アナベルは気に障ったようだった。
「身の程を弁えなさい。貴方のような末端の兵士が何を大それたことを。作戦内容は然るべき時に伝えます。それまで――」
癇癪を起したかのように声を張り上げ、イグナーツに向かって一歩足を踏み出す。
だが、ゴウラが左手を挙げてそれを制した。
「よい、アナベル。どうせ明日にでも全軍に侵攻作戦の全貌を伝えようとしていたところだ。先んじて“切り札”の存在を知ることで、兵士たちも安心感と士気を得られるだろう」
“切り札”――この言葉に、イグナーツは眉を顰めた。
「“切り札”?」
「案ずることはない。私も具体的な策もなしに教会に敵対しようなどとは思っていないからな」
自信満々に話すゴウラに続いて、アナベルも誇らしげに胸を張った。
「光栄に思いなさい。貴方のようなただの一般兵に、ヴィクトル様は自ら崇高な計画をお話してくださるのよ」
「幸甚に存じます。恐れ多くも、その“切り札”なるものとはいったい?」
表情を真面目にしたイグナーツが、腰を低く訊いてみた。
すると、ゴウラはどこか得意げな顔になって、自身の膝上に置いてあった“本”を手に見せてきた。
「これだ。見て、わかるかな?」
「それは……魔導書、でありますか?」
魔導書――と、大袈裟な名前で呼ばれているが、実態は教会魔術師たちがまとめた資料である。教会魔術師は、大陸で危険性のある魔術の使用と研究が認められる一方で、その内容を定期的に教会に還元することが義務的に求められている。とどのつまり、魔導書とは、教会魔術師たちが各々習得、研究した魔術の詳細を記したレポートであった。
「聖王教会の傘下――魔術師協会が管理しているとされる、教会魔術師たちの研究成果をまとめた魔導書、で認識相違ないでしょうか?」
イグナーツが訝しげに訊くと、ゴウラは微笑混じりに頷いた。
「そうだ。だが、ただの魔導書ではない。この魔導書には、約千年前に“禁術”として封印された大いなる術が記されている」
イグナーツは、“禁術”という言葉を耳にし、顔つきを改めた。もしそれが本当なら、途端に話が厄介になる。
“禁術”は文字通り、教会が使用を禁止した魔術のことである。禁止される基準の主たる理由の指標には、使用時のリスク、影響力がある。例としては、一度の使用で万を超す人命に影響を与えるような魔術であれば、教会がその存在ごと世間から隔離することがあるのだ。
ゴウラは魔導書を片手に、意気揚々と玉座から立ち上がった。
「そして、私はこの“禁術”を以てして聖王教会を打ち破り、この地に新たな国――ガリア帝国を建国するつもりだ」
ガリア帝国――やはりこの男は、一国の王になることを目論んでいたのかと、イグナーツは眉間に皺を寄せた。教会を恐れない一連の蛮行にも納得である。
しかし、ふとその魔導書を注視した時――イグナーツは、あっ、と小さく声を上げた。その後、すぐに顔を白けたものにする。
(あの魔導書、間違いないですね……)
そんなことなどいざ知らず、傲岸不遜なゴウラの隣では、アナベルが恍惚とした面持ちで彼の傍らに擦り寄った。
「ガリア帝国が建国された暁には、ヴィクトル様は初代皇帝としてこの大陸に名を響かせることになるのよ。貴方も、この崇高な計画の一端に携われることに心からの敬意と感謝を示しなさい。そして今後は、ヴィクトル皇帝陛下とお呼びするのよ」
ゴウラとアナベルは、少々熱を入れてしまったと自戒しながら元の場所に戻った。
「まずはその第一歩として、北のトレイニア聖国への侵攻を試みる。作戦の決行は五日後だ」
兵士の拷問では聞き出せなかった情報を、ゴウラが勝手に喋り出した。
イグナーツは気を取り直すように背筋を伸ばす。
「失礼ながら申し上げます。作戦の決行は五日後とのことですが、それはあまりにも無謀ではないでしょうか? トレイニア聖国は小国ではあるものの、その軍事力は我が軍が現在保有するものより遥かに強大ではないかと。特に、兵力差には大きな開きがあると思われます。準備は念入りにするべきかと」
その懸念に、ゴウラは鼻で笑った。
「案ずることはない。だからこその禁術だ。この禁術は遥か昔、古の魔術師たちがその危険性を察し、敢えて未完のまま封印したとされるものだ。解読した限りでは、たった一度の使用で一国を一晩のうちに消滅させることができるほどの力を持つという。これさえあれば、戦力の消耗を必要最低限に抑えることができるだろう」
「この偉大な計画を完遂するために、ヴィクトル様は古の禁術を自らの手で完成させたのよ」
いちいち会話の間に入ってくるアナベルを無視し、イグナーツは首を傾げた。
「では、トレイニア聖国には兵を送らず、その禁術のみで侵攻を成し遂げると?」
「その通りだ。トレイニア聖国への侵攻は禁術の実験も兼ねているのでね。最終目標である打倒教会を成し遂げるため、あの国には贄になってもらう」
「では、トレイニア聖国を最初の侵攻対象に選ばれた理由は、聖王教会が介入する確率が他国と比べて低いからでしょうか?」
「それも、その通りだ。あの国は真聖派を国教としているがために、我々の侵攻に対して教皇庁からの助力を素直には求めないだろうからな。実戦での試験的な導入を試すには、絶好の機会だ」
一通りの情報は仕入れたと、イグナーツは気付かれない程度に長い息を零す。
「なるほど。ご説明、感謝いたします。諸々、納得いたしました」
「これで君の不安が解消されているようであれば、何よりだ。他に何か聞きたいことはあるかな?」
訊かれて、イグナーツは首を横に振る。
「私からお伺いしたいことは以上です。貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございました」
そう言って敬礼を見せると、ゴウラは偉く機嫌をよくした顔で頷いた。
「うむ。今後とも我が軍の――いや、ガリア帝国のために尽力してくれたまえ」
「は! 失礼いたしました」
それからイグナーツは早々に玉座の間を後にした。
扉を静かに閉め――呆れた顔で大きな溜息を吐く。
「――さっさとシオンと合流しますか。くだらない仕事になりそうだ」
これ以上は真面目に向き合うのもバカバカしい――イグナーツは胸中でそう吐き捨てながら、人形との接続を切った。
もはや、興醒めだった。




