幕間 師の想い
「総長はこちらの案に乗った。我々は予定通り、戴冠式の準備を進める」
教皇専用の執務室にて、ガイウスが電話の受話器を置いた。自席の背もたれに深く座り直し、机を挟んだ目の前の四人に目を向ける。
四人のうちの一人、パーシヴァルがガイウスと目が合い、肩を竦めた。
「騎士団とは一時休戦か。ガリア大公、また顔を真っ赤にするかもね」
次に、ランスロットが口を開く。
「猊下、聖女はいかがいたしますか?」
「騎士団本部にいるのであれば、それでいい。居場所さえはっきりしていれば、この先どうとでもなる。ステラ王女に名指しで呼ばれた以上、戴冠式が開催されるまでは安易に身を隠すこともできないだろう」
そう答えたガイウスが、ふとトリスタンに視線を送った。
トリスタンはどこか悩ましげに、かつ伏し目がちに静かにしていた。
「どうした、トリスタン。何か、不服そうだな」
ガイウスに声をかけられ、トリスタンはハッとして面を上げる。
「いいえ、そのようなことは――」
「私が“復讐”に目が眩み、目的を見失うのではないか――そう、言いたげだな」
ズバリその通りだったようで、トリスタンは微かに狼狽した。
ガイウスは、それを少しだけ楽しそうに見て、鼻を鳴らした。
「安心しろ。何がどうあっても、それだけは断じてない。己の欲求を優先し、大義へと続く道を踏み外すことだけはありえない。“復讐”は、あくまで原動力であり、ささやかな報酬だ」
トリスタンは、自身の不信感を悟られ、諭され――最終的には赦されたのだろうと、安堵に息を吐いた。小さく目礼し、ガイウスに非礼を詫びる。
「ガイウス、ひとつ、教えてほしい」
室内の緊張の糸が緩んだ矢先、今度は、ガラハッドがそう切り出した。
「なんだ?」
「お前は結局のところ、シオンをどう思っている?」
スッ、とガイウスの目が細められる。
「ダキア公国であいつと戦った時に聞かれた。何故、ガイウスは今になって俺の死に拘らなくなったのか、と」
しかし、ガイウスはガラハッドを見たまま、瞬き一つしなかった。
「ガイウス、お前はシオンをどうするつもりでこの計画を推し進めていた?」
それでも容赦なく質問を続けるガラハッド――堪らず、といった様子で、ランスロットがガラハッドの肩を掴んだ。
「ガラハッド、口を慎め。いくらお前でも、無礼が過ぎ――」
「可愛い愛弟子、息子のような存在――昔は、そう思っていた」
重々しく、それでいて明瞭な口調でガイウスは答えた。
ガイウス以外の四人の顔が顰められ――そこから最初に表情を変えたのは、パーシヴァルだった。パーシヴァルは、何かを察したように、ニヤリと口元を歪めた。
「でも、“リディア”の一件で、可愛さ余って憎さ百倍に?」
「正確に言えば、生きているあいつを目の当たりにすることが怖かった。この一言に尽きる」
それを聞いたガラハッドが、眉間にさらに深い皺を寄せた。
「それが、どうして今はシオンの死に拘らなくなった?」
即答しないガイウスに代わって、パーシヴァルが口を動かす。ついでに、悪戯を思いついたような顔で、意地の悪い微笑を浮かばせた。
「もしかして、単純に同情しちゃった? 君自身が弟子である彼を陥れたのに。これまた随分と身勝手な師匠だね」
嘲笑するパーシヴァルの言い方に、今度こそランスロットが焦った。
「パーシヴァル!」
ランスロットは今にも殴りかかりそうな剣幕でパーシヴァルに詰め寄った。
しかし――
「――かもしれないな」
当のガイウスは、自嘲気味に笑みをこぼし、否定はしなかった。
次回から新章予定ですが、更新が少し先になるかもしれないです。




