4
ケインの部隊が撤退を始める。今から逃げれば2、3度修羅場をくぐれば、国軍の再構築した陣地まで逃げられるだろう。だが、俺はケインの命令で明日の夕方までこの場所を死守するしかない。すなわち逃げ遅れで死亡確定である。俺は「英雄の書」を書き終わると兵士が去った街を見た。ガランとしている。街の住人は来る戦闘を避けて隠れているのだろう。
「ち、ちくしょ~」
「主様、うまくいかないものでゲロな」
ゲロ子がのんびりと両手でほおずえをついて出てきた。
「前線の部隊がここに来るのはどのくらいだ?」
「そうでゲロね。最前線には七個小隊が配置していたでゲロ。銃隊一個小隊は近くにいるから一時間後。一番遅い砲兵隊がその二時間後でゲロ」
「砲兵隊まで待ってちゃ、死ぬぞ」
「だけど、味方がデッドライン超えるまでって明日の夕方まででゲロ。そこまでとどまらないとプレーヤーに抹殺されるでゲロ」
「うううう……」
(すまない、我が兵士たちよ)
明日の夕方まで待ったら、後方は裏切ったライン公国軍で埋め尽くされる。前からはさらに勢いに乗った最前線の敵が殺到してくるはずだ。
(どうすればいい……どうすれば……)
俺は考える。でも、こっちはたったの50名だ。それで前線のロングストリート軍は10万は下らない。さらに後方には裏切ったライン公国軍が3万。10万を撃破してさらに後方の3万を撃破しないと生きて帰れない。
「無理だよな?」
「無理でゲロ」
「即答するなゲロ子」
「この小説が俺TUEEEEで、主様が最強だったらよいのでゲロが」
「うるへー」
「残念ながら主様は、俺SEKOOOでゲロからな」
「なんじゃ、それ、やめろや、悲しくなる」
とにかく、まずは国境を越えて殺到してくる敵軍の追撃速度を落とし、後方へ撤退する。交代する味方と力を合わせれば、何とか明日の夕方までは耐えられるかもしれない。さらに後方は裏切りのライン公国軍がいるが、こちらは小部隊。どこかにすり抜ける道があるかもしれない。
「小隊のうち、15名は街道沿いにこのように布陣する」
俺は地図を示して、兵士に命ずる。街から後方に向かって、道沿いの藪に兵士を散開させるのだ。ポツン、ポツンっとある兵士は草の中に寝そべって身を潜め、ある兵士は木の上に隠れ、ある兵士は岩陰から狙う。
「いいか。そのうち、敵の追撃軍がこの街道を移動する。お前たちは、隠れて隊長クラスを狙撃するんだ」
「隊長~。バラバラになってしまっては、俺たちはなぶり殺しにされますよ~」
兵が泣き言を言う。
「この状況なら50名が固まっていてもなぶり殺しじゃ!」
俺は叫ぶ。それよりもバラバラに散開してゲリラ攻撃をした方がいい。俺が隊長クラスを狙撃しろと言ったわけは、隊長が撃たれれば、その小隊は隊長を介護してそこに停止するからである。
そして俺は兵士にくれぐれも急所を狙うなと命じている。怪我をさせれば、その手当で後方に搬送されるので、追撃ができなくなる。殺してしまうと復讐に燃えた兵にこちらがやられてしまうだろう。隊長が負傷し、混乱した中でその隙に撃った兵は後方に走り、また、街道沿いに身をひそめるのだ。これを繰り返し行えば、追撃速度を弱められる。敵が掃討作戦をすれば時間が稼げる。そうなった場合は、一直線に逃げる。
「俺は残りの兵士35名と共に明日の夕方まで街に残る。大丈夫だ。俺たちにはゲベル銃がある。射程距離が長い分、撃ってからでも逃げられるだろう。それにクロアにもらった魔法弾もある。ここはみんなで協力し、全員で生き残るようがんばろう!」
(シーン……)
期待した歓声はない。みんなビビっている。いや、しらけているのか?
ゲロ子が肩で頬づえ付いている。
「ああ……いい事言っても、主様はカリスマがないでゲロ。信用力がないから、今ひとつ、兵士のノリが悪いでゲロ」
(くそ!信用0で悪かったな!)
ノリが悪かろうと、ここは俺の策で乗り切るしかない。後方に密かに隠した荷馬車の集結地にたどり着けば、何とかなるかもしれないという一縷の望みにかけるしかない。
前線から部隊が次々と撤退してくる。
みんな街で一息つく暇もなく、後方へ撤退していく。第2軍やケインの傭兵隊の兵士である。前線では相当な激戦だったようだ。だが、所詮は多勢に無勢。勝てるわけがない。
次の日の昼頃、俺の代わりに前線に出ていた銃隊の小隊長Bもボロボロの服装で何とか街にたどり着いた。
「小隊長C、前線は地獄だ。敵が勢いを増して侵攻している。前線の部隊はほぼ壊滅だ。俺たちは銃隊だから、比較的、後方にいたので助かったが……」
それでも鉄砲小隊Bは15人ほどしかたどりついていない。
「この街で補給したら、すぐ撤退する。お前の隊も一緒にどうだ?」
小隊長Bの奴、俺を誘ってくれる。
(なんて優しい奴だ。すまん。お前はすでに死んでいると言ってごめん)
せっかくのお誘いだが、俺は夕方までここから動けないのだ。それがケインの命令だからだ。
「俺は他の部隊の到着まで待たねばならない。ケイン隊長の命令なんだ。夕方6時までここを死守する」
「ば、馬鹿な。絶対死ぬぞ!」
小隊長Bが俺を呆れた顔で見る。その表情は明らかに
(こいつ……死んだな)
と言っている。
(俺だって、今すぐ撤退したいわ!ここにいたって意味がない。)
だが、俺は小隊長。しがない中間管理職。上司の馬鹿な命令でも従うしかないのだ。
ドーンドーンと遠くから砲声が聞こえてくる。
「じゃあな。小隊長C。お前のことは忘れない」
そう言って小隊長Bが俺に敬礼をする。残った兵士をまとめて逃げていく。俺はそれを黙って見守るしかない。
「くそ! 同じ傭兵仲間なんだ。(俺も残ってここを死守する!)とか言わないのか!」
「主様でゲロ」
「何だ?ゲロ子」
「主様が小隊長Bの立場だったら、そんな立派なこと言うでゲロか?」
俺はかっきり3秒考えた。
「……すまん。ゲロ子」
「分かっていればいいでゲロ」




