第1話 かおりちゃんグラフィティ その①
朝六時、みっちゃんは目覚めると直ぐに、枕元のスマホへと手をやった。
そのまま布団の掛かった横になった状態でLINEのアプリをタップする。
十数件の未読通知はクラスLINE。その上には橋本紙夜里とのが1件未読になっていた。
中二のゴールデンウィーク最初の土曜日。
何故にこんなにも早く目覚めてしまったのか。
みっちゃんはそう思うとベッドの上、上半身を起こしながら片手でショートボブの自分の髪を掻き上げながら、もう片方の手で紙夜里の所をタップした。
そして一読すると不機嫌そうな表情を見せるみっちゃん。
またも紙夜里からのLINEは、倉橋美紗子の事で埋め尽くされていたからだ。
「ぶー」
だからみっちゃんはそのままベッドから起き上がる際に、唇を少し尖がらせると、そう不満を表明した。
それから着ていた水色を基調として白のチェック柄の入ったパジャマの胸元、ボタンへと手を掛けて、みっちゃんは下を向く。
そこに見えるのはいつも通りの殆ど無いに等しい平らな胸。
(はー、今日も何も変わらない。倉橋さんや水口さんにはちゃんと胸らしい膨らみがあるのに、なんで私のは小学生の頃から大して変わらないんだ。これじゃあお洒落なブラどころか、スクールブラだって必要ないよ)
そう溜息をつくのももっともで、みっちゃんの胸は僅かに緩いカーブを描いてはいるものの、それは所謂女性の乳房というものとはまだ程遠く、胸の筋肉の膨らみと言っても通る程度の胸だった。だから普段ブラなどは付けていないし、こうやって寝ていた時のパジャマの下は、それこそ裸だった。なるべく締め付けない方が胸は大きくなると、どこかのサイトで読んだからだ。
そしてみっちゃんは着替える為に胸元からパジャマのボタンを順に外し始める。
それはカーテンの隙間から僅かに入る採光の中、薄暗い部屋の中での行為だった。
すらりとした無駄な肉のついていない上半身は、女子というよりはどちらかというと少年のそれに近い感じで、ベッドの側の壁に立て掛けてある姿見の方を向くとみっちゃんは、パジャマの下も脱いで、パンツ一丁の姿になっては、そこでグラビアアイドルの様なポーズをとった。
それは腰を少し横にずらしてはお尻を出す様にして、そこに左手を添え、右手は顔の横に真っ直ぐに上げては肘を曲げて指を櫛の様に髪の中に入れた格好で、みっちゃんはすこしボーイッシュな自分の姿に満更でもなく鏡の中に微笑んで見せた。
勿論パンツは小学校の時の様なグ〇ゼの白いパンツではない。五枚千円のパンツだけど薄い黄色に白の横縞が入っているみっちゃんにとってはちょっと可愛いパンツだ。
(これでモテない訳がない)
みっちゃんは自分の姿に自画自賛した。
現に相変わらず女子には人気があったのだ。
更に男子にも友人は多い。
(その気になれば彼氏なんていつだって出来るさ)
とは言え、今年の初めに倉橋美紗子が五十嵐という男子と別れたという話を聞いた頃から彼氏募集中なのだが、五月になった今でも、みっちゃんには一向に彼氏が出来る気配はなかった。
まあ、そもそも好きな男子がいるという話でもないのだが、中二にもなるとクラスの女子の話は好きな男子や好きなイケメン芸能人、好きなイケメンアニメキャラなど、とにかく好きな男の話がその割合を大きく占めているのだ。これではさすがのみっちゃんも、特別男子に興味はなくても、人並みに彼氏の一人くらいは作った方が良いかと考えてしまう。その上去年の秋頃からは、水口に色々な指令を出されては面倒な事を立て続けにこなしてストレスも溜まっている。紙夜里の事もそうだ。自分の気持ちを知っているはずなのに、いつも寄こすLINEは倉橋美紗子の事ばかり、みっちゃんの「み」の字も書かれていた事は殆ど無い。
(ホント、誰か私を甘やかせて、癒してくれる人はいないかなぁ)
だからみっちゃんにとって、そんな風に彼氏でも作ろうかなと考えるのはそれほど変な考えでもなかったのだ。
ただ男子に友達が多いのだから、きっと自分はモテるに違いないという考えは、勘違い以外の何物でもないのだが。
さて、兎に角みっちゃんはひとしきり鏡に映った自分の裸体を眺めると、クローゼットに向かい、服を取り出す。
五月とはいえ、ゴールデンウィークの天気は快晴が続き気温が三十度近く上がるとテレビでは報じていた。
だから今日は出かける予定のあるみっちゃんは、黒のTシャツに上下お揃いの茶色に白黒のチェック柄のビスチェとスカートの組み合わせを選ぶと、それらを着て、それからベッドに投げ出されていたスマホを再度手に取った。
確認しなければいけない事があったのだ。
それは先程の紙夜里からのLINEへの返信とかではなくて、根本かおりに関する事だった。
事の発端は今から一週間程前の事だった。
「これ、二組の根本さんじゃないかなぁ。お前小学校一緒だったんだろ。どう思う」
放課後の廊下で突然同じクラスの男子、木村彰人にそう声をかけられた時は、一瞬あまりにもタイミングが良すぎて、みっちゃんは告白でもされるのかと勘違いをした。
(だってそうだろ。放課後の廊下を生徒会室から出て来て歩いている時に急に声を掛けられたんだ。私が来るのを待ち伏せしていたとしか思えない。そうしたらやっぱり告白でもされるんじゃないかと、普通の女子なら皆んなそう思うだろ)
とはみっちゃんの弁。
しかし現実は全く違っていた。
根本かおりはみっちゃんの一組の隣の二組に在籍している。
だから隣同士の二クラスは体育の時間など男女は分かれても合同で授業を受ける事は結構多い。つまり木村彰人が根本かおりを知っていても全くもっておかしな事ではなかったし、みっちゃんと根本が同じ小学校出身だという事も、何処かで聞きつける事もあるだろう。
それにしても根本かおりである。
みっちゃんがもっとも気にしている人の中の一人。
自分の所為で吃る様になったのではないかと、あの日以来心の何処かですっきりしないものを抱える様になった元凶でもある少女。
だからみっちゃんは一瞬のトキメキから、一気にその名で陰鬱な気分へと自分の心が急降下するのを感じた。
そして見せられたスマホ画面。
それは何処かの配信アプリであろうか。
マスクをしたツインテールの女の子が、下に流れる視聴者のコメントに目を細め、多分微笑んでいるのだろう。たどたどしくも吃りながら答えている。
首周りの大きな黒のTシャツは、少女にはかなり大き目の様で、肩が見えそうなくらい開いていて、その華奢な体から突起した鎖骨がはっきりと浮き出ているのも見える。
(そうだ、これは彼女だ。根本かおりだ)
みっちゃんは直ぐにそのスマホ画面の中の少女が、根本である事を確信した。
つづく





