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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第7章 一緒に前進
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1 告白?


「今日の部活も暑いだろうなあ」

「だねー」


礼央と並んで外を眺めながらため息をつく。


窓越しに見る空はどんよりした雲が重そうだ。とはいえ、教室は冷房で空気がサラッとしているのがありがたい。


背後から昼休みのリラックスしたざわめきが聞こえる。四時間目が蒸し暑い中の体育だったせいで、クラスメイトたちはいつもよりもまったりしているようだ。


「今度の大会、一回戦は勝ちたいねぇ」

「明日の練習試合が三年生が抜けて最初の試合だから、それで様子が分かるかな」

「うちは三年がゴールデンウィーク明けに引退しちゃうけど、夏までいる学校も多いよね?」

「強豪校だと大学の推薦ねらいもあるだろうしなあ」


のんびりと話しながら、体育のあとの宗一郎の言葉を思い返す。「俺じゃあ、無理っぽいな」と、納得のいかない顔をしていた。


今週、俺に対するしぃちゃんの関心が薄れたと、宗一郎は感じたそうだ(さすがだ)。俺が何か失敗したのだと判断した宗一郎は、今までよりも強めのアプローチに踏み切ったらしい。でも、それらは不発に終わった。曰く「景じゃなければ俺ってわけにはいかないみたいだ」。


そりゃそうだ――と思った。


だって、しぃちゃんは“彼氏がいなければ楽しくない”とは思っていない。だから、言い寄ってくる男に簡単に「うん」とは言わないだろう。しぃちゃんの彼氏になりたいなら、彼女との関係を育てていくしかないのだ。


――ってところが俺向きだったんだよな……。


それにしても、宗一郎がそこまで本気だったとは。


不発に終わったとはいえ玉砕したわけではないようで――そこは如才ない宗一郎らしい――、仕切り直しだと言っていた。でも。


俺の可能性が戻って来た……と、思う。


理由の一つは、きのうの放課後から今朝にかけてのしぃちゃんの態度だ。まだぎこちなさが残るものの、以前に近い状態まで回復したと考えていいと思う。


彼女が俺と距離を置こうと考えた原因は結局、特定できなかった。でも、彼女が元の関係に戻ろうと決めてくれたのだから、聞き出す必要はないと結論付けた。


たぶん、彼女の中ではいろいろな思いや迷いがあったのだと思う。それらを正確に説明するのは簡単ではないだろうし、なんとなくだけど、いつか自分から話してくれるような気がしている。


そしてもう一つの理由。それは宗一郎の「景じゃダメだから俺ってわけには――」という言葉。つまり、宗一郎には俺が最有力候補と見えていた、ということだ。


――俺が。


――最有力。


思わず口許が緩んでしまう。


もちろん、これはあくまでも宗一郎の見立てで、しぃちゃん本人がどう思っているかは分からない。単なるクラスメイト、良くても親友、ということもあり得る。だとしても、宗一郎が俺に後れを取っていると感じていたというのは自信がわくし……ちょっと気分がいい。


可能性を確かめるためにしぃちゃんと話したいけれど、今は教室にいない。いちごはほかの女子と一緒にいるから、しぃちゃんは図書館にでも行ったのだろう。


「あれ? 光ったみたい」


礼央がつぶやいた。


「雷?」と尋ねた直後にゴロゴロゴロ……と雷鳴が聞こえた。まだ遠そうだ。そう言えば、雲の色がさっきよりも黒っぽくなってきたような気がする。


「景に言ったことあったっけ? 俺、雷を見るのが好きなんだよね」


窓にへばりつくようにして雲を見ている礼央。その横顔に憧れのような微笑みが浮かんでいる。


「空が光るのも稲妻も、いつまで見てても飽きない。自分が安全な場所にいるときに限るけど」


礼央の言葉に応えるように遠くの雲が光った。そして一拍置いてからゴロゴロゴロ……と。


「こっちに来ないかなあ?」

「直撃になったら、先生の声、聞こえないんじゃね?」

「そしたらあきらめて、みんなで外を見る時間にするとか」

「いいな、それ!」


そうなったら、しぃちゃんの隣がいいな。「すごいね」なんて言いながら顔を見合わせて、肩とか手とか触れたりしたら……考えただけでドキドキする!


「あの、景ちゃん」


後ろからの控えめな声と、そっとシャツに触れられた感触。ドキッとして振り向くと、しぃちゃんが見上げていた。


真剣な表情。軽く息を切らして、なんだか急いでいるようでもある。


「ど、どしたの?」


思わず後ろめたい気分になる。俺が何を考えていたかなんてバレるはずはないのに。しかも、反省するほど過激な内容ではないのに。


「あのね、ちょっとの時間でいいから話を聞いてほしいんだけど……」


急ぎの相談? 何か困ったことが起きたのだろうか。


礼央に視線を向けると、早く行っておいで、という身振りをした。


「いいよ」

「ありがとう。じゃあ、ちょっとこっちで」


後についていきながら時計を見ると、昼休みは残り五分ほど。俺を呼びに来たということは図書委員会の用事だろうか。


「あのね」


廊下の端までくると彼女はくるりと振り向き、俺と向き合った。その瞳からは何かしっかりした意志が感じられる。


「うん」


いったいなんだろう? こんなに急いで彼女が俺に言わなくちゃいけないことというのは。何か失敗――。


「あたしね、景ちゃんのことが好きなの」


――……え?


聞き間違いだろうか? 今、「好き」って言われたような気がするけれど。


「なんかごめんね。あたし、今週、滅茶苦茶なことやってるよね。景ちゃんを傷付けたってことも、ちゃんと分かってる。ほんとうにごめんなさい」

「う、うん」


いや、それよりも、俺を好きっていうのは恋愛的な意味でいいのか? こんな場所で? 昼休みの残り時間で?


「あのね、あたし、中身がごちゃ混ぜなの。劣等感の塊のくせにプライド持ってたり、用心深いわりに、よく考えないでどんどんやっちゃったり。それで景ちゃんにも嫌な思いさせちゃったんだけど」

「あ、いや、それは気にしてないから。うん」


寧ろそういうところがおもしろいんだから。


「ありがとう」


俺の返答に彼女が真面目な表情でうなずく。


俺はほんとうに告白されているのだろうか。たしかにここは生徒が通らない場所ではある。でも、一直線の廊下からは丸見えだ。しかもこんなふうに大急ぎで。


「変なこと言ったりやったりしちゃったけど、あたし、やっぱり景ちゃんのこと好きで」


やっぱり告白されているようではある、が……。


「で、こういう自分のことを正直に話して、あとは景ちゃんに判断してもらおうって思ったの」

「判断?」

「そう。あたしが……一緒にいてもいいか」


ここで初めて彼女が目を伏せた。


ちらりと俺を見上げる様子を見てようやく信じることができた。彼女はほんとうに、恋愛的な意味で俺のことが好きなのだ。……と、納得したと同時にチャイムの音が。


「あ、じゃあ、べつに回答はいつでもいいから」

「いやいやいや、ちょっと待って」


戻ろうとしたしぃちゃんの道を塞ぐ。大丈夫だ。今のはまだ予鈴だ。先生が来るまであと少しある。


それにしたって「回答」って! 一般的には「返事」って言わないか? たしかにしぃちゃんのは「質問」的だけど。


まあ、こういうところもしぃちゃんらしいのかも。何にしても答えは決まってるし。


「一緒にいてほしいです。一緒にいてください。お願いします」


姿勢を正して頭を下げた。


「え! そんなに簡単に決めちゃっていいの?!」


驚かれてしまった……。


「いや、べつに今、突然決めたわけではないから……」

「あ、そ、そうなの? それならいいんだけど――」


まだ半信半疑の表情で、しぃちゃんがこくこくとうなずいた。最後にひとつしっかりとうなずいて。


「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


深々と頭を下げてくれた。俺もつられてまたお辞儀をして、同時に顔を上げ――にっこりする。


さあ、授業が始まる。急いで戻らなくちゃ。


「あのさ、しぃちゃん」

「ん? なあに?」


思わず吹き出してしまった。彼女があんまり普通に返事をしたから。俺たち、ほやほやのカップルなのに!


「今日、一緒に帰ろう。部活終わったら待ってて」

「分かった。場所は連絡するね」


待ち合わせの約束も、急ぎ足で教室に向かいながらではムードもへったくれもない。


「じゃ」

「うん」


席の前で交わすうなずきも事務的だ。でも。


俺にはこれが心地良い。あらたまるのは苦手だし、彼女のちょっととぼけたようなおおらかさが気に入っているから。


そして。


今、俺の胸は喜びと誇らしさではちきれそう。にこにこ顔を元に戻せない。


俺はまたしぃちゃんに、笑顔になる魔法をかけられたらしい。





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