この厳しい世界で戦うことは
第63話です。どうぞ。
アルルメイヤが、少し落ち着きを取り戻したルミナリアを浴室に残し部屋へと戻ると、椅子に座っていたグリムと目が合う。
「おう、アルル、戻ったか。……ルミナは?」
「ん、少しだけ落ち着いたみたい。でも……」
アルルメイヤの言葉を遮るように部屋のドアが開く。
「ただいま。ルミナちゃんは?」
部屋に入ってきたのはフィアナだ。フィアナはわかる限りの状況の説明を終え、部屋へと戻って来たのだった。
「ん、解毒も終わって今シャワーを浴びてる」
「そう……」
フィアナが、静かに椅子に座る。平静を保っているかのように見えるフィアナだが、その手は、ギリギリと音がたちそうなほど拳を握り締めていた。正直な所、フィアナがルミナリアを助けるために炎弾を放つとき、本気で焼き尽くしてやりたいと思うほど、まさに烈火のごとく怒っていたのだ。しかし、フィアナはその怒りを自制した。
「ねぇグリム、出発の件なんだけど」
「わかってる。あんなことがあったんだ。出発はルミナが落ち着いてからだ」
アルルメイヤがベッドに腰掛け、浴室へと目を向けながら呟く。
「ルミナ……」
ただ、大切な友達のことを思いながら。
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「…………」
自分の身体を抱くようにして小さく震えるルミナリアは、温かいシャワーのお湯を頭から浴びながら無言で目を閉じていた。
「……っ!」
ルミナリアが、はっと目を開く。
「なんで……あんな……」
ルミナリアの呟きは、シャワーの音に紛れてしまうほど小さなものだった。しかし、その脳裏に浮かぶのは鮮烈で、凶悪な光景。そう、先程起きたルミナリアの記憶に焼き付けられてしまった悪夢のような体験だ。
(もしも……もしもあのとき……)
ルミナリアが抱き締めている自分の身体を、より強く抱き締める。少し落ち着いた今だからこそ考えてしまう事。
(もしも、あのときお姉ちゃんたちが来てくれていなかったら……?)
自分へと迫る男達の欲望にまみれた目。そして、人目につかない場所へと連れていかれる動けない女の子の自分。そこまで考えたルミナリアには、その先に起きていたかもしれないこと想像するのは容易だった。
「僕は……」
ルミナリアの頭の中で様々な考えがぐるぐると浮かんでは消えていく。不安、怒り、悲しみ、次々と感情が巡る。そして最後に必ず浮かぶのは、やはり恐怖だった。
「っ!」
そんな考えを振り払うかのようにルミナリアがぶんぶんと首を振り、シャワーを止めた。
「行かなきゃ……」
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浴室のドアがガチャリと開き、どこか虚ろな表情のルミナリアがゆっくりと現れた。
「ルミナ……」
「ルミナちゃん!」
「お姉ちゃん……アルル……グリムもさっきは助けてくれてありがとう」
ルミナリアが微笑みながらぺこりと頭を下げる。だが、その表情を見た三人はすぐに返事を返すことができなかった。ルミナリアが浮かべたその微笑みが、いつものルミナリアの笑顔からあまりにも違っていたからだ。その表情を見たフィアナとアルルメイヤが、ルミナリアに何かを言いたそうにしているグリムに視線を送る。私達に任せて、と。グリムがその意図を汲み頷く。
「……ルミナ、気にするな。今日の出発は延期だ。だから、今は休め、俺も一度部屋に戻るぜ」
椅子から立ち上がったグリムがルミナリア達の部屋から立ち去るのを見送ったルミナリアが椅子に座る。
「………………」
ルミナリア達の間に重い沈黙が落ちる。その沈黙を割ったのはフィアナだった。
「ルミナちゃん、怖かったでしょう?」
「うん、でも大丈夫。危なかったけどね。お姉ちゃん達が来てくれなかったらどうなっていたことやら……あはは」
ルミナリアが、いつものように困ったように笑う。しかし、ルミナリアのその表情を見たフィアナは、とても大丈夫だとは思えなかった。
「ルミナちゃん、もうこんなことが起こらないように私も気を付けるわ、だから――」
「ん、フィアナ、それはダメ」
「アルルちゃん……?」
「フィアナ、ルミナに優しくするのと甘やかすのは違う」
「え……」
フィアナの言葉を遮ったのはアルルメイヤだった。アルルメイヤは、ベッドから立ち上がると、ゆっくりとルミナリアの前へと歩み寄っていく。
「ねえ、ルミナ」
「な、なに?」
アルルメイヤにじっと見詰められたルミナリアがたじろぎながら返事を返す。
「ルミナ、どうして抵抗しなかったの? あれはただの麻痺毒。無詠唱なら魔法だって使えたはず」
アルルメイヤのエメラルドのような瞳がルミナリアを射抜く。その瞳は、ルミナリアと初めて出会ったときのような深みのある視線ではなく、アルルメイヤの心に揺れる感情が込められていた。
「したよ! でも……だめで……」
ルミナリアは、男達への精一杯の抵抗として閃光の魔法を放った事を説明しようとするも尻込みしてしまう。アルルメイヤの瞳が、それは違うと語っていたからだ。
「ルミナ、あのときルミナならあいつらを倒すことだって出来たはず。ルミナのルミナスブランドなら」
「そ、それは……だって、相手は人間で……だって……」
ルミナリアの言葉が止まる。そう、あのときルミナリアが、ルミナスブランドを発動させ、男達を行動不能にすることは実際可能だった。しかし、人生の多くを平和で優しい世界で過ごしてきたルミナリアの、いや、和希の無意識にまで染み込んだ倫理観によって、相手を殺しかねない魔法を使うという選択肢をとることが出来なかったのだ。
「だって……」
自分の身体を抱いて震えるルミナリアの両肩にアルルメイヤの手が置かれる。
「ルミナ、誰かの悪意と戦うことから逃げないで! この厳しい世界で戦うことは、大事な人達がいるこの優しい世界で生きるために必要なことだから!」
それは、アルルメイヤが白の国ホリティアの姫として、幼い頃から両親に聞かされていたことだった。自分へと向けられる悪意と戦うことは、自分だけでなく、自分を信じてついてきてくれている民や、大事な人達を護ることにも繋がるのだと。それが優しい世界で生きるために必要なことなのだと。
「だから、これは、私のわがままかもしれない……」
ルミナリアを見詰めていたエメラルドの瞳が揺れ、一粒の雫が零れ落ちる。
「ルミナがいなくなるなんて嫌……だから、戦って……」
アルルメイヤはルミナリアへと訴えかける。自分に悲しい思いをさせないように戦って欲しいと。その涙と言葉は、ルミナリアの心に渦巻く不安や恐怖と向き合う力を与えるものだった。
「アルル……ごめんね……確かにこの優しい世界に甘えきっていたんだと思う」
ルミナリアが、目の前で涙を溢す大事な友達を抱き締める。
「アルル、今度はちゃんと戦うから。みんなと笑っていられる世界で生きていくために」
「ルミナ……ルミナ……」
(怖いのは自分だけじゃなかったんだ……アルルにもうこんな思いをさせないように戦おう)
アルルメイヤが、ルミナリアの胸に顔を埋め嗚咽を漏らす。
「アルル、お姉ちゃん、ありがとう」
ルミナリアが今一度二人へと微笑む。フィアナが見たその表情は、最初に見せた無理矢理浮かべた笑顔ではなく、どこか強い意思を感じさせられるものだった。
「これは、本当は私が言わないといけなかったことね。優しくするのと甘やかすのは違う……確かにそうだわ。ふふ、私もまだまだね」
フィアナは、今も少しずつ強くなろうとする妹たちを見ながら、自分も姉として成長しなければ、と決意を新たにするのだった。
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では、また次回で会いましょう。




