第三章 信念は噓よりも危険な真理の敵ⅩⅨ
「ね? アタシが言った通り、バイクで来てよかったでしょ?」
爆炎でコカトリスたちを追い払ったエレオノーラが、ライフルを軽く回しながらシオンの後ろで言った。
シオンとエレオノーラを乗せた自動二輪車は、猛スピードで大橋を突っ切り、ステラたちが乗る車のもとへと急いだ。
「この事態を予想していたわけじゃないだろ」
「結果オーライってやつ! 寒い思いしながら徹夜でバイクかっ飛ばした甲斐があったじゃん!」
二人がそんな軽口を言い合っている間に、自動二輪車はステラたちの車の横に付いた。
思いがけないタイミングでのシオンたちの登場に、ステラは目を丸くさせる。
「シオンさん、それにエレオノーラさんまで! どうしてここに!? 合流にはもう少し時間がかかるはずじゃ――」
「俺たちの話は後だ! それより、今何が起こっている!?」
シオンが訊くと、ステラは屋根を失った車から身を乗り出しながら列車を指差した。
見ると、列車の上では、ユリウスが後続車両を機関車から切り離そうとしているところだった。ユリウスは、運転手たちを半ば強引に引きずり出し、後続車両の中に押し込んだあとで、炭水車から機関車を切り離した。
「あの列車を止めたいんです! でもブレーキが壊れているみたいで、このままだとグリンシュタット国内で脱線してしまいます!」
ステラが必死に訴え、シオンは怪訝に眉を顰める。
「あの列車は何だ?」
「グリンシュタットへの亡命を希望する亜人が大勢乗せられています! ですが、今ステラ様が仰ったように暴走している状態です! 爆薬も積まれているようで、不用意に攻撃をして無理やり止めることもできません!」
「なるほど。それで、今ユリウスが先頭の機関車から他の車両を切り離そうとしているのか」
プリシラが答えると、シオンは概ねこの状況について納得した。
そうしている間に、ユリウスが列車から車へ飛び乗って戻ってきた。線路の方では、切り離した車両が炭水車から徐々に減速しているところだ。間もなく、自然に停止するだろう。
「とりあえず、亜人の方はこれで大丈夫だ。ついでに、炭水車に爆薬が積まれていたから、運転手を避難させる時に切り離しておいた。これでもう脱線しても大爆発が起きることはねえと思うが、まだ機関車が残ってる。火室とボイラーをぶっ壊して無理やり止めようとも思ったが、機関車に爆薬を仕込んでいないとも限らねえ。下手に手を出せなかった」
まだ予断を許さない状況であるとユリウスが伝えると、プリシラも同意するように頷いた。
「いっそ、このままグリンシュタットの国境警備隊に榴弾砲で止めてもらうのは?」
「ナシだろ。今言ったみたいに、機関車にまだ爆薬が仕組まれているかもしれねえんだ。それに、あったとしてそれがどれだけのものなのかわからねえ。榴弾砲撃ち込んだ瞬間、国境警備隊に被害が出たりしたらそれだけで大問題だぜ」
ユリウスの見解に、プリシラが焦燥に顔を顰めた。
そんな時、不意にエレオノーラがシオンの背に寄りかかり、彼の耳元に口を近づける。
「シオン、Uターンして列車の正面からすれ違いに走ることできる?」
突然の質問にシオンは驚いたが、
「国境までまだ少し距離がある。今から加速すれば、できなくはない」
そう答えた。エレオノーラはさらに続ける。
「じゃあ、やって。そしたら、あとはアタシが機関車止めるから」
「どうやって?」
シオンが訊くと、エレオノーラは彼に素早く耳打ちした。直後、シオンは眉唾に顔を顰める。
「そんなやり方で大丈夫か? まだ機関車に爆薬が残っていたら線路上で爆発するぞ?」
「爆薬があったとしても、常に激しい衝撃が加わる車輪や車体の下にはさすがに仕掛けてないんじゃないかな? だから、そこ狙えば大丈夫だと思うよ、多分だけど」
「車輪を狙うとして、分厚い装甲板に守られているがどうする? 装甲を溶かすような高温の炎を出したら、それこそ隠れているかもしれない爆薬に引火するんじゃないのか?」
エレオノーラはライフルを軽く掲げて不敵に笑った。
「そこはアタシの腕の見せ所よ」
「――わかった。お前を信じる」
シオンは自動二輪車のハンドルを強く握り直した。後ろに乗るエレオノーラも、ライフルの中の可燃物を新しいものに装填し直す。
シオンは一度、車を運転するプリシラを見た。
「プリシラ、今から俺とエレオノーラで機関車を止めてくる。切り離した車両が巻き込まれないかだけ、気にかけておいてくれ」
「シオン様、いったい何を――」
「頼んだぞ」
そして、シオンはアクセルを全開に回し、一気に自動二輪車を加速させた。あっという間にステラたちが乗る車から距離を離し、線路を走る機関車をも追い抜いてしまう。
機関車との距離が十分に取れたところで、シオンは後ろに乗るエレオノーラに軽く合図を送った。
「今からUターンする! 荒っぽいぞ、しっかり俺に掴まれ!」
「はーい!」
エレオノーラはどことなく嬉しそうに返事をして、シオンの体にがっちりと腕を回した。
それを契機に、シオンがさらにアクセルを回す。瞬間速度が最大になったところで、シオンは自動二輪車の車体を後輪の方から大きく左右に振った。二人を乗せた自動二輪車は、進行方向に向かって半円を描くように、道路の端から端へと豪快に滑っていった。地面とタイヤの間から激しい熱と煙が吹き荒れ、悲鳴のような摩擦音が鳴る。シオンが、アクセルとブレーキ、それと絶妙な体重移動を駆使し、車体を転倒させないように制御した。
そうやって自動二輪車の頭が先ほどと逆方向へ向いたところで、シオンは再度アクセルを全開に回した。あと数秒で、機関車とすれ違う形になる。
そこへ、
「ちょっと背中熱いかもしれないけど、我慢してね!」
エレオノーラがそう忠告をしてきた。
直後、彼女が手にするライフルの砲口から、青白い熱線が放たれる。圧縮された超高温のガスが、長大な剣の如く、ライフルの先から生み出されたのだ。
そして、機関車と自動二輪車がすれ違う間際、エレオノーラはその熱線を機関車の車輪部分と線路の接地面へ滑り込ませた。熱線は機関車の装甲を軽々と貫通し、車輪をピンポイントに悉く焼き切っていく。
車輪を破壊された機関車は大きくバランスを崩してそのまま線路外へと飛び出し、橋の下の谷底へと吸い込まれていった。それから間もなく、谷底から轟音が鳴り響く。
シオンは自動二輪車を止め、道路の脇から谷の底を見遣った。そこには、落ちた機関車が無残な姿になって炎を上げる姿が映っている。
「うまくいって何よりだ」
「ね? さっきも言ったけど、バイクで来てよかったっしょ?」
機関車を落としたのは、国境を越えるまであと三百メートルもないところだった。グリンシュタットの警備隊が驚きに騒ぐ声が微かに聞こえるほどの距離にまで迫っていたのである。
確かにエレオノーラの言う通り、高性能な自動二輪車を彼女に買ってもらわなかったら、色々なことが間に合っていなかった。シオンは、納得せざるを得ないとして、小さく息を吐いて肩を竦める。
そこへ間もなく、ステラたちの車がやってきた。車が急停止すると、真っ先にステラが降りてきた。
「機関車、止めてくれたんですね!」
ステラが嬉々とした表情で駆け寄ってくる。だが、彼女の青い双眸にエレオノーラの姿が映り込んだ途端、急にその勢いを失わせて足を止めてしまった。
「あ、あの……」
微妙な反応するステラ――それはエレオノーラも同じようで、どう接すればいいのか、互いに思いあぐねている様子だった。さっきまでは緊迫した状況だったために余計なことを考えずに済んでいたが、事態がこうして急速に落ち着いたことで、お互いの立場というものを改めて認識してしまったようだ。エレオノーラとステラが次に対面した時、それがぎくしゃくしたものになるであろうとは、シオンもある程度予想していた。詳細こそ聞かされていないものの、エレオノーラ本人から、恐らくそうなるだろうと事前に言われていたのである。
シオンは、そんな二人の雰囲気を察し、
「まずは状況を聞かせてくれ。ノリーム王国で何があった?」
無理やり話の流れを変えるように、ステラの後ろから続いてきたプリシラへそう訊いた。
「少し長くなります。ガリア大公が直々にノリーム王国へ来ていまして――」
それからプリシラが、シオンへ事のあらましを説明した。ノリーム王国とグリンシュタット共和国の関係が悪化したことで近隣の魔物の被害が拡大していること。その対策としてノリーム王国がガリア公国と軍事同盟を結ぼうとしていたこと。ガリア公国がそれを利用してノリーム王国を占領支配し、グリンシュタット共和国へ軍事侵攻を企てていたこと――そして、十字軍指揮官の一人、パーシヴァル・リスティスがいたこと。
すべてを聞き終えたあと、シオンは難しい顔になって両腕を組んだ。
「……パーシヴァルも今あの国にいるのか。俺の想像以上に、大事になっていたみたいだな」
「まあな。んで、こっちの事情は今説明したとおりだが、てめぇはどうなんだよ? 何でこんな早くにこの国に着いたんだ? 合流は明日の予定のはずだろ?」
車のボンネットの上で一服付けながらユリウスが訊いた。
「お前たちがノリーム王国で危険な状態になっていると聞いて、徹夜でバイクを走らせた」
「聞いたって、誰からだよ?」
怪訝に眉を顰めるユリウスだったが、シオンは首を横に振った。
「わからない。宿泊していたホテルに匿名の電話が俺宛にかかってきた。俺の所在を知っている時点で悪戯とも思えなかったし、それで急いで来たんだ。だが、お前たちの話を聞いた限り、もしかするとあの時の電話の主は――」
「そう、僕だよ」
突如として静かに響いた男の声。
見ると、シオンたちのすぐ近くに、パーシヴァルが立っていた。




