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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第一部
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第三章 相克Ⅱ

「これからどうしますか? 街の中を散策するのにはこれ以上ないくらいいい天気ですけど、この街でやることって特にないですよね……」


 早朝にも関わらず、リズトーンは炭鉱街らしい賑わいを見せていた。採掘された石炭や鉱石が絶え間なくトロッコで運ばれ、それらは炭鉱夫たちの掛け声と輸送機械の音に合わせ、輸送用の列車に続々と積まれていく。山岳地帯のど真ん中に位置するこの街に聳え立つのは、高層ビルに代わって立坑櫓であり、その周囲には採掘機械と、運搬用のトロッコレールが迷路のように張り巡らされていた。朝日がまだ山の陰から姿を出したばかりだというのに、街の住民はハツラツとした様子で採炭作業に取り掛かっている。そんな活気あふれる光景であるため、当然、道行く人の往来も多かった。


 不用意に人目に付くことを避けるため、ステラは咄嗟にマフラーで口元を覆い、鳥打帽を深く被る。倣うように、シオンもジャケットのフードを被った。


「さっき駅員たちの会話を盗み聞きした限りだと、何かの臨時対応が入ったせいで王都に向かう列車は暫くの間運休になるそうだ。それまで適当な場所で休むことにする」


 それを聞いたエレオノーラが、体を伸ばしながら大きな欠伸をした。


「汽車の硬い椅子じゃあまともに寝られなかったしね。で、問題は、こんな朝っぱらから泊めてくれる宿がこの街にあるかどうかって話なんだけど」

「早朝からこれだけ騒がしい街だ。営業している宿が一つくらいあってもおかしくはない」


 他の大都市では見られない独特の生活リズムを持つこの街なら、朝早くからでも泊まれる宿はあるのでは、というのがシオンの見立てだった。

 二人がそんなやり取りをしていた時、


「あれ?」


 ステラがあることに気付いて、声を上げた。


「どうした?」


 きょろきょろと周辺を忙しなく見渡すステラに、シオンが声をかけた。


「この街にいる人たちって、もしかして亜人ばかりですか?」


 ステラがそう言ったのは、目に映る住民のほとんどが、その姿に特徴的な部位を有していたからだ。個人差はあるが、そのどれにも共通して言えることは、体の何かしらの一部が〝獣を連想させる形〟をしていた。わかりやすい例で言えば、耳や尾である。いずれも短い体毛で覆われ、それらはまるで、犬や猫のそれを彷彿とさせる。

 ステラの言葉に、シオンが頷いた。


「ああ。この街の人口の半分以上はライカンスロープだ。さらにその半分のほとんどがドワーフで、人間は全体の一割ほどしか住んでいない」


 それを聞いて、ステラは感嘆の声を漏らした。

 ライカンスロープとの遭遇率は、エルフやドワーフほどではないにせよ、大陸全体の人口比率を鑑みればそれなりに低いとされている。しかし、この街では、シオンが言った通り、その視界に映るほとんどがライカンスロープだった。

 何故こんなにもライカンスロープが多いのだろうと、そんな疑問をステラが表情で訴えていた矢先、


「この街は、ログレス王国が亜人の奴隷制を廃止した時、それまで人間に隷属していた亜人たちが自立して生活できるようにすることを目的として作られた街なんだよ」


 エレオノーラが先んじて答えた。


「ライカンスロープはエルフ以上に身体能力が高かったから、機械が発達していない時代での採炭みたいな重労働の現場では非常に重宝されてたんだ。それと、ここは石炭の他に希少鉱石、金属も多く採れる山だから、ドワーフはその加工要員としてここで働くことが多かったみたい」

「機械での採掘がメインになったとしても、重労働には変わりがないため未だにライカンスロープがこの街に多く住んでいる。加えて、この街のドワーフが加工した希少鉱石は他国のものと比べても良質とされていることから、ログレス王国からの輸出の主要品目にもなっている。そういった背景もあって、自ずと亜人の比率が高まっていったんだろう」


 最後にシオンが補足した。ステラは、見聞を広められたと、一人でうんうんと唸り――ふと、シオンが少しだけ不審な表情で、街を大きく見渡した。エレオノーラが、そんな彼を見て小首を傾げた。


「どうしたの?」

「今自分で言って不思議に思ったが、何でそんな街にガリア兵がいないんだ?」

「というのは?」

「亜人の奴隷も、燃料も、希少な鉱石も同時に手に入れることができる場所なのに、王都まで実効支配済みのガリアがみすみす見逃すはずがない」

「確かに」


 シオンの話を聞いて、ステラとエレオノーラが同意した。シオンの言う通り、ガリアにとってここは資源のフルコースである。にも関わらず、ここにはガリア兵の姿を一人も見ない。

 そんな不自然さに若干の気味の悪さを感じた時――


「崩落だ!」


 不意に、遠くから聞こえた轟音と共に、一人のライカンスロープが走ってきた。どうやら、坑道の崩落が起きたようである。

 辺りは一時騒然となり、周囲の住民たちが一斉にその現場へと急行した。しかし、


「何番だ!?」

「ん? 八番だよ。だからそんな慌てなくていいってよ」

「なんだよ。だったらいちいちそんな大声上げるなって」


 崩落した坑道の番号を聞いた瞬間、住民たちは肩透かしを食らったように大人しくなった。

 これまた異様な光景に、ステラたち三人は顔を見合わせて怪訝な顔になる。

 何があったのかと、ステラは偶然通りかかったライカンスロープの炭鉱夫に、声をかけることにした。


「あのー、すみません」

「ん、なんだい?」

「坑道が崩落したのに、何で急に皆落ち着いたんですか?」


 ステラの率直な疑問に、炭鉱夫は肩を竦めて力なく笑った。


「ああ、崩落した坑道で働いていたのはガリア兵だからな」


 思いがけない言葉に、ステラたちは目を見開いた。


「が、ガリア兵?」


 その反応に、炭鉱夫はステラたちが街の人間ではないと気付いたようだ。


「アンタら、外の人か。なら、知らないのも無理ないな。この街では、捕虜にしたガリア兵を働かせているんだ」

「捕虜? ガリア兵と交戦したのか?」


 シオンが訊くと、炭鉱夫はどこか誇らしげに頷いた。


「ああ。もう一年くらい前の話だけどな。あいつら、この街が山で囲まれた天然の城塞ってことを舐めていたらしくてね。大した兵器を持ち込むこともできず、歩兵だけで構成した部隊でこの街に攻め込んできたんだ。でも、ここに住んでいるのは俺みたいなライカンスロープの炭鉱夫が多いだろ? そんじょそこらの軍人なんか、つるはし一本で倒せるさ」

「それで、戦いに勝って、生き残ったガリア兵を捕虜にしていると」

「そうさ。だが、侵略者にただ飯食わせるほど俺たちも聖人じゃない。自分たちのやったことをわからせる意味合いも込めて、危険な坑道の採掘作業をやらせてるんだ」

「なるほど。話してくれてありがとう」

「いやいや。ゆっくりしていってくれ」


 シオンがすぐに話を切り上げたのは、隣のステラが前に出て何か言おうとしたためだ。ステラは思わず、ガリア兵の扱いについて物言いをしそうになったのだ。

 炭鉱夫が離れてから、シオンがステラを見遣った。


「彼らの境遇と心情を考えれば、そうすることもわからなくない。お前の言いたいこともわかるが、この街の現状について不用意に道徳や人道を説くようなことは言わない方がいい」

「……わかりました」


 ステラは、納得できていないことを殊更に表情に出したまま、視線を落とした。

 確かに、ガリア兵のことは許せない。だが、炭鉱夫たちのやっていることを認めてしまっては、結局は自分もガリア公国と同じなのではと思ってしまったのだ。

 ゆえに、どうにもすっきりとしない気分ではあったのだが、


「やられたらやり返す――そう思うのは、素直な感情からくるものだと思うけどね。この国の状況が状況だし、今はあんまり深く考えない方がいいと思うよ」


 そのエレオノーラの助言もまた、理解できた。

 一人で難しい顔になって黙るステラを見たシオンとエレオノーラが、互いに目を合わせ、小さく肩を竦める。


「ひとまず、休める場所を探そう。この街の現状を調べるのは、一息ついてからだ」


 そう言ってシオンが歩き出し、ステラは無言でその後ろについた。

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