二
電車で寝過ごすって、実は一度もやった事がない。というか、今まで電車で寝られた事がないからなんだけど。
だって、地元でもこっちでも、通学の電車で座れた事なんてないし。
なので、油断してたわ。
「あれ?」
気がついたら、電車が止まっていてドアが開いてる。しまった! 寝過ごした!
飛び出して思い出したけど、今日の目的地は終点だわ。慌てて損した。
ここから乗り換えだから、目当てのホームに向かう。ここ、果ての地下だから遠いんだよねえ。
エスカレーターに乗ってぼんやりしていたら、おかしな事に気づく。
「人……いないや……」
いや、おかしいでしょ。いくら今日が平日とはいえ、昼日中の東京駅だよ? しかも京葉線。人がいない訳ないじゃない!
途端に、背筋がぞっとした。ヤバい。何かわかんないけど、これヤバい。
エスカレーターを駆け上がる。普段は危ないからやらないんだけど、今回はだけは別。
「か、和美ちゃんに知られたら怒られる……けど!」
今は訳わかんないこのヤバさから逃げるのが先! 確か、ここ地下にも改札があったはず!
ホームから上がって地下一階。改札を探すけど、そこには思いがけない光景があった。
「嘘……何で、シャッター?」
普段は開いてる改札に、シャッターが下りてる! こんなの、初めて見たよ。
いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。急がなきゃ! こうなったら、地上階の改札を使おう!
走り出した私の耳に、スマホの着信音が響く。誰もいない地下空間って、こんなに音が響くんだ……
取り出したスマホの画面には、あり得ない人の名前が表示されていた。
「実兄ちゃん……」
どうして? だって、実兄ちゃんは、半年も前に亡くなってるのに。震える手の中で、まだ着信音は鳴り続けている。
何故か、この時通話のボタンを押してしまった。でも、聞きたくなくてスマホを遠ざける。
なのに、向こうの音声が聞こえてきた。あ! いつの間にかスピーカー設定になってる!
どういう事? 操作していないのに!
『美羽ちゃん?』
ぞっとした。音声として聞こえてくるのは、確かに聞き慣れた実兄ちゃんの声だ。
でも、それは本来、今は聞こえるはずのない声なんだ……
『美羽ちゃん? どうしたの? もしもし、返事して』
何故か、その時、答えちゃいけないって思った。答えたら、終わりだって。
だから、スマホを握る手ごと、スマホの着信画面を見つめていた。
『おーい、美羽ちゃーん、返事してよー』
いつもの、ちょっとふざけたような声。それが余計に、怖いいいい!
もう、スマホも放り投げたいのに、手に吸い付いたように離れないのは何で!?
精一杯の行動として、手をうんと伸ばしてみる。それなのに、不思議と音声はよく聞こえた。
『今からそっちに行くから、そこで待ってて』
今から!? そっち!? そっちってどっち!? もう怖くて怖くて、私はその場から走り出した。
長い通路を走って行く。いつもなら動く歩道に乗るところだけど、あっち使って逆走とかされたらシャレにならん!
「はっはっはっ!」
い、息が上がる! 苦しい! ふ、普段から運動なんてしていないから、足がもつれそう!
でも、ここで止まったら追いつかれる! そうしたら、全部終わり。だから、逃げなきゃ。
階段に辿り着き、必死に駆け上がる。あー、ホームから上がってくる時はエスカレーター使ったのになあ。
でも、何だか使う気になれない。あれだ、ここも逆走が怖いんだよ。
じゃあ、何でホームからは使えたんだろう? いや、考えてる暇はない!
逃げなきゃ。
一階に辿り着いたけど、ここから改札までが長いんだよね。さすが東京駅。伊達にでかい訳じゃないってか。
あともうちょっと! 一番近いのは、八重洲南口!
そう思って角を曲がったら、その先の改札は、地下同様シャッターが下りていた。
「な……何で……?」
あともう少しって思っていたせいか、力が抜けてその場にくずおれる。と、同時に手の中のスマホから着信音が響いた。
「ひい!」
そういえば、あのまま手に握りしめてたんだっけ。スマホは操作もしていないのに通話状態になり、またしてもスピーカー状態。
もう、本当にどうなってんの? このスマホ。
『ひどいなあ、美羽ちゃん。どうして逃げるんだよ?』
実兄ちゃん……どうしてはこっちが聞きたいよ。兄ちゃん、もう亡くなってるんだよ? もうじき新盆だってのに……何で迷い出てきてるんだよお!
それに、どうして私? いくら従兄弟っていったって、そこまで親密じゃなかったのに! どうせなら叔母さんか悟ちゃん達のところに出なよ!!
いや、そうしたら叔母さん達がこんな怖い思いするのか……それはそれで駄目じゃん!
八重洲南口が駄目なら中央口、八重洲北口も駄目だろうな……丸の内側はどうだろう? あっちも南、中央、北と三つ改札がある。
念のため、八重洲側を全部確認してから、丸の内側へ走る。と、遠い……
「もう! 何でこんなに広いのよ!!」
答え。日本の首都の名を冠した駅だから。そういや、東京駅も迷う駅で有名だよねえええええ!
図で見ると割と単純な作りしてるはずなのに!
内心泣きながら走る。やっと辿り着いた丸の内側の改札も、全滅。本当、どうなってんのよ!!
どうしよう。また着信が来たら……と思ってると着信が来た! そして今回も、操作していないのに通話になりスピーカー状態に。
『出られないねええええええ? どうしようかああああ?』
違う……これ、実兄ちゃんの声じゃない! というか、何だかおかしな効果が入った機械音声がかぶせてある感じで、人の声ですらないよ!
『ああ、丸の内側にいるのかあ。今から、迎えに行くからねえええええ』
ひどく間延びした、人ならざる声。もう、このスマホ捨てたい。でも、まるで張り付いたように手から離れない。どうしよう。
もう本当に泣きべそかきながら、重い足を引きずってまた走る。もうこれ、走ってない。歩くより遅いよ。
おかしい。歩いていても、今よりは早いはずなのに。どうなってんの? いや、もう疑問に思う暇もない。今は逃げなきゃ。
でも、何から? 実兄ちゃん? 違う! あれは、絶対違う!
ごめん、実兄ちゃん。疑ったりして。いくら不慮の死だとはいえ、実兄ちゃんは人を、従姉妹を引きずり込むような人じゃない。
そんな事も忘れてた自分が、恥ずかしいよ。あー、今度の新盆には実兄ちゃんが好きだったお菓子、お供えするから!




