第110話 それからのこと その②
美紗子が最初に休んだ日、学校では橋本紙夜里と根本かおりも休んでいた。
だからみっちゃんは一時限目の授業中、自分の席に座りながら、
(やっぱり紙夜里の奴、生理だったんだ。だから昨日はちょっと機嫌も悪かったんだな。生理は人によって痛みやら気分やらまちまちだって前にお母さんが言って寝込んでいた時があったけれど、きっと紙夜里のはとてつもなく痛いのなんだ。だからきっと今日も…)
などと呑気な事を考えては、教室の窓から見える薄曇のまもなく冬の到来を告げそうな空を眺めていた。
空は不思議だった。
眺めていると昨日までのここ数週間で起こった気分の滅入る出来事も、まるでただの悪夢ででもあったかの様に、今の現実の自分とは無縁なものの様に思えた。
紙夜里が根本にバラしたという事を、美紗子が知ってしまったという事実も。
あの最後の時、根本の口が上手く回らなくなってどもっていたのは、自分が殴ったのが原因ではないのかという不安も。
そして紙夜里が冬休みになったら転校していなくなるという話も。
全てが立ちの悪い悪夢で、本当ではない様な気がすると、みっちゃんの心には普段通りの何気ない日常が流れ込んで来る。
元来面倒事が嫌いなみっちゃんは、自分からそれら全てを考えるのは、今はもうやめようと思ったのだ。
(どうせ紙夜里も来ていないんだし…)
その頃五年四組美紗子のクラスでは、幾つかの動きが、美紗子・根本不在の中行われていた。
先ずは担任の先生による生徒への聞き取りが、この日から本格的になり、一時期根本と組んでいたグループの数名もその中で自分達の考えや状況を先生へと伝える事となる。
無論それとは正反対の悠那や美智子への聞き取りも行われた訳だが、その中で浮上して来たのが幸一の存在だった。
あの出来事を目撃していた大半の男子生徒も女子生徒も、根本が一方的に美紗子の事を責め立て、何やらクラスに迷惑をかけたとかで謝罪させようとしていたという点で共通していたのだが、その話の中で美紗子が幸一と二人きりで密会していた事も重要な問題としてあげる生徒も半数程いたのだ。現実には美紗子は幸一にフラれた様な形になり、心に相当なショックを今も受けている訳なのだが…。
とにかく先生は大筋においてこれは女子生徒二人の紛糾であると判断し、その理由の一つである幸一と美紗子の席を離す事だけは直ぐに決める事となった。それには元々冷やかされて困っていた幸一も、美紗子の事を考えた上でも直ぐに納得した。
しかし、あの事件を境に幸一の周りは一遍する。
先ず女子は、美紗子を好いていた子も嫌っていた子も関係なく、皆一様に幸一を無視して話さない様になった。
それから男子の殆どからも嫌われて、相手にされなくなった。
やはりあの時の先生を呼びに行った行動は、どんなに理路整然としていても、格好悪く逃げ出した様に見えたのだろう。
「どんなに優しい奴か知ってるつもりでもよ。あれじゃあお前、ヘタレ過ぎるよ」
事件から数日、まだ美紗子が不登校を続ける教室では、席替えされた椅子に座る幸一にそれでもまだ幸一とは仲良くしている五十嵐が、そんな風に声をかけた時があった。
幸一は読んでいた文庫本の小説を開いたまま机に置くと、だから五十嵐の方を見る。
「しょうがないだろ。あんな風に冷やかされたら。実際僕も美紗ちゃ、いや、倉橋さんもそれには困っていたんだ。周りからどう思われようが、これでもう僕らを冷やかす人はいなくなる。無視する奴らも多くいるけれど、まぁその分こうやって本も読んでいられるしね」
「やれやれ、変にマイペースな奴だな」
これには五十嵐も半ば諦め顔でそう言うと、その後に少しだけ神妙な顔付きで続けて口を開いた。
「でも、もう倉橋さんとは仲良くは出来ないかも知れないぞ。それに太一の奴は」
「分かってる。僕らはまだ小学生だよ。中学や高校に行く様になったら、また普通に話したり出来る様になるかも知れないじゃないか。それに太一の事は気にしなくていいよ。大丈夫だ」
太一は幸一が失墜したと思えたあの時から、まるで幸一に話しかけなくなり、今やあからさまに無視する様にさえなっていたのだ。
そしてお話は再び五年二組、みっちゃんと紙夜里のクラスへと戻る。
昼休み、何気にみっちゃんは屋上へと続く階段の手摺に手を掛けて、回り階段の踊り場の方を眺めていた。
最近は此処にも色々と縁があったなと考えると、自然と足は階段の踏み板面にかかる。
そこからは簡単で、後はゆっくりと、今日は来ていない紙夜里の残り香でも探す様にみっちゃんの足は次々と階段を上り始める。
(もう此処に来る事もあまりないだろうな…)
そんな思いも自然とみっちゃんの体を階段へと向かわせたのかも分からない。
しかし、その時であった。
「「みっちゃん!」」
突然階下の廊下から彼女を呼ぶ声。
それにはみっちゃんも驚いては足を止め振り返る。
下にいたのは同じクラスの女子二人だった。
彼女達は更に口を揃えて言う。
「「 みっちゃん、あんまり一人で屋上への階段は上らない方が良いよ。この階段の上の、屋上へと続く扉の前には、死んだ女の子の霊が出るっていうよ」」
「霊?」
その言葉に反応したみっちゃんは、彼女達の方へと、上り始めた階段を今度は急いで下り始めた。
「どういう事?」
「「十年くらい前に、友達関係で悩んだ五年の女子が飛び降り自殺をしたんだって。だからその屋上への扉の側に行くと、呪われて自分も不幸になるって噂。だからむやみ近寄らない方がいいよ」」
相変わらず二人同時に話すそのクラスメイトの話に、みっちゃんは思い当たる節を感じては、少しばかり背筋が寒くなるのを感じた。
(だから誰も救われない、不幸になるだけの出来事だったのか…)
そんな風に感じているみっちゃんは、この噂話がかつて根本かおりによって作られた創作である事を知る筈もなかった。
つづく





