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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
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第二章 魂を鬻ぐ者Ⅶ

 ガリア兵から入手したガリア軍残党の総戦力は、おおよそ次の通りだった。人数は約一万人――そのうち、強化人間部隊として編制される人員が二百人ほど。保有する主兵器は戦車であり、すべての型を含めて七十八両。その他の主戦力として、魔物のヘルハウンドが約五百匹、トロールが約百匹とのことだ。

 とりわけ、シオンとイグナーツはネフィリムの有無を危惧したが、話を聞く限りでは存在しないのだろうと判断した。戦闘可能な教会魔術師も、指揮官であるヴィクトル=シール・ド・ゴウラのみだった。物量こそ多いものの、当初の想定通り、二人が特別警戒するべき戦力はなさそうだ。

 また、ガリア軍残党の実状として、最近は物資の補給面に大きな課題があり、それが周辺諸国への侵攻を急く要因の一つにもなっているとのことだった。本国が粛清されたことで必要物資の供給が滞ったため、新たな調達先を確保することが早急に求められているらしい。


「規模としては旅団、もしくは師団くらいか。まとめ役のゴウラが大佐であることを考えると、かなりの戦力だな」


 ガリア兵を押さえつけながら、シオンがイグナーツに向けて言った。

 イグナーツはメモの手を止め、顎に手を添えて頷く。


「そうですね。強化人間と魔物の部隊もそこそこの数です。が、我々からしてみれば特に問題はありません。数だけ見ればログレスの王都を占領していた戦力と同程度ですが、質はずっと落ちるでしょう。戦闘になっても楽勝なことに変わりはありません。早速これから二人で壊滅させに行きます?」

「本気で言ってるならやるが」

「冗談です。政治面の準備がまだ整っていないので、次はそこもカバーしないとですね」


 つまらないことを言ったと、イグナーツは肩を竦めて詫びた。

 二人が騎士特有のブラックジョークを交わしていた時、不意にガリア兵がシオンの下でもぞもぞと動き出す。


「な、なあ」


 怯えた様子で恐る恐る声を上げる。その顔は、拷問の痛みによって多量の汗に塗れていた。

 話しかけられたイグナーツは、それを無慈悲に睨みつける。


「勝手に喋らないでと言ったでしょう。まあいい、せっかくなので次の質問です。ガリア軍の残党は物資補給を急いでいると、さっき言っていましたね? その一環で周辺諸国への侵攻を計画しているとも。その具体的な内容を教えてください。侵攻先、投入する予定の戦力、方法、日取りなど」

「お、俺も侵攻の具体的な計画については何も……」


 直後、シオンがガリア兵の右手の甲を拳銃で撃ち抜いた。ガリア兵はすでに痛みに耐える気力すら失っており、腹の底から悲鳴を上げる。


「ほ、本当なんだぁ……俺はただの二等兵なんだよぉ……」


 ついには糞尿を漏らし、子供のように泣きじゃくり始めた。


「なあ……頼むよぉ、助けてくれ……知っていることは全部話したんだからよぉ……!」


 その声量は、羽虫の羽ばたきにも搔き消されそうなほど弱々しかった。

 当初の強気な態度はどこへいったのやら――惨めな姿をさらすガリア兵だったが、


「いいえ、貴方は嘘をついています」


 イグナーツは淡々と言い放った。

 この返しには、ガリア兵も思わずといった様子で目を丸くさせる。


「え!?」

「私たちに嘘を言ったところ、訂正してもらっていいですか?」


 ガリア兵は、得体のしれない生物を見るような眼差しでイグナーツを見上げた。次に何の言葉を発せばいいのか、絶望の表情で必死になって思考を巡らせている。


「ほ、本当だ! 全部本当のことを言っ――」


 直後、シオンがガリア兵の後頭部を撃ち抜いた。

 先ほどのイグナーツの問いは、ただの鎌かけだった。念のために嘘の情報を伝えてないか、最後の最後に圧をかけて確認したのだ。


 ようやく終わったかと息を吐きながら、シオンはガリア兵の死体の上から立ち上がった。


「おおよその戦力はわかったが、トレイニアに売り込むにはもう一押し欲しいところだな」

「そうですね。残党たちの今後の正確な動きを手に入れない事には、我々としても動きづらい」


 手帳を懐にしまったイグナーツは、不意に杖を手に取った。

 シオンが怪訝に眉を顰める。


「何を?」

「拷問で死んだ兵士の死体をそのままにしておくのもアレなので、ちょっと偽装工作を。損壊したところを修復して、二人が喧嘩して同士討ちしたように見せかけます。拳銃をこちらに」


 手元で杖を一回転させたあと、イグナーツは先ほどシオンが殺したガリア兵の死体の傍らに立った。その背中に杖を差し込むと、銃弾が穿った傷、剥がされた爪などが衣服を含めて瞬時に修復される。続けてもう一人、最初に死んだガリア兵も同じように修復した。

 次にイグナーツは、床の血痕や弾痕、薬莢なども魔術で綺麗さっぱり消し、部屋の内装を元通りの状態にした。

 仕上げにと、修復した二つの死体の腹に、それぞれの拳銃で一発ずつ弾丸を撃ち込む。もちろん、最後に拳銃は持ち主の手に握らせた。


「アンタがいると、色々頼もしいな」


 賞賛するような、呆れたような声色でシオンが言った。イグナーツは、わざとらしく得意げに微笑する。


「これでも副総長ですから」


 後始末を終えた二人は、足早に部屋を出て、駅舎の出口に向かった。

 ひび割れたガラス扉を慎重に開くと、その先にあったのは駅構内と同じく、ひどく荒れ果てた街の風景だ。

 駅構内とは異なり、街中には辛うじて人影があった。だが、それも両手で数えられるほどであり、そのどれもが生気がなく、彷徨う亡霊のような有様でいる。乗り捨てられた半壊の車や、朝にもかかわらず点けっぱなしの街灯、水が垂れ流されたままの露出した水道管など、とてもヒトが住まうことなどできそうにない状態だ。果ては、建物や道路には大きな焦げ痕、ヒトが潰れたような黒ずんだ血痕がそこら中にあり、いつ死んだのかもわからない人間と亜人の死体が石ころ感覚で転がっていた。


 その光景を目の当たりにしたシオンとイグナーツは、揃って表情を無にした。

 ガイウスの言っていた“地獄”の片鱗が、こうもわかりやすい形で見ることになるとは――改めて気を引き締める思いで、二人は街中に向かって歩みを進める。


「それで、これからどうする? また適当に兵士を捕まえて拷問にかけるか?」


 シオンが訊ねると、イグナーツは首を横に振った。


「いいえ。末端の兵士を捕まえて情報を吐かせたところで、同じような事しか聞けないでしょう。とりあえずは、修道院に向かいますか。一応、我々はこの国の教会から救難要請を受けて赴いた神父という体ですので、修道士たちをお待たせするのも忍びない。ですが――」


 不意に、イグナーツは周囲を見渡した。


「予定だと、迎えの車が駅前で待ってくれているはずですが、見当たりませんね」

「街がこんな有様だ。何か身の危険を感じることがあって、帰ったんじゃないのか? もしくは、来れなくなったか」


 シオンがそう言ったものの、イグナーツの表情は芳しくなかった。それどころか、珍しくどこか悲哀を感じさせるような、妙な憂いをその黒い瞳に浮かべている。


「貴方は気づきました?」

「何が?」

「さっき駅員室から飛び出した女性の件です。恐らく彼女、シスターですね。抱えていた衣服が修道服だったので」


 言われて、シオンはハッとした。


「もしかして、俺たちを迎えに来たせいで……」


 考えうる最悪の出来事としては、シオンたちを駅まで迎えに来たシスターが、先ほどのガリア兵二人にかどわかされ、暴行を受けたということだった。

 それを理解した時、シオンの胸中に居たたまれない罪悪感が奔流のように押し寄せてきた。


「悪漢たちには相応の罰が与えられましたが、気の毒な事をしてしまいました。街がここまで酷い状態と知っていたら、迎えを断ることもできたのに。我々もまだまだですね」


 自戒を呟いたイグナーツは煙草に火を点け、シオンの背中を軽く叩いた。


「とりあえず、歩いて修道院に向かいますか。ここから五時間ほど歩いた先にあるようなので、我々なら早歩きで四時間かからないで着くでしょう。自分たちのミスに落ち込む暇なんてないですよ。曲がりなりにも、我々は議席持ちの騎士なんですから。貴方も、ステラ女王陛下をそうやって鼓舞していたはずです」

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