エターナル
灰色の霧が空を覆い隠す。
地上もまた灰色の瓦礫が覆い尽くす廃墟の城。
白銀の髪の少年が息を呑んで見上げた先に、一筋の光が差していた。
☆
自然と瞳から雫が溢れた。
どんなに離れていても忘れる事はなかった。
いつも側にいてくれた世界でたった一人の家族。
「……お……おにい……ちゃん……」
誰よりも会いたかった。
また自分の名前を呼んで欲しかった。
その温かい手で頭を撫でて欲しかった。
何よりももう一度だけーー。
光に照らされたその思い出はシャボン玉のように弾けて消える。
その一つ一つが二人の過去の記憶だ。
まるで思い出のアルバムを一枚、一枚めくるようにシャボン玉が夜空へ舞った。
母が亡くなった辛い過去も、兄妹で助け合った日々も、兄が冒険者になって喜んだ時も、へレンズとリムルの兄妹とふざけ合って笑いあった日々も、そのどれもがとても遠く昔のように感じる。
忘れかけていた記憶が一つ一つが弾ける度に蘇る。
虚ろだったアウラの目に光が戻る。
フラッシュバックする過去の記憶。
映画のフィルムを巻き戻すかのように、記憶がコマ送りで蘇る。
「……わたし……は……いったい……」
先ほど口走った兄の名。
はっと、我に返り辺りを見回す。
首が取れかかり、ボロボロの鎧と目が飛び出して口から血を流したロキがゆっくり近寄って来ていた。正確にはロキらしき人物だ。
その人物は必死に何事かを叫んでいたが、それは言葉にならない声だった。
アウラや他の人にもそれは魔物の叫びとしか届かなかった。
「……お、お兄ちゃん……なの……」
アウラは思わず口に手を当てて気付いた。
それは手では無く翼だったことに。
まじまじと自分の姿を確かめて絶句する。
醜い魔物の自分の姿にーーーー
★☆★☆
自分は殺られたと思った。
一瞬記憶が途絶えた。
次に目を開けて意識が戻った時には、自分が自分では無い感覚だった。
自分の意識では身体を自由に動かせず、何も考えず、何も感じず、ただただ自動的に動く身体に従うだけ。
首が取れかけていて、目に映る視界が歪んでいても、腐りかけた脇腹からウジが湧いていても気にならない。
自分は一体どうしてしまったんだろう。
自問自答は最初だけだった。
そのうち考える事すら出来なくなった。
自動的に動く身体に身を預けてただ生きているだけ……いや、死んでいるのと同じだ。
微かに残る記憶の断片にいつも在るのは、同じ笑顔の女性、自分の顔と同じ水色の毛色。
そして、自分の事を「お兄ちゃん」と呼ぶ声。
……名前が出てこない……
こんなにも愛しいのに……
泡のように弾けて消える記憶。
いつも一緒に笑い合う二つの顔。
必ず隣には同じ笑顔があった。
「お兄ちゃん」
呼ばれるたびに胸を締め付ける。
何で……忘れてしまったのだろう。
あの日何があって、一体自分の体はどうなってしまったんだろう。
クレアの『聖光の言魂』により、魂が浄化されたロキに意識が戻った。
歪んだ視界と動かない手足。
そして、腐った身体。
……固まるロキ。
そして、手に持った大鉈の刃に写った自分の顔に全身から冷や汗が噴き出した。
それはもう、人では無かったーー。
「あ……う……ら……」
声にならない言葉を必死に絞り出す。
「おに……ちゃん……」
愛する兄にこんな醜い姿を見せたくなかった。
アウラの瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れた。
本来の『エターナル』は本体から魂だけを取り出して浄化する。美しい姿で天に魂を昇天させるのだ。
しかし、クレアの『エターナル』は不完全だった……
その為、体から魂を取り出す事が出来なかったのだ。
「こんなはずじゃなかったのに……」
悔しそうに唇を噛むクレア。
「充分だよ。どんな形でも二人を引き合わせる事が出来たのはクレアがいてくれたからだよ。ありがとう」
エルはポンと手をクレアの頭にのせた。
「……でもでも、こんなのあんまりだよ」
悔しさのあまりエルにしがみつくクレア。
そんなクレアを見つめながら、エルはロキと
アウラに視線を向けた。
ロキが言葉にならない声を叫んで、クレアにゆっくりと歩み寄っている場面だった。
静寂に包まれるかつてのカンバーランドの城下町に、雲の隙間より太陽の光がまるで、スポットライトの様にロキとアウラに降り注いでいた。
そんな幻想的な姿に、他のゾンビ達やエルたちも息をするのも忘れ、二人から目が離せずにいた。
「この立体魔法陣は……」
廃墟と化した城下町の地面にぼんやりと輝きながら、浮かび上がる巨大な魔法陣。
それは、クレアの魔法陣の数倍以上の大きさはあり、城下町にいる全てのゾンビを包み込む程だ。
唐突にエルの目に飛び込んできたそれは、いつの日か見た光景を思い出した。
「この……魔法陣は……」
目をまん丸に見開いて、口を半開きにしている。クレアも全く同じ事を思い出したようだった。
「永久の闇を彷徨う者よ、歪みし混沌の闇を背負いし魂よ、創世の神レトの名において浄化の光により、天に召されよ」
修道服に身を包んだ女性が胸の前で両手を結んで、天に祈りを捧げていた。
「シスター……マリア……」
同じ魔法なのにまるで違う魔法を見ているかの様な差に、目を丸くして見つめるクレア。
「……たぶん、こうなる事は分かっていましたがシスターマリアの予想通りですか」
その声に振り返るエルとクレア。
そこには眼鏡をかけ、真っ青な正装と七星の金のネックレスを付けた少年がいた。
その言葉に唇を噛みながらクレアが眼鏡の少年に問う。
「シスターマリアは……シスターマリアは何と言っていたんですか」
眼鏡を押し上げながら巨大な魔法陣を見つめる。魔法陣の光で少年の眼鏡のレンズがキラリと光る。
「ああ、必ず失敗すると言っていたよ。だから、私たちも今からカンバーランドに向かいましょうと」
「必ず失敗する……なんで?」
クレアは肩を落とし俯向く。
「何でクレアは失敗すると?」
眼鏡のレンズが魔法陣の光で反射して、瞳は見えないがこちらを少年は向きながら、エルの言葉にこう答えた。
「人の魂を浄化させるのは、魔法であって魔法じゃない。長い年月をかけて神に仕えて初めて扱える。昨日、今日、魔法のやり方を知ったからって簡単に出来る事じゃ無いんだよ!」
エルもクレアもぐうの音も出なかった。
「……そもそも、この案件は……」
エルとクレアに背を向け眼鏡を押し上げながら少年はぶつぶつと独り言を呟いていた。
更に魔法陣の光が強まる。
シスターマリアが胸元にある七星のペンダントを天に翳し呪文を口にした。
「聖光の魂言」
天空から光が射し込む。
動く屍だった身体は消え去り、魂だけとなった者は、苦しみから解放され天へと召されていた。
魔法陣の目の前まで来たエリーナとミレアの瞳に映ったのは、眩い光に包まれた水色の毛色をした狼人の兄妹が向かい合い手を取り合う姿だった。
「……ろき……」
その声にエリーナとミレアが振り返る。
アイナが目にいっぱいの雫を溜め込んで光へと近づいて行く。
「……ロキ……ろき……」
ふらふらと蹌踉めく足取り。
エリーナが抱き抱えるようにアイナを制止する。
「アイナ近づいては駄目よ!あなたの魂まで消えてしまうわよ!」
「……そんな……だって……」
そんな二人の声が聞こえたのか、光り輝く水色の毛色の狼人の少年は振り返った。
「アイナ……君が無事で良かった」
微笑む水色の毛色の少年。
今まで見たどの場面のロキよりも穏やかな表情を浮かべていた。
「……ロキ……あなたらしくもない」
苦笑いを浮かべるアイナ。
その言葉と表情を見て更に微笑むロキ。
「キミを本当の妹のように思っていたよ。妹を探している間、どれだけキミの笑顔に救われたか。キミがパーティーに入ってくれてからの時間は本当に楽しかった。こうして妹と出会えたのもキミのおかげだよ。ありがとうアイナ」
ロキの言葉に首を横に何度も振る。
その度に幾つもの雫が地面に溢れる。
「こんなの……違うよ……こんな出逢いを……僕が……パーティーを抜けたから……ごめんなさい」
エリーナの支えがなければ立っていられない程、泣き崩れるアイナ。
眩い光に包まれている水色の毛色の妹が心配そうにロキの服を引っ張ると、まるで「分かっているよ」とロキは妹の頭にポンと手を置いた。
「アイナ、キミがパーティーに入ってくれたからアウラと出逢えることが出来たんだよ。きっかけをくれたのはキミなんだよ。俺たちだけではアウラやリムルに繋がる情報さえ得る事が出来なかったかもしれない。世界トップのパーティーという肩書きをレベル4のアイナ・アウグスタ・ロレーヌが入ってくれた事により手にする事が出来た。そのおかげだよ。本当に感謝しているありがとうアイナ」
「……僕は……何もロキに……いつも守られてばかりで」
「いいえ。アイナさん」
可愛らしい澄んだ声が灰色の空間に響いた。
その声に皆が固唾を呑んだ。
「もう二度と出逢えないと思った兄と出逢える事が出来ました。こうしてまだ地上に足を着いて、皆さんと声を交わす事が出来て嬉しいです。それに……」
アウラはぎゅっとロキの手を握りしめた。
「こうして最期に温かい兄の手を握ることも出来たのですから」
水色の毛色の兄妹はお互いに見つめ合い微笑みを残して光の粒となり消えた。
今度は二度と離れないようにお互いの手を握りしめてーーーー。
久しぶりの投稿となりました。
もう忘れてしまったかと思います。
ブクマを外さずにいてくださった読者さまありがとうございます。
そしてお待たせ致しました。




