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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第二部
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第四章 蝋の翼ⅩⅦ

 ハンスのハルバードの急襲を受けたクラウディアが徐に立ち上がる。コンクリートの壁に磔状態になっていたが、自身を拘束するハルバードを力任せに抜き取ったあと、糸で吊るされるようにして浮遊した。それから間もなく、全身の傷が再生していく。ハルバードで貫かれた体の損傷は、五秒とせずに全快した。


「まさかあの天使の化け物みたいなのがクラウディアちゃんだとは……。にわかに信じられないね」


 リカルドが顔を顰めながら嘆息した。

 ハンスもそれに無言で同意したあと、シオンを横目で見遣る。


「シオン、“アレ”について何か知っているのか?」


 訊かれて、シオンは頷いた。ポーションによるドーピング効果で、意識が覚醒状態になる。体中の細胞が活性するのを感じながら呼吸を整え、その後で口を動かした。


「三ヶ月前にルベルトワで、ハーフエルフの少女が“騎士の聖痕”を刻まれて似たような姿に変異したのを見た。十中八九、メンゲルの仕業に違いない」


 シオンは、“騎士の聖痕”によって異形の怪物となってしまったハーフエルフの少女――アリスのことを鮮明に思い出してしまい、嫌悪に顔を顰めた。


 そんなことには構わず、クラウディアが宙を滑るように移動し、辺りをきょろきょろと見渡す。何かを物色しているようにも、目に映ったものを珍しがっているようにも見えた。まるで、おもちゃ屋に連れてこられた子供のような仕草だ。


 だが、それも唐突に終わった。

 クラウディアの口元が不気味な笑みで歪んだ直後、彼女の周囲に電撃が迸った。その青白い光に引っ張られるようにして、クラウディアの周囲の物質――コンクリート片や軍用機材、武器などが一斉に宙に浮き出す。それらは彼女を守るようにぐるぐると周囲を回ったあとで、勢いよく外に向かって飛ばされた。


 飛ばされたコンクリート片などは基地の内装を破壊し、兵士たちにも襲い掛かった。基地の一階ホールに、轟音と悲鳴が響き渡る。


「クラウディアちゃん、なんだか様子がおかしいけどどうしたんだろう?」

「あの姿になると知能が低下するとメンゲルは言っていた。理性的な判断、行動ができなくなっているんだろう。手当たり次第に周囲を破壊しているのは、あの娘の外の世界への憧れから来る感情が暴走しているからかもしれない」


 リカルドが困惑気味に訊くと、シオンが自身の仮説を交えて答えた。

 そんなやり取りの傍ら、クラウディアの攻撃を受けた兵士たちが武器を手に隊列を組み直していた。


「総員、構え!」


 指揮官が号令を出し、兵士たちが自動小銃の先をクラウディアに向ける。

 ハンスが目を見開いた。


「やめろ! 手を出すな!」

「――撃て!」


 ハンスの制止も虚しく、兵士たちはクラウディアに再度発砲した。

 しかし、先の結果の通り、銃弾はクラウディアに届かず、見えない障壁によって阻まれる。


「うるさい!」


 癇癪を起したようなクラウディアの一声のもと、銃弾が兵士たちに向かってはじき返される。

 巻き込まれそうになったシオンたちは、それを横っ飛びになって躱した。

 その後で、ハンスがシオンの方を向く。


「あの娘を元に戻す方法は?」

「……ない」


 シオンの回答が採決であったかのように、ハンスとリカルドが構えた。シオンも後に続く。


 リカルドが両腕を振って鋼糸を周囲に張り巡らせた。蛍光灯に照らされた細い銀閃が、クラウディアの逃げ場を防ぐように周囲を取り囲む。次の瞬間、鋼糸が空間を裂くように走り、クラウディアへ強襲した。

 だが、鋼糸はクラウディアには届かず、彼女を中心に球状になって止まってしまう。電磁気力を利用した障壁に防がれたのだ。


「この障壁みたいなの、凄く厄介だ!」


 鋼糸をはじき返されたリカルド――クラウディアからの反撃を間一髪のところで避け、すかさず距離を取った。


「リカルド、お前は周囲の防御に徹しろ! 攻撃は私とシオンでやる!」


 ハンスが言って、四本のハルバードを床から作り出し、自身の周囲に展開する。四本のハルバードはクラウディアに狙いを定めたあと、榴弾砲のような勢いで射出された。大きな質量に速さを加えたその攻撃は、クラウディアの不可視の障壁を軽々と突き破る。


「いたい!」


 障壁を貫通したハルバードが、クラウディアの肩や腰を深々と抉った。


「それやめて!」


 痛みに悲鳴を上げるクラウディアが、無数の瓦礫を弾丸のようにしてハンスへ向かって飛ばす。

 自身へ襲い掛かってくる瓦礫を前に、ハンスはハルバードを一本、壁からまた新たに作り出した。そして、それにサーフボードのように乗って高速で移動する。ハンスの後方では、クラウディアから放たれた無数の瓦礫が床や壁を穿ち、轟音と共に激しい煙を上げる。


 攻撃が当たらないことに腹を立てたクラウディアが、ムキになってさらに瓦礫を周囲に飛ばす。瓦礫は、負傷して動けない兵士たちにも飛ばされたが、蜘蛛の巣のように張り巡らされたリカルドの鋼糸がそれらを絡め取り、彼らを守った。


 クラウディアの意識が完全にハンスへ向けられた時、突如として赤黒い光が彼女へ向かって疾走する。

 “天使化”したシオンが、クラウディアの左腕と右足を駆け抜け様に斬り落とした。


「やめて! やめて!」


 クラウディアが悲痛な声を上げながら残った手足を振り回す。今度はシオンへと注意が向くが、その次の瞬間、


「――!?」


 クラウディアの首元に、一本のハルバードが背後から突き刺さった。ハルバードはそのまま床へと貫き、クラウディアの身体をうつ伏せに磔にする。

 甲高い悲鳴を上げるクラウディア――斬り落とされた腕と足が再生するも、四肢はまったく動かせないでいた。


「異形になっても基本的な体の仕組みはヒトと同じようだな。首元の神経を潰せば、手足が再生しても動かすことができないでいる」


 罠にかかった獣のように喚くクラウディアを見ながら、ハンスが淡々とした面持ちで言った。

 その傍らにリカルドが付く。


「で、こっからどうすんの?」

「元に戻すことが叶わないのであれば、このまま止めを刺す。騎士の“天使化”と同じであれば、頭を潰せばさすがに即死させられるはずだ」


 そう言って、ハンスはハルバードを一本、クラウディアの頭上に配置した。切っ先は、彼女の後頭部を正確に狙っている。


 クラウディアは、言葉にならない、思わず両耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げながら、唯一動かせる頭を必死になって上下左右に振っていた。見るのも憚れる凄惨な有様に、兵士たちはおろか、シオンも微かに顔を顰めていた。


 一刻も早くこの地獄を終わらせようと、ハルバードを突き刺すためにハンスが腕を上げる。

 しかし、突如としてクラウディアとハンスの前に何者かが割って入った。


「待ってくれ!」


 それは、酷く取り乱した形相のヴァンデルだった。今の彼に、初めて会った時のような威厳は微塵も感じられない。


「この子は私の娘だ! こんな姿になってしまったが、間違いなく私の娘なんだ!」

「知っている」


 両腕を広げて必死に訴えかけるヴァンデルだったが、ハンスは淡白に流した。

 だが、ヴァンデルは引き下がらなかった。


「見逃してくれ! 頼む! この子は何も悪くないんだ! 責任なら私が取る!」

「責任の話ではない。放っておけば、またいつ暴れ出すかわからない」

「そんなことは私がさせない!」


 ヴァンデルが振り返り、もがくクラウディアへ近づく。


「なあ、クラウディア! お父さんの言うことなら聞けるよな! クラウディア!」


 ヴァンデルは、手負いの獣をあやすような所作で、徐にクラウディアへ歩み寄った。


「おとう、さん……」


 すると、クラウディアから柔らかい返事が返ってきた。潰れた喉から、少女の時の可憐な声が発せられたのだ。


「そうだ、クラウディア! お父さんだ!」


 ヴァンデルのやつれた表情が嬉々として明るくなる。


「おとうさん」

「クラウディア!」


 まさか、こんな状態のクラウディアと心を通わすことができたのか――そんな淡い期待をこの場にいた誰もが抱いた矢先、突如として赤い飛沫がホールに飛び散った。


「――クラウ、ディア……!?」


 クラウディアの首が歪に伸び、その顎がヴァンデルの喉元に食らいついたのだ。ヴァンデルの首はそのまま噛み潰され、鈍い音を立てて頭が床に転がり落ちる。

 直後、ハンスのハルバードがクラウディアの頭を貫いた。


 突如として起こった惨たらしい光景に、ホール全体が凍り付く。


 最初にその沈黙を破ったのは、リカルドだった。


「……最後は自分のエゴに殺されたか。後味の悪い」


 ハンスが、親子の死を確認した後で軽く頷いた。


「自業自得――というには、あまりにも悲劇的で哀れな結末だ。同情はする」


 それを聞いたシオンは軽く目を伏せ、


「エゴか、愛情か……。いずれにせよ、救えない話だ」


 誰に言うでもなく、独り呟いた。

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