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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第三部
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第六章 ⅩⅢ番の帰還Ⅵ

 時刻は午前十時ちょうどを過ぎた。ログレス王国とガリア公国の国境線近くの平野には、ガリア軍総数の三分の一に相当する三十万人以上の兵士たちが開戦の時を待っていた。その兵力は、戦車の数は千五百両、魔物に至っては、人間ベースのものを含めれば五十万匹を超える規模であった。


 晴天のもと、一人の兵士が司令テントに駆け込んだ。兵士は横幕を捲り上げて早々に敬礼をして見せる。その視線の先には臨時の作戦会議室が設けられており、中央には国旗を背に鎮座するガリア軍の将軍がいた。


「全軍、配置に着きました」


 兵士の連絡を聞いた将軍は大きく頷き、脇机の上の軍帽を手に取って立ち上がった。


「よろしい。では、定刻通りに作戦を開始する」


 将軍は目深に軍帽を被ると、軍用コートを軽く整え、司令テントを後にした。その後ろを、側近の佐官が駆け足に追いかける。


「将軍」

「なんだ?」


 佐官は少し言い淀むように目を伏せた。だが、すぐに表情を引き締め、将軍に向き直る。


「その……本当に実行するのですか?」


 何かを言い辛そうにした佐官を見て、将軍はその思いを汲んだように短い溜息を吐いた。


「それがガリア大公のご意思であれば、我々は従うに他ない」


 足を止めた将軍は、真摯な面持ちで佐官に向き直る。


「予定通り、ログレス王国の国民を返還するに際し、国境を越えたタイミングで輸送車を爆破する。それが侵攻開始の合図だ」

「しかし、本当にうまくいくのでしょうか? 輸送車の爆破がログレスの工作活動によるものにするとのことですが……」

「くどいぞ。大公が教皇猊下の許しを得て実行すると仰っているのだ。この状況下にあっては、私たちはそれを前提に動くことしかできない」


 そう言いつつも、将軍の表情はどこか懐疑的であった。しかし、ここで何かを議論することには何も意味がないと、佐官も察し、それ以上喋ることはなかった。


 双方がそうやって沈黙した矢先、また一人の兵士が二人のもとに速足でやってきた。


「輸送車の準備が整いました」


 兵士が敬礼と共に状況を伝えると、将軍は改めて闘争の意思を顔に宿す。


「では、これより作戦行動を開始する。総員、戦闘準備を」







『大型の輸送列車が十台、国境に向かって走り出したのを確認しました』


 ログレス王国軍の通信機から、ノイズ混じりにその報告が聞こえた。

 国境近くにあるエルフの特別自治区にて、ログレス王国軍は三十人規模の部隊を編成して一時駐在していた。


 通信機からの報告を聞いた部隊長はすぐに子機を手に取り、口元に当てる。


「了解。これより、本部隊は撤退を開始する。偵察隊も速やかにその場から退却するように」


 しかし、通信はまだ切られず、


『国境まであと五百メートル』


 偵察隊からの状況報告が続いた。


『四、三、二……百メートル』


 どうやら、予想以上に進みが早いようだった。通信先の兵士の声はやや興奮気味で、実況には熱が籠っている。


『国境を越えました! そして――』


 通信先の兵士の声を遮ったのはノイズ混じりの爆音――


『たった今、輸送車がすべて爆破されました!』


 兵士が声を張り上げると、部隊長は嘆かわしそうに舌打ちする。


「女王陛下の読み通りだ。やはり、返還する国民をダシに侵攻するつもりだったか。偵察隊も撤退を急げ」

『ガリア軍が侵攻を開始したようです! 第一波が国境に向かって動き出しました!』

「もういい、お前たちも早くその場から離れてエルフの里に帰還しろ! 議席持ちの騎士たちはもう動き出しているはずだ! “巻き込まれるぞ”!」

『了解!』


 通信が切られたとの合図に、部隊長たちはエルフに連れられ、集落の奥に“避難”した。






 軍用双眼鏡のレンズの奥で、開戦の狼煙が上がった。それを確認したガリア軍の将軍は目元から双眼鏡を外し、部下たちを一瞥した。


「輸送車が破壊されたことを確認! これをログレス王国による一方的な協定破棄と認識する! あまつさえこの返還協定は、教皇庁を介したものである! 教会法に則り、これより我らガリア軍は報復を目的とした軍事的侵攻作戦をかの国に対し実行する!」


 将軍の号令を合図に、兵士たちが姿勢を一斉に正す。

 そして、将軍が右手を大きく挙げた。


「先遣隊に続き、本隊は速やかに――」

「将軍!」


 将軍の意気込みを挫くような勢いで、若い兵士の声が差し込まれた。

 その兵士は通信兵で、首周りに子機を巻き付けたまま、息を切らしていた。顔は酷く青ざめており、それがただならぬ雰囲気を周囲に伝播させる。


「国境を越えた先遣隊の兵士たちから緊急連絡です!」

「緊急連絡?」


 将軍は非礼を叱責することもなく、兵士に向き直り、怪訝に眉を顰めた。


「き、騎士が複数、どこからともなく現れました! 数は十三人! おそらくは騎士団の最高幹部である円卓の騎士――議席持ちの騎士たちであるかと!」


 それを耳にしたガリア軍の全員が、表情を凍てつかせた。







 輸送車の爆破から間もなく、ガリア軍の先遣隊が国境を越えた。


「ガリア軍によるログレス王国への侵犯行為を確認」


 それを察知した議席Ⅲ番リリアン・ウォルコットが、無機質な声色で状況を告げた。


「これより、粛清を開始する」


 騎士団総長、議席Ⅰ番ユーグ・ド・リドフォールが静かにそう応じた。


 刹那、何もない平野の空間から、十三人の騎士たちがどこからともなく姿を現した。虚空から滲み出るように、幻影が実体を得るかの如く、等間隔で十三人が並び立った。皆が白の戦闘衣装――カソックと軍服を掛け合わせたような服に、大仰なケープマントを纏い、顔を隠すようにフードを目深に被っている。


 もとより、十三人は始めからその場に待機していた。リリアンによる光の魔術で外部から姿を消し、ユーグの号令を合図に術が解かれ、姿を現したのだ。


「本作戦に当たっての細かい指示はない。諸君――」


 ユーグが、平坦な声色で淡々と話す。


「何人たりとも生きて返すな。すべて殲滅しろ」


 その言葉を聞き入れた騎士たちの顔には、何一つ感情はなかった。

今年いっぱい、更新頻度落ち目です・・・。

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