第五章 お見合い事変ⅩⅠ
「今回の件、どこまでが計画通りだったのでしょうか?」
ホテルのラウンジにて、リリアンが不意にそうイグナーツへ訊いた。
諸々の仕事を終え、今後の方針について認識を合わせた直後――珍しく、リリアンから過去の出来事に対する質問があったのだ。
イグナーツは煙草に火を点けながら、少しだけ驚きに目を丸くする。
「何がです?」
「この街に来てからの全てです」
リリアンの表情は、いつも通り人形のように希薄であったが、その瞳には若干の感情の光が灯されていた。
イグナーツはそれに気付き、興味深げに目を細める。
「珍しいですね。リリアン卿がそんなことを訊くなんて」
リリアンは不動のまま、じっとイグナーツを見ていた。
「……まあ、いいでしょう」
それが“さっさと言え”と言われているようで、イグナーツは少しだけおかしくなったように鼻を鳴らした。
「嘘偽りなく言って、“燎原の獅子”が襲撃したところまでです。あとはすべてその場その場に応じてのアドリブですよ」
「やはり、テロリストたちの襲撃はイグナーツ様が仕組まれたことでしたか」
イグナーツは紫煙を吐きながら笑った。
「人聞きの悪い事を言わないでください。私はただ、“キルヒアイス家の当主がこの街でのんびりするかもしれない”って独り言を、“物騒な人たちが集まっている場所でそれとなく言った”だけです」
「本来であれば、イグナーツ様と私の二人でテロリストたちを捕縛し、キルヒアイス家親子を救出していた。そうすることでアルベルト・キルヒアイスは騎士団に恩を感じ、資金援助に応じることになると。しかし――」
「ええ。そこに都合よくシオンたちがいたので、協力してもらいました。ちょうどよかったです。我々が救出したところで、パンチが弱かったですからね。ハルフリーダ・キルヒアイスがシオンに好意を抱いてくれていたおかげで、より劇的な演出をできました」
めでたしめでたしと、イグナーツが締めくくる。
そこへ、
「僭越ながら、私からイグナーツ様にひとつご助言をいたします」
リリアンが軽く目を瞑りながらそう言った。
イグナーツが片眉を上げる。
「何です?」
「いつか背中を刺されぬよう、お気を付けください」
まさかリリアンの口から皮肉を言われようとは――イグナーツは、煙草を咥えていたことも忘れ、大口を上げて笑った。
「肝に銘じておきますよ」
それから煙草を拾い上げ、灰皿に押し付けて手早く消化する。
イグナーツはソファから立ち上がり、首を左右に軽く倒した。
「さて、資金調達の目途が立ちましたし、そろそろ我々も本部に戻りますか」
「かしこまりました。その前に――」
不意にリリアンが、無機質なその表情を少しだけ強張らせた。
「ひとつ、お伝えしたいことがございます」
助手のただならぬ雰囲気に、イグナーツも気を引き締めた。
「聞きましょう。何ですか?」
「つい先ほど、ヴァルター様からご連絡がありました。ガラハッド枢機卿猊下が、動いたようです。それも、この国に向かって」
「どこに向かったか、わかりますか?」
「首都ゼーレベルグです」
首都ゼーレベルグ――これは偶然か、それとも狙っての事なのか――かつて歴代最強の騎士と謳われた男の向かった先がシオンたちの目的地であることに、イグナーツは眉を顰めた。
第二部五章終わりです。




