211 校外学習その6
五十嵐教授が、場を鎮めるようにぱんぱんと手を叩いた。
討論していた生徒達は五十嵐教授の方へと視線を向ける。
「はい、皆さんすばらしい。色々な考えを表明してくれました」
五十嵐教授はホワイトボードに賛成、反対、と文字を書き込んで振り返る。
「大学での教育とは、皆さんが持った考え方を拡大し深く考えてもらいます。賛成、反対どちらの意見も研究していきます。そうすることによって柔軟な思考を持った知識人となるのです。まあ、簡単にはいかないのが現状なんですけどね。何事も修行です」
五十嵐教授は、にこりとして、
「それでは皆さんに課題です。他の部屋で講義を受けている人も同じ内容のものを出されています。各班毎にグループ研究になります。資料はお渡ししているプリントです。ああ、本格的なものじゃないので、安心して下さい。体験なのでね、軽めにつくってます」
そう言った教授の横で美咲が苦笑いしていた。
美咲の顔からすると、軽めじゃないのかもしれないな。
そういえば厳しくて評価をくれないとか言っていたけど、五十嵐教授のことなのかな?
プリントを開けてみると、有名どころの新聞紙の切り抜きが並ぶ。
記事はどれもゆとり教育について書かれたものだ。
「これでどうするの?」
川上が柳瀬にぼそっと呟いた。
「私に聞かないでよ。新聞なんてテレビ欄しか見ないし」
「あ、千葉ちゃんこの記事見た事あるよ」
「長谷川、お前新聞読んでるの?」
「うん。裏の4コマ好きなのよね」
「それ目的違うくね?」
「記事も少しなら読むもん」
我が班は崩壊の序曲を奏でているように見える。
こいつらを仕切るのは俺には無理な気がする。
長谷川、お前は委員長だから密かに頼りにしてるぞ。
美咲にちょっと聞いてみようか、と思ったら、美咲は反対側で対応中。
あー、頼みの綱が。
仕方ない、隣の響に聞いてみることにしよう。
学年トップの響からならいいアドバイスが出るだろう。
「響、これどうすんだ?」
隣に座る響に小声で聞いてみる。
「……」
響は、自分の椅子を俺の椅子にくっつけてくる。
自分のプリントではなく、俺のプリントを指差しながら説明を始めた。
ほぼ、密着状態である。
響さん、俺の太ももに手を置くのやめてもらえます?
「紙面にある記事内容から、新聞社が賛成派なのか反対派なのか、それと理由の抽出はできるわよね。中には両方の意見が書いているのもあるわ。ほら、ここね。知識人のコメントもあるから、メリット・デメリットも抽出できるわ」
すらすらと教えてくれるのはいいんだけど、なんでわざわざ席をくっつけてから言うのかな?
すっげえ顔が近いし、ちらちらと見てくるみんなの視線が痛いんだけど?
「響、聞いた俺も俺だし、説明もありがたいが、くっつく必要ないだろう?」
「あら、私がこの機会をつかって明人君とべたべたしようと思っているの?」
「いや、そうじゃないけどさ」
「率直に言うと、私はそのつもりだったのだけれど」
色々と間違ってるよね?
こいつも愛と違うタイプのストレート派だった。
「恋は盲目になるものなのよ? 姑息な手段くらいつかうわ」
「場所と時間はわきまえようぜ?」
「あらそう。じゃあ、そうするわ」
切り替えも早い響だった。
響は席を元に戻し、自分の班員の方へと顔を向けた。
俺も自分の班員の方へと顔を向けた直後、響に肩を叩かれる。
「明人君」
「何だよ?」
「ミスったわ」
「だから何が?」
「みんなと目が合ってしまったわ」
「はあ?」
振り返ると、響の班員が固まっていた。
お前な、そういうの学習してくれよ。
「躾が良すぎるのも問題だわ。つい、相手の目を見てしまうのよ」
響は自分のこめかみを指を置いて困った素振り。
無表情でそれやっても困ってるように見えねえよ。
お前、本当に困っているのか?
「どうしようかしら? ここにペンはあるのだけれど」
お前、さらに何するつもりだ?
太一にするならともかく、せっかく仲良くなる機会を自分で台無しにするつもりか。
俺達の様子がおかしいことに気付いた五十嵐教授が近付いてきた。
「どうしたの? あら?」
固まった四人を見て、目を細める。
「気を飲まれてるわね。そいっ」
四人の目の前で手をぱんと叩く。予想よりも大きな音で反対側の席にいる奴までびっくりしていた。
見ると固まっていた四人の硬直が解けている。
何で見ただけでこの人は分かったんだ? しかも、解除まで簡単に。
「あなたかしら?」
五十嵐教授は響を見てにっこりして言った。
「故意ではないのですけれど……」
「無意識に使っているのね。あなた合気道か古武術を習っていない?」
「はい。父の知り合いから習っています」
「古澤道場?」
「え? はい、そうですけど」
「やっぱり、そこ私の実家なの。世間は狭いわね。まあ、いいわ。またなったら私が解いてあげるから進めてちょうだい」
二人のやり取りはちんぷんかんぷんだったけれど、そういえば響は色々と習い事してるって言ってたな。古澤道場ねえ。何の武道か知らないけど、響の手刀が鋭いのはそこに通ってるせいか。
ちょっとしたバタバタはあったものの、各班は課題に取り組んでいるようだ。
響の班は、響を中心にうまく課題を進めつつある。
リーダーシップを取れるのも響の才能なのだろう。
我が班はというと、
「いんちょ、ごめん、もう一回説明して?」
「川上、D組の男子あれ恋してる目だよ。どうする、調べちゃう?」
「長谷川、ゆとりを復活させた方がいいって結論にしちゃおうぜ」
「……」
「えーと、とりあえず、みんな落ち着いてくれる? 川上さん、そこ拘らなくても解決できるからね? 柳瀬さん、ちょっと集中しようね? 千葉ちゃんは、もうちょっと考えようね? 木崎君は黙ってないで意見言ってもらえる?」
長谷川が取りまとめに苦労していた。
我が班員は小学生の学級崩壊を思い起こさせるように自由だった。
やっぱり、俺にはこの班を仕切るのは無理だ。
長谷川に任せよう。
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