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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
286/331

幕間 復讐の物語

かなり間が空いてしまい申し訳ないです・・・。

少しずつ頻度上げていきます。

 エレオノーラの旧宅を後にしたシオンたちは、早々に騎士団本部に帰還した。


 シオンは、極度に疲労していたエレオノーラを自室で休ませたあと、自身はイグナーツの私室に向かった。議席持ち専用の居住階層、その奥へと歩みを進ませ、Ⅱと記された扉をノックで鳴らす。間もなく、部屋主であるイグナーツが姿を現し、シオンを中に招いた。


 シオンの部屋と同様、豪邸を丸ごと換装したかのような内装――部屋に入ってすぐのリビングには、テーブル上に膨大な書類が雑に広げられていた。それらにはすべて“リディア”の日記と“マリア”の日記から得られた情報が記されており、つい先ほどまでイグナーツが整理していたものだろう。


「どうぞ、そこのソファに」


 イグナーツに促され、シオンは言われた場所に腰を下ろした。それを尻目に、イグナーツがリビングの隅で、もてなしのコーヒーを煎れ始めたが――


「前に訊いた時ははっきりした答えを得られなかったが、アンタやっぱり、“リディア”がエレオノーラの母親だと予想していたな」


 シオンは唐突にそう訊いた。

 イグナーツは一瞬手を止めたあと、無言のままコーヒーの入った二つのカップを両手にテーブルに移動した。


「ええ」


 カップの一つをシオンに差し出し、どこか諦めたような溜息を吐く。

 シオンはカップを受け取りながらさらに言った。


「“教皇の不都合な真実”なんて曖昧なものを当てにしていたのも、その前提か」


 訊かれて、イグナーツはコーヒーを一口飲みつつ、シオンとテーブルを挟んだ対面のソファに腰を下ろす。


「ガイウスが“リディア”――ハーフエルフとの間に子を、エレオノーラをもうけていた事実の確証さえ得られれば、あの男を確実に罷免できると考えていました。もちろん、その子がエレオノーラであることは隠して」

「だから俺を生かしたのか。“リディア”とガイウス、両者と接点の多かった俺なら、何か根拠になることを知っているんじゃないかと」

「お察しの通りです。エレオノーラの遺伝情報にはガイウスだけではなく、“リディア”の死後に彼女から得た情報も含まれていたので、まず間違いなくそうだと思いましたから。しかし、まさか母親の正体が、ガイウスがじきじきに連行してきたハーフエルフで、しかも“リディア”の双子の姉だったとは」

「アンタは“マリア”の顔を見たことはなかったのか? “リディア”と双子なら、見た瞬間に気づきそうなものだが」


 シオンの素朴な疑問に、イグナーツは肩を竦めた。


「“マリア”の処刑には、ガイウス以外の騎士はほとんど係わっていません。正確に言えば、同伴した騎士も数名いましたが、ガイウスと行動を共にしたのを最後に行方知れずとなりました。まあ、十中八九、ガイウスに殺されたのでしょう。当然、顔写真なんかも残していません。もしかすると、ガイウスは最後の最後まで彼女と一緒に逃げることを考えていたのかもしれませんね。いつかの貴方のように」


 奇しくも、師弟揃って同じことが起きていたのかと、シオンは師に対して妙な親近感を抱いたのと同時に、強烈な嫌悪感を覚えた。

 そんな複雑な感情を振り払うかのように、シオンは改めてイグナーツを睨む。


「俺の記憶を頼りにした二人の接点を裏付けにするより、エレオノーラの遺伝情報を根拠にした方が罷免の材料にするには確実だろ。なんでそんな回りくどいことを?」

「それは貴方が一番理解しているでしょう。もしそれを根拠にガイウスの汚点を公表すれば、エレオノーラが混血であることも世間に知られてしまう。そうなっては、教会に身を置く我々は彼女を始末しなければならない。それだけは何としても避けたかった」


 馬鹿なことを聞くなと言った口ぶりで、イグナーツは辟易して見せた。


「以前言った通り、私には私なりの思いや感情があります。親心、とでもいうんですかね。母親を亡くして一人彷徨っていたあの子を保護した時に、色々と覚悟を決めましたから。自分なりのケジメです」


 イグナーツはそう言ってカップをテーブルの隅に置き、足を組んだ。


「それより、エレオノーラは大丈夫ですかね? ここに戻ってからずっと静かですが」

「アンタがその場で翻訳した“マリアの日記”の内容を聞かされて結構なショックを受けていたみたいだが、もう落ち着いている。今は俺の部屋で寝ているはずだ」


 イグナーツは、そうですか、と言って軽く目を瞑った。


「本当はエレオノーラからも色々情報を聞き出したかったのですが、まあそれは後にしましょうか。まずは――」


 それから徐に目を開き、テーブル上の書類に視線を落とす。


「“マリア”の日記と、“リディア”の日記に書かれていることの整理が必要です」


 続けて、イグナーツはシオンを見遣った。


「シオン、先に訊かせてください。貴方は、“リディア”のことをどこまで知っていました? 彼女の生まれ、ひいては姉の“マリア”と共に“創世の術”を知っていることは把握していましたか?」


 “マリアの日記”からは、“リディア”の生まれと、彼女が修道女になるまでの過程も知ることができた。そこに書かれていた内容は、“リディア”と恋仲でもあったシオンが知るには、一人の男にとっては言葉にしがたい悔しさを覚えるものだった。


「まさか。俺だって、この日記を読んでショックを受けた……」

「ヒトに歴史あり、とは言いますが、あの二人の歴史は密度が濃すぎる」


 珍しく気落ちするシオンを見ながら、イグナーツは煙草に火を点けた。


「辛いかもしれませんが、認識齟齬を防ぐためにも、声に出して内容を整理させてもらいますよ」

「ああ」


 シオンとイグナーツは、乱雑に散らかった書類を手早く整理した。膨大な書類の中から、まずは“リディア”と“マリア”の生い立ちに関連するものを取り出し、改めてテーブルに並べる。


「始めに、“リディア”と“マリア”の生い立ちから確認しますか。“マリアの日記”によれば、彼女たちの母親は娼婦のエルフでした。エルフは人間の客との間に思いがけず二人を身籠ったことで主人に殺されそうになるが、どうにか逃げだすことに成功したとあります」


 イグナーツは煙草の火を消し、書類を一枚手に取った。


「そしてそのあと、エルフは双子の姉妹を産み、姉を“マリア”、妹を“リディア”と名付けた。三人は大陸の各地を転々とし、時には体を売り、安住の地を求め続けた。しかし、姉妹が二十歳を過ぎた頃、母親は日々の厳しい生活に耐えきれず、四十にも満たない若さでこの世を去った。長命であるエルフからしてみれば、さぞ屈辱的だったでしょう」


 そこで一度区切り、別の紙を手に取る。


「姉妹はその後も体を売ることを生業とし、いつか自分たちを受け入れてくれる地を探し続けた。“リディア”の顔の特徴的な傷も、恐らくはその過程でついたものでしょう。そして、二人が三十歳になる頃、自分たちを買った客の一人に教会の枢機卿がいた――ここが、二人の運命の分水嶺です」


 その言葉に、シオンは重々しく頷いた。


「“リディア”と“マリア”は、その枢機卿に気に入られ、うまく取り入ることができた。結果、体の関係を続けることを条件に、修道会への入会と、その立場を好待遇で保障されることになった」

「枢機卿は枢機卿で、これまで教会に対して反抗的だった亜人を懐柔する糸口として、エルフの修道女を売り込むことができると画策――この手の話は今まで腐るほど目にしましたが、なんとも言えなくなる気分は慣れそうにありませんね」


 シオンは溜め息で同意した。


「そして二人は、当時の教皇にも取り入ることに成功した。絶対的な権威を持つ教会のトップをうまく使えば、自分たちのような混血を世に認めさせることができると考えて」


 イグナーツは次々と手に取る書類に絶えず視線を走らせる。


「しかし、教皇が病で死去し、次代の教皇になったことでその企みも破綻。新たな教皇は堅物で、姉妹の色仕掛けも全く通じなかった。そればかりか、歴史と伝統を重んじる超保守派であったため、混血への考えを改めさせることはほぼ不可能だった――そして、二人の人生はここで別れることになった。“マリア”は教会を利用しての安住を諦め、自分一人で生きる道を。対して“リディア”は、これまでの邪道な方法を改め、清く正しい一人の修道女として再出発の道を」

「俺たちがよく知る“リディア”は、ここからだったってことだな」


 イグナーツは頷いて、また別の書類を手に取った。


「今言った二人の生い立ちの中で最も重要な部分は、教皇に取り入った時期です。二人はそこで教皇を介し、ルーデリア大聖堂地下にある“聖域”に踏み込んだ。そして、“写本”を見た」


 “写本”という言葉が出て、シオンは目つきを鋭くする。


「“写本”には、聖王が亜人を創り出し、その汚点を払拭するために騎士を生み出したこと、その後、人類を管理するための組織として教会が結成された経緯が書かれていた。そればかりか、創世の魔術――人間を人為的に望む形に進化させる術までも。それを知った“リディア”と“マリア”は、その術を“最後の選択”とした。自分たちが生きられる居場所がこの世界にないと見切りをつけた時、二人の手で、聖王が太古にやったことを再現すると」


 書類から視線を外したイグナーツが、軽く肩を竦める。


「ですが、あまりにも危険な術だと判断した二人は、互いに互いを監視することでその引き金を簡単には引けないようにした。どちらかの独断では実行できないよう、“写本”から得た知識を敢えて二つに分割し、もう一方が己の知識を知らない状態にすることで。そして――」


 イグナーツが区切ったのと同時に、二人の視線はテーブル上の一枚の書類に映った。

 その書類には、紙面いっぱいに“とある印章”が複雑に描かれている。


「ガイウスが“マリア”と出会い、創世の魔術の存在を知った」


 イグナーツは書類の束を脇に置き、軽く息を吐いた。


「ガイウスは、次期総長を約束されていた男です。しかし、それを反故にしてまで、枢機卿になる道を選んだ。当時は、私はもちろん、界隈全体が大きく混乱しました。完成された騎士とまで称されたガイウスが、まさか総長の座を蹴ってまで枢機卿になることを選ぶとは」

「騎士が枢機卿になるのは、本来特例的なことなんだよな? おそらく、言葉で聞く以上に」


 シオンに訊かれ、イグナーツは煙草に火を点けながら頷いた。


「ええ。騎士団が枢機卿団や教皇の監視の任を担っている以上、騎士の時に知りえた情報などが、枢機卿になった時に悪用、乱用されないために。もっとも、ガイウスの場合は堂々とそれを使って当時の枢機卿団や教皇を脅し、無理やり枢機卿になった口ですが。ランスロットたちオトモの四騎士を引き連れてね」

「ガイウスが教皇にまで上り詰めたのは、“写本”を自分の目で見るためだったのか」

「それだけではないでしょう。教皇という立場と力そのものも、あの男は謀を成すために利用した。もうすでにご存じかもしれませんが、ガイウスは、ガリア粛清後、かの国の軍備や資源、はては植民地、支配区域をすべて教会――十字軍が直々に管理下に置くことを決定しました。傍から見れば国家単位での略奪にしか見えない所業であり、もちろん枢機卿団は反発しました。が、反対した枢機卿たちはその決定が下された場を最後に行方知れず。ガイウスたちが全員始末したのでしょうね」


 それを聞いて、シオンは怪訝に眉を顰めた。


「教会内部はそれで落ち着かせたとして、大陸諸国の反応はどうなる? 一歩間違えれば、教会が孤立しかねないぞ」

「それが、思いのほか反対の声は少ないです。ガリアがもともと嫌われ国家だったということもあるのでしょうが、ガイウスはガリアで奴隷だった亜人すべてをその身分から解放し、植民地にされていた国や地域を即時独立させました。これが高く評価されています。教会直属の管理下に置くため、解放された土地には十字軍を駐在させていますが、それも自衛するための軍事力を持ち合わせていない国に提供する防衛力という建前を使えば、多くの者が納得します」


 なるほど、とシオンは呟いた。

 イグナーツはさらに続ける。


「それはさておき――我々が直面している問題と、それに対する動きを改めて確認しましょう」


 声のトーンを低くし、イグナーツは“印章”の描かれた書類を手に取った。


「今となっては、ガイウスはこの大陸のすべてを掌握した存在と言っても過言ではない状態です。そして、エルフたちが“黙示録”と評した“リディア”の日記、それには、創世の魔術に関する情報が書かれていた。極めつけは――ガイウスがそれを利用し、全人類を魂だけの存在に昇華させようとしていることも。我々騎士団は、この計画を阻止するために動きます。もはや、教皇罷免などと言うスケールで収まる話ではありません」


 このタイミングでシオンの顔に影が落ちたのを、イグナーツは見逃さなかった。イグナーツは異様に目を細め、やや前のめりになる。


「シオン、この際、ガイウスの動機は度外視です。話し合いで解決する段階は、とうの昔に過ぎている。まして、これはあの男が覚悟して始めたことです」


 ガイウスの動機――憎悪を向ける対象であったはずの男だが、今のシオンの胸中は形容しがたい複雑な感情で満たされていた。

 シオンは、イグナーツに険しい表情を見せる。


「……愛する者を失い、自暴自棄になった男の凶行を阻止する――理解は、これでいいんだな?」

「ええ。今となってはもう、一連の出来事は“貴方の復讐”ではなく、“ガイウスの復讐”の物語です」


 イグナーツは、それでいいと、同じく厳しい面持ちを見せて返した。

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