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帰路  作者: まるだまる
278/407

276 Kiss Kiss Trouble4

「太一君に言われたからじゃないけど過ぎたことするわ。ある意味これで引き分けだもの」

 

 響は愛の隙をついてぼそっと耳打ちしてきた。

 こいつも相当な負けず嫌いだな。

 愛を気にしなくても、今の状態なら多分聞いてないから大丈夫だぞ。

 俺の腕を取って一緒に歩いてるけれど、一人百面相してるから。

 

「うふふ。明人さんたら、なんだかんだ言って愛のこと好きなんですね。明人さんが望むなら愛は何でもご奉仕しちゃいますのに。でも、すぐに身体を許してしまったら愛に飽きちゃうかも。――ああっ、もしかして明人さんは本物の〝どえす〝? 焦らして愛をいぢめて楽しんでる? お勉強を教えてくれた時もそんな感じがしてましたし。……もしかして、これが焦らしぷれいというやつですか。それなら愛はもっとまぞい方向に方針変換するしか……」


 何やらぶつぶつとおかしいことを言ってるけれど、違う世界に一人旅立っているようだ。

 突っ込みを入れたり、相手したりすると引きずり込まれる可能性が高い気がする。

 この辺の対処は美咲で経験済みだ。下手に絡むとひどい目に合うのが定石。

 ここはあえて、放置しておこう。

 

 下駄箱近くに着いたところで、響と愛は腕を同時に離す。


「今日は部活があるので愛もここまでです。また明日です」

「私も生徒会に行くわ。また明日ね」

「ああ、また明日」


 二人に挨拶を終え下駄箱へと足を進める。

 靴を履き替えていると、二人の話す声が聞こえた。


「愛さん、また生徒会室まで連れて行ってほしいのだけれど」

「……響さんまたですか。これで何回目なんですか」

「だって、どう行けばいいのかわからないんですもの」

「あー、愛も部活あるんでもういいです。いいから着いてきてください」

「ありがとう。助かるわ」


 ――何やってんだか。


「ところで手は大丈夫なの?」

「まだちょっと痛いけどだいじょぶです。響さんこそ手はだいじょぶなんですか?」

「ええ――」


 二人の声が段々と遠ざかっていく。

 争いの種である俺がいなければ、あの二人の仲はいいのだろう。

 ああやって互いに思いやっているのだから。


 ☆


 てんやわん屋に着いてバイトを始めたのはいいが、非常にやばい状況になっている。

 まあ、よくあるパターンに近いことだが、現在進行形で美咲に命を狙われている。


 着いたときに、美咲のいつもの(氷のような)笑顔を見たときから嫌な予感はしていた。

 まさかとは思っていたが、今日の学校での出来事が美咲の耳にすでに入っていたようだ。

 一応、この間怒られたばかりなので、隠し事せず何もかも話してみたものの――


「――それで平等にした方がいいかなって考えた俺は、苦肉の策で愛ちゃんのおでこにキスをしたんだよ。そしたら響にぼっこぼこにされてさー」

 

 と、言った途端、美咲からぷちっと小さな音がした。

 かつて、今まで見たことがないほど怒り狂った目で睨みつけてくる。

  

「……ホントだったんだ?」

「え、何のことでしょう?」

「……明人君が愛ちゃんにキスしたってこと」


 俺の知らない美咲の声が聞こえた。

 美咲の背中にどす黒い炎が見えるのは気のせいだろうか。

 もしかして地獄の業火っていうのは、今見えてる炎のことかもしれない。 

  

「……んふ。今日はいつもみたいに……楽に逝かせてあげないよ」 


 口端を歪めて笑いながら美咲は言った。

 言葉だけ聞いていると艶っぽい言葉だが、行動的には悪魔と化した美咲が俺を襲う。

 俺は椅子を手に美咲の行動をブロックし、近寄らせないようにひたすら防御。

 なんとか防御できているが、やられるのも時間の問題のような気がする。 

 少しでも緩和しなければ、何をされるか分かったものじゃない。

 

「待て。落ちつけ。話せば分かる」

「ふーっ。ふーっ。ふーっ」


 すでに美咲は興奮しすぎて声も出なくなっている。

 やばい。悪魔要素たっぷりの獣になってる。

 目を逸らしたり、隙を見せたら駄目だ。

 集中だ。美咲の一挙一動に集中するんだ。

 何とかカウンターの外に脱出するんだ。

 カウンター越しにさえできれば話すチャンスはある。


 ちらっとカウンターの出入り口を確認したのが間違いだった。 

 

 がしっ!


 その一瞬の隙をついて、美咲が俺の持っている椅子の足を掴む。

 椅子を捉えた美咲は、椅子越しに歪んだ笑みを浮かべる。 


「……痛いのは最初だけだよ? そのうち麻痺するから」


 怖すぎるわ!


「お願いだから落ち着け」

「無理」


 ぎりぎりと力を加えて椅子をどかせようとする美咲。

 これがアリカや愛の馬鹿力なら負けていただろう。

 美咲の力もいつもより力強く感じるとはいえ、これなら耐えられる。

 

 それよか、このタイミングでちっこいのまで参戦してきたら俺は終わる。

 あの妹思いの姉が、俺の行いを許すとは到底思えないからだ。

 確実に終わる自信がある。運が悪ければ本当に死ぬ気がする。

 早く何とかしないと。


「美咲、待てって。キスって言ってもおでこだぞ」

「場所はどうでもいい……明人君からしたっていう事実は変わらない……」

 

 うわ、目までどす黒くなってる。マジで怖いんだけど。

 しかも響と同じようなこと言ってるし。

 生命の危機をひしひしと感じる。 

 ――うん。これは命乞いをしよう。

  

「美咲頼む。命だけは助けてくれ」

「やだな~。死んだほうが楽だって気持ちにしてあげるだけだよ」

 

 あ、これ逆だ。いっそ殺してくださいの方があってる。

 機嫌だ。とりあえず機嫌を取ろう。

 このままやられるより、少しでも助かる可能性に賭けよう。


「美咲からハグし放題で手打ちはどうでしょう?」

「却下」


 あっさり却下された!?

 俺としてはかなり奮発した条件だったのに。

 くそ。これならどうだ。


「俺からハグでどうでしょう?」

「……却下」


 今、少しだけ美咲の返事が遅れた。

 どうやら少しばかり付け入る隙があるらしい。

 ここか。ここなのか?

 俺からというのがキーポイントなのか?


 やばい。早くしないとマジでちっこいのが来そうな気がする。

 こういう時の勘だけは当たるから嫌なんだ。


「じゃ、じゃあ、美咲は俺にどうしてほしい?」

「……生き地獄を見てほしい」


 あ、聞くの間違えた。

 そうだよね。今まさにそうしようとしてるんだもんな。


「えと、その、えーと、あれだ」

「……」

「じゃ、じゃあ、美咲にもキスするってことで!」


 俺は何を言ってんだ。

 焦りで訳が分からなくなってきている。

 求めてきた愛ならともかく、求めてもいない美咲にそんなのが通用するはずがない。

 終わったか俺。


「…………採用」

「――え?」


 美咲からどす黒い炎が消え、さっきまで悪魔のようだった顔も元に戻っている。

 

「約2カ月の苦心が実る。ようやく明人君がデレるのね」

   

 やけに嬉しそうに言うんだけど、分かってんのか?

 

「じょ、冗談だよな?」

「――え、冗談なの?」

 

 またメラッと美咲の背中から黒い炎が現れる。

 

「やります! します。させてください」

「じゃあ、お願いしまーす」


 美咲は椅子に腰を掛けると両手を広げて言った。


「えと、言っときますけど……おでこですからね?」

「うん。それでいいよー。さすがにそれは分かってるよ」


 これ何の罰ゲームだよ。


 愛の時みたいに気軽にできない。

 そう上目遣いにじっと見詰められたら余計に緊張する。

 

「ほれほれ、さっさとする」


 焦らすな。くそ、これ絶対面白がってるな。

 美咲のおでこに手を当てて、髪をかき上げる。 

 さらっと細く柔らかい髪。

 しっかり持ってないと指からこぼれ落ちそうだ。 

 何だか顔が熱い。

   

「ほらほら早く。くぅー、明人君が照れてる。これが見たかったー」


 見たいのはデレだろ?

 デレと照れは違うと思うぞ。


 しかしながら、美咲が椅子に座ってるせいで少しばかり角度がきつい。

 これではおでこにキスがしづらい。

 さっさと終わらせたいんだけど。

 

「美咲、ちょっとだけ顔上げて。その角度だとしづらい」

「こう?」

 

 ――上げ過ぎだ。

 

 美咲の視線と至近距離でぶつかる。

 美咲も間近で俺の顔を見たせいか、照れが出たようだ。

 少しばかり顔が赤くなってきてる。

 あれ、気のせいか。目も潤んできてるような。

 そういや前にキスしかけたときもこんな表情してたっけ。

 あの時も美咲の目を見ていて吸い込まれそうになった。


 ……本当に美咲は奇麗な顔してるよな。


 どくんと心臓が大きな音を立てたような気がした。

 やばい。何だかおかしな気分になってきた。

 美咲がさらに目をうるうるさせて、吐息交じりに囁く。

 

「……明人君がしたいなら……いいよ?」


 このタイミングでそれは止めろ。

 もう、止められなくなる。

   

「美咲はいいの?」

「……うん。いいよ。明人君だったらいい……」


 美咲はそう言って、瞳を閉じた。


 あと3センチもない。美咲の口からこぼれ出る吐息を感じる。

 




 ――あと2センチ。





 ――あと1センチ。





 もう、美咲の体温がすぐそばにあると感じたとき、裏屋の扉が大きな音を立てて開いた。

 びくっとなってすぐさま、美咲から離れる。

 誤魔化すようにその場で大きく背伸びする。

   

「明人ぉおおおおおおおおおおお、あんた愛になにやってくれてんのよ!」

 

 怒った顔のアリカは気にもせず、カウンター内に突っ込んでくる。


「いきなり来てなんだよ?」

「このスケベ。変態。あんた愛にキスしたらしいじゃないの!」

「キスって言ってもおでこにだぞ!」

「――へ? あ、おでこなの? 口じゃないの?」


 どうやら正確に伝わっていなかったらしい。

 どうせ、愛が「明人さんにきすしてもらった」と言ったのだろう。

 

 アリカは勢いよく飛び込んできたからか、誤解を解いてもまだ噛みついてきた。

 

「おでこでもしたのはしたんでしょ。ちょっと食らいなさい」


 俺に向かってアイアンクローをしようと手を伸ばしてくる。


「ちょっと待て。元はと言えばお前が愛ちゃんに言ったのが原因なんだぞ」

「う、うるさいわね。いいから食らいなさいよ」


 俺らがぎゃあぎゃあと騒ぐ中、一人椅子に座って惚けている美咲。

 ただ騒ぐ俺らを見ている。


 扉の音がしたときに、ほんの少しだけ触れたような気がしたけれど……あれって、やっぱりそうだったのかな。



 美咲との帰り道。


 あんなことがあったのに、バイト中の美咲の態度は変化が見られなかった。

 今も俺の横で、最近コンビニで売ってるスイーツがちっちゃくなったとぶつぶつ文句を言っている。

  

 俺はというと――後悔の中にいる。

 ちゃんとした付き合いになるまでいかがわしい行為はしない。

 自分で決めたことなのに簡単に流されて、美咲にキスしようとした。


 ……ほんのわずかだけど、触れた気もする。

 俺の気のせいかどうか美咲に確認したいのだけれど、なかなか言い出しづらい。

 

「……明人君、聞いてる?」

「え、ああ、スイーツの話だろ?」

「もー、聞いてなかったなー。今、違う話してたの。今日の明人君変だよ」


 そりゃ変にもなるって。

 俺が美咲から目を逸らすと、美咲が目を追いかけるように寄ってくる。

 だから、今日は近づくな。


「……もしかして、私とキスできなかったから拗ねてんの?」


 ――できなかった?

 それじゃあ、あの口に触れたような感覚は何だったんだ?


「あれ、当たってなかったの?」


 逸らした視線を戻すと、美咲は目をぱちくりとさせて頷く。

 自分は当たったような気がしたと美咲に伝えると、


「あ~、それ鼻」

「へ?」

「私の鼻に当たってたんだよ。鼻をこすったって感じかな」


 美咲は自分の鼻を指してこの辺と教えてくれた。


「……そうだったんだ。俺てっきり唇に当たったとばかり思ってた」


 そうか。だから美咲は普段と態度が変わらないのか。

 心の底からほっとした。

 

「今の表情は少しむかつく。今、心の底からほっとしたでしょ?」

 

 だから何でわかるんだよ。

 無駄に悩まされた時間があったせいか、ちょっとばかり意地悪というか、仕返しがしたくなる。


「美咲、俺もしかしたら美咲のこと好きなのかもしれない」

「へ?」

「付き合ってくれって言ったら付き合ってくれるか?」

   

 美咲は目をぱちくりとさせるとにっこりと笑う。


「それは無理かな」


 速攻で振られた。

 いつもだったらこれで慌てたり、顔を真っ赤にして固まったり、真面目に受け取って悩んでくれると思ったのに。

 

「どうせ冗談でしょ?」


 まあ、確かにそうなんだけど。

 でも、なんだ。この感覚。

 気のせいか。地面が揺れているような。眩暈がするような。

   

「明人君?」

「あ、うん、冗談。帰ろっか」


 家に着いてからも、美咲の言葉が耳に残っていた。

『それは無理かな』


 美咲は、あっさりしてたな。

 何で俺はこうもショックを受けてるんだ?


 ――ああ、そうか。


 俺は美咲が断るなんてことを考えてなかったんだ。

 だから断られたことがショックだったんだ。

 自分が大きな思い上がりをしていたんだと気が付いた。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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