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知る人ぞ知る~ダンジョン発生のあおりで失業した薬師の娘は薬膳料理店を開きます~  作者: 高瀬あずみ


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6.山は誘う(後)


 昨夜は天幕に驚かされてしまったが、今度驚かすのは私の番だ。

 朝食代わりのスープを流し込むと、私は再び鍵を取り出して、何もない岩壁の前で回す。


 内開きの扉をくぐると、そこは山の中腹である。しかも明らかに洞窟に入ったのとは違う山だ。目の前にはなだらかに続く草地があって、いかにも高山にしか生えません、という顔をしているし、少し視線を上げると、天を突くように白銀の雪を纏って聳え立つ山々。


 別世界である。そうとしか言えない。



 通常であれば、ここまで高地に登ると身体が慣れずに不調となるが、それもない。そのあたりは洞窟内で調整されているようなのだ。


 私は後ろに続くアルマジット氏の顔を観察する。こちらの予想通りに驚愕を浮かべてはいるが、期待するほど取り乱してはいない。

 私からの視線に気づいたのか、彼は穏やかに微笑んで見せた。


「素晴らしい光景だ。それ以上の言葉が出てこない。連れてきてくれた君には感謝しかない」

「いえ、こちらにも下心がありましたし」

「収納?」

「ええ。期待してますからね。さあ、準備して行きますよ!」


 そう。彼の同行を認めた最大の理由(収納)に、今こそ真価を発揮してもらわねば!



 気温は、住んでいた街よりも随分と低い。風も肌を刺すように冷たいから、私は背負い袋から、袖が長く裾も長い外套を取り出して着込んだ。羊の皮と毛皮に毛織物を組み合わせた外套は、前合わせにして腰に巻いた帯で結ぶ。相変わらず薄着なアルマジット氏が羨ましいが、特殊付与魔法は依頼するにしても高額で、正直、手が出ない。

 それに、伝統的な衣装にはちゃんと理由がある。保温性が高いのだ。縫うのはとても大変だし、最近ではあまり作られなくなってはいる。街で暮らすならば軽装で問題ないからだ。外壁を作ったせいなのか、街中ではさほど寒いと感じなくなったが、本来は高地なので、このような衣装が必要とされていた背景がある。それに、以前は山に入っていたのは我が家だけではなかったから。

 三角巾も帽子に変える。こちらも毛織物と羊の毛皮製。被ると耳元まで暖かい。外套とお揃いなので統一感もあるし、気に入っている。そして背負い袋が一挙に嵩を減らした。皮を使った防寒具は嵩張って重いのが難点なのだ。着てしまえば気にならないけれど。



 私は掌よりも少し大きいだけの円匙を取り出して、目の前の草原に生える草のうちの一種類を根から掘り返していく。葉のふちが少し赤いもの。<鑑定>がこれまで持っていた知識の裏付けをしてくれるので迷いはない。普通に考えても、このあたりの大地が柔らかいはずもないのだが、この円匙を使うとさくっと力も入れずに掘れるのだ。


「それは、魔導具か?」

「多分? 家には由来の分からないものが沢山あって、これもそのひとつですが、簡単に土を掘り返せるので重宝してます」

「何か手伝いたいのだが」

「では、私が掘り返したものを集めて収納していってください。ここにはそれほど生えていないのですぐに終わりますけど」


<鑑定(植物限定)>スキルが目覚めて本当に良かった。一度鑑定すると同じものを探すのに補正が働くのか、光って見えるようになってとても便利。


「じゃあ、次に行きますね」


 草場から離れて林に向かう。このあたりから木はあまり高さがなくなる。強風のせいもあるだろうが、斜面に沿うように伸びて、まるで木ではないようにさえ見える。這松の一種なのだけれどね。そこから松笠を取っていく。目的はその中にある松の実。けれど、ここで松笠を砕いていく時間が惜しいから、松笠ごと収納してもらう。たんまり採れて嬉しい。平地に生えている松よりも、ここの這松のものの方が味も効果も良いのだ。松笠の収穫は難しくないので、アルマジット氏にも少し手伝ってもらう。

 松笠収穫は範囲が広かったので時間がかかってしまった。誰もここまでは来ないし、来れないから、採る人もいないし、住んでいる生き物も少ないから手付かずのものがわさわさとあるのは仕方がない。松の実は利用方法も色々あるし美味しいのに。



 小休憩して山の裏側にと回ると、隣の(いただき)が見下ろせる場所だ。お隣の山は少し低い。空中を歩いて渡れるわけでもないから、普通ならば移動するのに山を下ったり登ったりする必要がある。ただここでは少し違うのだ。アルマジット氏に触れるほど近くに寄ってもらってから、私はもう一度、今度は本物の空中で鍵を回す。すると、見下ろしていた山頂に移動していた。ありえないことがありえる。それがこの場所の特徴だ。


「魔法、ではないのか。その鍵を与えられている君の一族に、霊峰からの恩寵があるという解釈で良いだろうか?」

「恩寵とか、そんな良いものではなくてですね。多分ですけど、お山にとっては掃除係に任命したようなものじゃないでしょうか」

「掃除係?」

「こう、お山にとって生えていたら不都合なものであるとか、今以上に増えてほしくないものとか、そういうものを嬉々として持って行ってくれるありがたい存在、みたいな?」

「例えば、先程多くの松笠を集めていたが」

「放置しておくと種が落ちて勝手に林が広がるのが困るんだと思います。鳥が住んで、少しは食べていても追いつかないんでしょう。

 もっとも、うちの家系の人間であっても、代々頻繁にこちらまでは来られなかったようですし、所詮、一人や二人の手作業です。掃除(採取)するにしても、ごく一部を少量しかできません。ただ、お山は年月の捉え方が非常に大雑把な上に、僅かな排除でも満足してくださってるみたいですよ。何より、お山が自ら排除しようとして動けば、地形変動になってしまうから、自粛されているんでしょうね」


 私とて父からすべてを説明されてきたわけではないし、父にだって不明なことは多かったらしい。ここまで来るという覚悟はなかなかつかない上に、来てしまったら来てしまったで、帰れなくなりそうで怖いのだ。本当に今、自分が一人でないことに安堵する。私には答えられない質問ばかりされて多少困るにしても。



 そんな感じで山々を移動して、あちらの草、こちらの花、もしくは実を収穫していく。お山の不思議なところは、これだけの高所であれば生えるはずのない植生のものがあったりもすることだ。本来、もっと温かい地でしか育たないものであるとか、もっと低地でしか育たないものであるとか。大抵はそういったものが山にとっての異物にあたるのだろう。ただ霊山であることが、それらの生育を可能にしてしまう。そして何となくではあるが、そういう異物を山が「取り除いて欲しい」のだと分かる。その全部を採取していくのは人の手では無理なので、できる限りという条件は付くが、なるべく希望には応えようと努力はする。うちの一族とはそうやってずっと、持ちつ持たれつだったのだと思う。



 今日最後の場所も、そんな花畑だった。鞠のように小さく固まって咲く花は、異国の砂糖菓子に似ていて愛らしい。そう高さがなく、地面一面を埋め尽くすように広がっている。その可憐な花が、緑の葉と少し紅くなった葉の上で風に揺れる様は、とても美しい風景だ。が、お山はお気に召していないらしい。バウブジャムというその花は、元々がこの辺りで咲く品種ではあるのだが、繁殖力が強すぎるのがいけない模様。間引けと。むしろ全部刈っても既に地面に落ちている種の発芽率が高いので問題ないからと。少しだが薬効があると知っているし、食用にもなる。欲しいのは花と茎と葉。採取できるのは嬉しいが、あまりにも多すぎた。


「これ全部は無理です~」

 思わず山に向かって愚痴る。ちまちま摘んでいたら、どれほど時間が掛かるかも分からない。しかも、もう日が傾いているのだ。


「ここで魔法を使うのはまずいだろうか?」

「え、どうだろう。――あ、大丈夫だそうです。人間の使うくらいの規模なら、お山にとっては問題外だとか」

「君は霊峰と意思の疎通がとれるのか?」

「いつもではないんですけど、たまに?」

「……花を刈っていくので良いか?」

「はい! お願いできます?」


 少し呆れたような空気を纏わせながら、アルマジット氏の魔力を含んだ呪文が静かに山に響いた。


『ラパト』


 一度、つむじ風が起こって、次に一斉に風に刈り取られた花々が宙に舞う。ピンクに染まった雪のように。それは、私がこれまで見た中で、もっとも美しい光景だった。幻想的なとけない甘そうな雪と、それを飾る緑と赤の葉が共演する乱舞。


「きれい……」

 思わず感嘆の声が漏れたが、次の瞬間にはあっさりと花々は消えてしまった。どうやらさっさと収納されてしまったらしい。

「もう少し見ていたかったのに」

 口をついた不満をアルマジット氏に鼻で笑われた。

「一晩中、摘んでいたかったのなら戻すか?」

「んなわけないでしょうっ!」

「ならば、これでおしまいだ」


 こちらとしては楽をさせてもらって、文句を言う筋合いはない。むしろお礼を述べるべきなのは分かっている。分かっているけれども、もう少し余韻を楽しみたいというこの気持ちが何故通じない。軽い苛立ち。


「アルマジットさんて、彼女いないでしょ」

「はぁっ!?」


 するりと思ったことが口をついた。八つ当たりともいうかもしれないが。



 少し気まずくはあったが、私はその日に予定していた野営地に案内した。

 実は聖域の中に何か所か野営地がある。岩に穿たれた洞窟という。先祖の誰かが願い、得られたものと聞いていた。見通しの良すぎる戸外では、たとえ安全だと分かっていても、人が夜を過ごしたい場所ではない。最低でも屋根と壁が欲しい。けれど人工的な建造物を作るのは山が嫌がった。自然物だと言い切れる洞窟で両者が妥協した結果が洞窟(これ)だ。しかしかつて父と来た最後の時にも思ったのだが。


(ここで寝たところで疲労は回復しないよね)

 心にも身体にも上質な眠りが期待できない場所だ。救いは通路同様、竈が残っていることくらい。


 その竈で今夜のスープを用意しながら、私は先程の失言を大いに後悔していた。

(あんなこと言わなきゃ良かった。言わなければアルマジット氏は今晩も天幕に泊まらせてくれただろうに!)


 かなり自分勝手な考えだという自覚はある。ただ、知ってしまえば冷たく硬い洞窟で横になるとか、快適さを知ってしまった身には厳しい。


(え、待って。アルマジット氏が一緒なのは今回だけ。つまり次から天幕が欲しければ自分で運ばないと。ああでも、空間収納なんて持ってない私にさすがに天幕の持ち運びなんてできやしない!)


 きっとこれから、ここに来る度にあの天幕を恋しく思うことになるのだろうな、と憂鬱になりながら、私は器にスープを注いで、アルマジット氏に手渡す。

「ああ、ありがとう」

 受け取るアルマジット氏には、先程の私の発言を気にしている素振りは見えない。そして幸せそうにスープを飲んでいるのだ。

 これはあれか、私のような小娘の発言なぞ歯牙にもかけないという余裕なのか。はたまた。


 ぐだぐだの思考のせいでスープの味も分からない私に、あっさりと彼は言い放つ。


「飲み終わったらまた天幕を出そうと思うが、良いか?」

「……それはまた、お邪魔しても良いということです?」

「もちろん」

「お願いします!」


 やっぱり大人の余裕だったのかに気持ちが傾いていたのだが、天幕に入って寝る準備をしている際に、ぽつりとアルマジット氏がつぶやいた。


「どうも私は効率を追いかけてしまうきらいがあって。不快にさせていたら申し訳ない」

「あ、その。私こそ失言しちゃって」

「いや、恋人がいたことがないのは事実なので問題ない」


 それ以上、気まずくなって言葉が出て来ずに、私は頭から毛布を被って寝た。どんな時も寝つきが良いのは自慢だ。




 翌朝、スープを飲みながら私は今後の予定を伝えた。

「今日一日、お山が希望する掃除に従事して、夕刻にはあの洞窟通路に入ります。そこで一泊。通路を出るまでに半日。出てから裏山での採取。裏山でもう一泊して翌早朝から採取のちに昼過ぎに街に向かう予定をしています」

「もっと聖地に滞在するのかと思っていたのだが」

「あんまりいたい場所じゃありませんから。珍しいものが採取できるのは嬉しいんですけど、精神的にこう、普通じゃない状態が長く続くのは負担になるので。あの通路だけでもしんどいのに、ある意味ここはそれ以上ですからね」

「そうか。それでは今日一日、堪能するとしよう」

 アルマジット氏はどこか満足気だ。ここがそれほど気に入ったのだろうか。


「私の都合に付き合わさせていますけれど、大丈夫なんですか?」

「いや、実は私にも、十分旨味があるのだ。郷里のダンジョンの近くにも砂漠の中に聖地があった。限られた人間しか入れない場所だが、縁あって一度招かれたことがある。ここは、その砂漠の聖地と通ずる気が満ちていて、ここにいるだけで私の中の魔力を活性化し、器を大きくしてくれる。まさに魔導士にとっては夢のような環境なのだ。しかも砂漠の聖地では滞在を許されたのが半日しかなかったというのに、ここではこれほどゆったりと過ごさせて貰っている。私は魔導士として更なる高みへと至るだろう。この機会を与えてくれた君へ、ささやかながらも恩を返さねばなるまい」

「……まあ、ほどほどで」

 魔導士というのは、どうも普通の人間と感性が違うのだな、と納得するしかなかった。



 そのままお山の求める掃除をするべく鍵に導かれて移動したその場所は、かなり麓に近い場所だった。かつて父と来た時には訪れたことがない。中腹での活動が主なのは、鳥や動物が少ない分、手が欲しいから。ちなみに中腹以上の場所には動物どころか植物も生えないので、掃除の範囲外になる。

 けれど、その場所の状態を見て納得した。これはお山も嫌がるはずだ。

 私は後ろにいたアルマジット氏に宣言する。


「目一杯、働いてもらう必要があります」

「ふむ。何をすれば?」

「あたり一帯の植物を根っこから掘り返したいんですが、私の力だけでは無理なので。というか、私の方がここでは役立たずかも。お山もアルマジットさんが魔法を使うことを織り込んで、ここに誘導したんでしょう」


 目の前の日当たりの良い斜面は、季節を無視して一面の緑に覆われていた。

「これ、葛です。根も葉も花も蔓も、全部有用なんですけど、繁殖力が強すぎてですね。これが生え広がると林さえも枯渇します。さっさとやっちゃってください」


 戸惑うアルマジット氏に指示して、木に絡みつく蔓を切ってはがし、土を深く掘って文字通り根こそぎに、葛退治へと突入した。

 敵が大変手強かったことは言うまでもない。アルマジット氏の魔法がなければ手も足も出ないところだった。私は切られた蔓を一か所に集め、掘り返された根から土を払う。

「家に戻ったら、これで美味しいもの作ってさしあげますから、がんばりましょうね」

 その作業は日が傾くまでかかり、さすがに疲弊した私たちは洞窟通路に戻ると、早々に寝る体勢に入ったのだった。


 その夜、夢の中でお山からの満足したという気配を受け取ったのだが、次来る時にはあまり無茶な要求をされないといいなと、心から思った。



「こいつ彼女いねえな」二度目。アルマジット、ヒーローの座、危うし。


私は関西の人間なので園芸用のものや子供の砂遊びに使うものを「スコップ」と言いますが、関東だとそれがシャベルになるそうですね。JIS規格によると、足をかけて使えるものがシャベルで、それより小さいものがスコップらしいですが。なろうは全国区なのでスコップと表記すると違和感を覚える方も多いかと思い、作中では「円匙」を使用しました。……でもこれスコップやんな、と脳内ルビ打ってますが。


バウブジャムのモデルは蔓姫蕎麦。花が金平糖のようで可愛くて私は好きです。園芸品種として日本に輸入されたけれど繁殖力が高すぎて堂々と「植えてはいけない植物」にランクイン。逃亡したものが野生化して道端、アスファルトの隙間とかでも一年中元気。ヒマラヤ原産なので登場させました。そう。お山のモデルはヒマラヤ山脈なんです。

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