第一章 父と子とⅢ
短くてすみません・・・。
年が明けて暫くしてからまた更新頻度が元に戻る予定です。
森の中の開けた場所にある小さな丸太作りの一軒家――シオンは、青ざめた顔でそこまで走り抜けた。玄関前の切り株まで辿り着くと、その上に座る人物を見て、改めて表情を強張らせる。
「なんでアンタがここにいる……!」
シオンに訊かれても、ガイウスは切り株に腰を掛けたまま微動だにしなかった。目を合わせることもせず、夢に耽るように静止していた。
「何か言え!」
ガイウスはそこでようやく立ち上がった。徐に動き出し、体を翻してシオンを正面に見据える。
「今日は斬りかかってこないのか?」
疑問に思ったわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、世間話をするような声色で訊いてきた。
シオンは、心臓を矢で射抜かれたような顔で、ハッとする。
間髪入れず、ガイウスはさらに続けた。
「何を知った?」
その言葉でシオンは意識を目の前に戻し、怒りの感情を剥き出しにした。
「アンタがやろうとしていること……!」
シオンの歯噛みする音が、静寂の中で小さく響く。
ガイウスは、無表情のまま口を開いた。
「そうか」
そして歩き出し、シオンの横を通り過ぎる。あまりにも自然すぎる所作にシオンは反応できず、そのままガイウスを素通りさせてしまった。
ガイウスが数歩進んだところで、シオンは勢いよく振り返る。
「――アンタはそれでいいのか!?」
シオンの叫びと同時に、周りの木々が揺れた。
「“リディア”を殺したこと、後悔はないのか!?」
シオンはさらに訊いた。
ガイウスは数秒の沈黙のあと、徐に口を動かした。
「――ない」
刹那、シオンは地を蹴った。一瞬のうちに刀を引き抜き、間隙の急襲をガイウスに仕掛ける。しかし、ガイウスはそれをいともたやすくいなし、刀を奪い取ったうえでシオンを地に倒した。まるで、かつての師弟が稽古をつけているかのような有様だった。
仰向けに倒れるシオンの傍らで、ガイウスが見下ろした。
「お前は強い。だが、それを教えたのは俺だ」
ガイウスは手に持っていた刀をシオンの横に突き刺し、踵を返した。
シオンは、小さく咽返りながら地面を這いつくばる。たったの一撃で、想定外のダメージを受けていた。
「ガイウス……!」
「斬りかかる直前に左足を無意味に遊ばせるのをやめろ。何度も言ったはずだ。お前なりに考えた次の手を講じるための保険なのだろうが、トリスタンとガラハッドならすぐに気づく。ランスロットに至っては当然、それを知っている」
ガイウスは無慈悲にそう言い残し、帰路につく。
その背を見たシオンは、“帰天”を使おうとした。沸々と込み上げてくる怒りに身を任せ、己の力を最大限に絞り出す。
しかし――
「――!?」
ガイウスが向かう先に立つ人影を見て、固まった。
「エレオノーラ!」
エレオノーラは、ライフルを手にガイウスの前に立ちはだかっていた。相対するのが実の父親であろうと、その銃口と引き金、表情に迷いは一切見受けられない。
だが、シオンが気にしていることは、
「やめろ! エレオノーラ!」
エレオノーラでは到底ガイウスと戦えないということだった。仮に、ここでガイウスが殺意を剥き出しにすれば、エレオノーラは瞬き一つの間に殺される。
実の父娘が殺し合いをする――仇を目の当たりにしてはずのシオンの胸中に、命の危機にも似た、逼迫した焦燥感が湧き上がった。
シオンは“帰天”を発動し、“天使化”した。だが、シオンが動き出すよりも早く、ガイウスはエレオノーラに到達した。
そして――
「――――」
その時、エレオノーラは確かに引き金を引く動きを見せていた。だが、ガイウスがほんの一瞬、彼女に何かを言った瞬間、時を止められたように固まった。
その間に、ガイウスはエレオノーラの横を通り過ぎ、歩みを再開した。
それから少し遅れて、エレオノーラはライフルを地面に落とす。魂を抜き取られたかのように、がっくりとその場に両膝をついた。
「エレオノーラ!」
シオンは“天使化”を解除しつつ、エレオノーラの傍らに付いた。
エレオノーラは、まるで死神に鎌を突き付けられているように怯えていた。肩を小刻みに震わし、全身を強張らせている。
「エレオノーラ! 大丈夫か! 何をされた!? おい!」
シオンは、エレオノーラの体を支えながら訊いた。何度も、暫くそうした。
突然、エレオノーラの琥珀色の瞳から涙が溢れ出た。
それにシオンが驚いていると、エレオノーラは体温を失ったような所作で、唇を小さく動かした。
「あいつ……全部知っている……!」
「……なんだ?」
シオンが怪訝に眉を顰めると、エレオノーラは続けた。
「アタシに……こう言った……!」
そして、エレオノーラはカチカチと歯をかち合わせながら、ガイウスの言葉をシオンに伝える。
――母親に似てきたな。
シオンの顔に、再度悪魔が宿った。
「ガイウス!」




