第118話 それからのこと その⑩
水口がみっちゃんを連れて行ったのは、隣の棟の二階、視聴覚室と隣接する各委員会が利用する会議室だった。
扉を閉められるとそこはもう廊下を行き交う生徒達の声も聞こえない、ただ閑散とテーブルと椅子だけが置かれた教室よりもかなり狭い二十畳程の空間で、それはみっちゃんに変な威圧感を与えるには十分な場所だった。
「どうしたの? ビビってるの」
だからどうにも落ち着きのないそわそわした様子のみっちゃんに入室後すぐに気付いた水口は、さも余裕のある顔付きでそう尋ねた。
(契約だのなんだの言われて、連れて来られたのがこんな密室だぞ。不安になるのは当然じゃないか。一体奴は何を企んでいるんだ。私をどうするつもりなんだ…くそ~、丸っきりあっちのペースじゃないか。とりあえず私は…今日はスカートじゃなくてズボンにして来て正解だったという事か)
苦虫をすり潰した様な表情で、みっちゃんがそんな訳の分からない様な事を考えている間、水口はそれを沈黙と取ったのだろうか、徐にその辺のテーブルの真ん中の椅子に座ると、続けて口を開く。
「本当にビビってるのかな、あはっ。まーいいよ。どっちでも。とにかくあなたもその辺の椅子に座って。それからあなたの知る限りの全ての倉橋美紗子絡みの情報を私に頂戴。そもそも何故あなたがそこまで彼女に肩入れする必要があるのか。それ自体私にとってはとても不思議な事だし、興味のある事だから。だってそうでしょ。あなたは最初、あの紙夜里という子と二人で私の前に現れた。そしてその時は確かに美紗子の事を怒っていた。悪口も言っていたわよね。それがどう。途中から何やら親しくなって、挙句の果てには根本かおりを倒して彼女を助けた。凄く興味あるじゃない。あなたが何故そこまでするのか」
水口にすすめられるまま、向かい合う様に違うテーブルの隅っこの椅子に座り話を聞いていたみっちゃんは、またもとても嫌な気分になって来ていた。
(全てって。私そのものと倉橋さんだけならたいした接点はない。きっとあんな風に根本かおりを殴る事もなかっただろう。つまりこいつに紙夜里について色々と話さなければならないと言うことか…面倒臭いな~最初からなんて凄く面倒臭い。それに何か引っ掛かるんだよな。何だろう。何か…)
「どうしたの。黙ったままで」
黙って考え事をしているみっちゃんに、水口は少しばかり業を煮やしたのか、ちらりと黒板の斜め上に掛かった時計に目をやると、またも先に口を開いた。
「こっちばかり一方的に話すのかい」
「えっ?」
しかし今度のみっちゃんはそれに対して素早く反応した。
簡単に色々と話してしまう事を警戒したからだ。
「それじゃあ水口さんは色々と状況を飲み込めるかもしれないけれど、こっちはそっちの状況を理解出来ない。つまり話した所で実際水口さんが倉橋さんを学校に連れて来れないのであれば、それらは全部無意味だという事だろ」
「なるほど。状態が変わらなければ話し損だという訳ね。んー、じゃあこうしましょう」
水口は軽く考える素振りを見せると、直ぐに何かを思いついたのか、はたまたこれ位のみっちゃんの動きは想定内だったのか、直ぐに一つの提案を出して来た。
「美紗子を学校に連れて来れるかどうかは、実際これから聞く話とは無縁かも知れないわね。でも情報はあるかも知れない。私はね、彼女が学校に来なくなってから、何度となく先生に頼まれてプリントを届けには行っているの。無論会った事はない。毎回ポストに投函するだけ。でもね、私がその気になれば、彼女はきっと私には会うでしょう。その点あなたが私の所に来たのは正解だと思う」
「なんで会って貰えると」
そう尋ねながらみっちゃんの脳裏には、何度となく倉橋家のインターホンを押す紙夜里の姿が鮮明に蘇った。
「多分美紗子は、負い目を感じている筈だから。要するにね、そう思える根拠も含めて私も知る限りの彼女の事をあなたに話す。そうすればお互いに情報を共有出来るでしょ。そうして、その上で私が美紗子をまたちゃんと学校に来れる様にしたならば」
「ちょ、ちょっと待って! 変な契約ならしないよ。私そんな変な趣味はないんだから!」
「は?」
水口はみっちゃんの突然の叫び声に思わず口を開いたまま、呆然とした。それは決してその声の大きさとかではなく、その内容にだ。
「何言ってるのあなた? 変な趣味とかって。そう言えばさっきもメイドとか首輪とか意味不明な事を言っていたわね…もしかしてお馬鹿? まーいいわ。契約はね、言葉の綾なの。現実には契約なんて結ばなくても、きっと美紗子を学校に来るようにさえすれば、あなたは私の言う事を聞く様になるでしょ。そういう事なのよ。分かった?」
「わからない。何で私がアンタの言う事を聞く様になるんだ」
その瞬間、それまで冷静だった水口が、鬼の形相で立上るとみっちゃんを指差した。
「あー! またアンタって言った! もう~いいから知ってる事を洗いざらい話せ! 絶対あなたの事を私の前で傅かせてやるから~!」
つづく





