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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第5章 停止?
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3 隠されていたもの


頭の中を整理するために深呼吸をしてみる。脳にたくさん酸素を送って、しっかり働いてもらわないと。


とにかく何か言わなければ始まらない。


「しぃちゃんはダメじゃないよ」


沈黙があまり長くならないうちに声を出す。安っぽくても不十分でも、黙っていたら何も伝わらない。


「それに、関係なくなんかないよ。友達だし、仲間だもん。関係ないわけないじゃん」


大丈夫だ。しっかりしゃべれている。これならどうにか行けそうだ。


彼女が言ったことは間違っていると、しっかりと伝えなければ。


「しぃちゃんは俺が困ってるときにちゃんと助けてくれたよ? だから、自分を嫌なヤツだなんて言っちゃダメだよ」

「……うん。ありがとう」


ありがとうと言っていながら、しぃちゃんが俺と距離をとっているように感じる。並んで歩いていたさっきまでと、実際の距離は変わらないのに。俺の言葉がブロックされているようでもどかしい。


「それにさ」


負けちゃダメだ。しぃちゃんの心のドアが閉じてしまったら簡単には開けられない気がする。


「元山たちって、俺も苦手だよ。ああいうタイプと馴染めないのはしぃちゃんだけじゃなくて、俺も同じだよ。気にする必要ないって」

「景ちゃんは男の子だから……、あたしとは違うよ」

「それは……」


言葉に詰まってしまった。性別を、理解できない理由に挙げられると反論のしようがない。


彼女が顔を上げた。そこに浮かんだ微笑みは弱々しくて、まるで何もかもあきらめてしまったように見える。


「泉美たちは普通だよ? 仲良くしてる子たくさんいるし、いつも楽しそうで、一緒にいると盛り上がるし、みんな泉美たちといるの好きだもん。だけど、あたしは……上手くいかない」


ふっと息をついて、彼女は視線をはずしてしまう。


「あの子たちとだけじゃないんだよね。ほかのひとと話しててもしょっちゅう感じる。その場の雰囲気を壊しちゃったり、受け答えが普通の枠からはみ出しちゃったりして、周りが困っちゃうこと、よくあるの。またやっちゃったなあって思うんだけど、ちっとも直らなくて……」


またため息。


「要するに、あたしが変だってこと。だから、話に相槌を打つだけにするとか、当たり障りのないことを答えるとか気を付けていたんだけど……。そうやって話を合わせてることが、馬鹿にしてるって思われちゃったのかもね」

「話を合わせることなんて、誰でもするよ」

「でも、あたしはそれが下手だったってこと。やっぱり普通の範囲には入れていない」

「それは……」

「そんなあたしが男の子と出かけたりしちゃいけなかったんだよね……」

「そんなこと……」


その理屈は絶対におかしい。


「たしかにしぃちゃんはほかの女子たちとは違うかも知れない。違うかも知れないけど、だからって“変”だなんてことにはならないよね? それに、なんで男と仲良くなっちゃいけないんだよ? そのルール、相手にも適用されるの?」

「それは……」

「俺や礼央が誰と仲良くなるかは、俺たちが自分で判断することだよ。周りがどう思うかなんて、それこそ関係ないじゃん」


彼女は反論できないのだろう。唇をきゅっと結んで黙ってしまった。


「しぃちゃんは変じゃないよ。いちごだってしぃちゃんのこと、ちゃんと認めてるよ? 礼央も、しぃちゃんが変だなんて思ってないし」


そう言えば……。


しぃちゃんは、女子に苦手意識のある俺が異例のスピードで仲良くなれた女の子だ。いちごのお陰もあるとしても、だ。それはつまり、彼女が一般的な女子とは違うということを示していると言えなくもない。


だとしても。


それは断じて悪いことではない。しぃちゃんがしぃちゃんであることに意味があるということだ。


そうだ。それを伝えないと。


「俺だって――今のしぃちゃんのこと、いいと思ってる。ほかの女子とは違うからこそたくさん話したいって思うんだよ」

「今のあたし……ね」


懸命に伝えたのに、しぃちゃんはなぜかなげやりな表情で「ふふっ」と笑った。


「景ちゃんが見てるのはあたしが創ったあたしだよ」


笑っているのに、向けられた瞳は暗い。


「いつもにこにこして前向きなことを言って。でも、それは単なる自己防衛なの。周りから攻撃されないように、いい子になっていただけ。いい子に見えるように振る舞っていただけ。ほんとうのあたしじゃないの」

「しぃちゃん……、そんなことないよ」


俺の言葉が届いていない。こんなにも俺は無力なのか。


「あたし、弱虫なんだ。みんなに文句言われないようにってことばっかり考えてるの。ずるいんだよね」

「そんなことない。違うよ。そうじゃない」

「景ちゃんは善意のひとだから、偽物のあたしをそのまま信じてくれたんだね。ごめんね」


俺の心は彼女の言葉が間違いだと知っている。けれど、彼女の表情から、俺が何を言っても跳ね返すつもりだと分かってしまう。


どうして俺の言葉を信じてくれないのか。もどかしさで胸が詰まる。


「くぅちゃんは勘違いしちゃったみたいだだけど……」


静かに言ってうつむく彼女。


「優しいんだよね。でも、さっき黙ってたのだって、自分の身を守るためだもん。反論したらもっとたくさん言われると思って怖かったの。くぅちゃんのためじゃないって、あとでちゃんと説明して謝らなきゃ」


そして顔を上げ、にっこりした。


「ね?」


――彼女の扉が閉まってしまった……。


間に合わなかった。俺の言葉では足りなかった。俺では役に立たなかった。


しぃちゃんはすっかり決めてしまった……。


「ごめんね、景ちゃん。せっかく仲良くしてくれたのに、なんか……本物じゃなくて」


肩をすくめて笑う彼女。でも、俺は笑えない。


「しぃちゃん。本物じゃないなんて俺は」

「ということで」


しぃちゃんが素早く立ち上がる。振り返った表情はあまりにもさっぱりしていて。


「あたし、帰るね」

「え?」


膝がまるでばね仕掛けのように伸びた。


「じゃあ俺も」


俺を見上げる瞳は今までと変わらないように見えるのに。


「ごめん。ひとりで帰るから」

「でも」

「ごめんね。その方がいいんだ。少し、ひとりで歩きたいの」

「だけど――」


もし自分だったら……、と頭をかすめた。


もし俺がしぃちゃんの立場だったら、きっと、ひとりになりたいと思うだろう。ひとりになって、いろいろなことを考えて、たくさん考えて。だけど……。


「大丈夫」


しぃちゃんが明るく言った。俺が何を心配しているか、彼女はちゃんと分かっているのだ。聡明な彼女だから。


「気を付けて帰るから。途中で事故に遭ったりしないし、明日はちゃんと学校に行く。帰ったらくぅちゃんと仲直りもする。だから心配しないで。それにね」


いたずらを打ち明けるような上目遣いで微笑む。さっきまでならときめいたであろうこんな表情も、俺に心配させないためだと思うと寂しさを感じるだけ。


「くぅちゃんの荷物、渡してもらいたいんだ。テーブルに置きっぱなしだったから」

「え……」

「これ」


差し出された布製のバッグはたしかにくぅちゃんのものだ。そう言えば、俺たちを売店に迎えに来たくぅちゃんは地図しか持っていなかったかも……。


「お財布もスマホも入ってるの。だから、あたしが持って帰るわけにはいかないんだ。悪いけど、景ちゃんから渡してもらえる?」

「それは……」


礼央に連絡したら、すぐに戻って来るだろうか? でも、くぅちゃんがまだ落ち着いていなかったら気がつかないかも知れない……。


「お願い」


嫌だと言えば、彼女は帰れない。それなら……。


「……そうだね。分かった」


ひとりになりたいという彼女の気持ちを思うと断れない。


「ありがとう」


礼央たちが戻って来ないかと、望みを託して見回してみる。けれど見当たらない。


「じゃあ、あたし行くね。景ちゃん、ほんとうにごめんなさい。礼央くんにもちゃんと謝るから。じゃあ……、明日ね」

「うん……、明日」


ワンピースの裾が翻る。


遠ざかっていくしぃちゃんのうしろ姿にそっと「絶対だよ」と声をかけた。


――明日、絶対に、いつもと同じように笑顔で「おはよう」って言おうね。


彼女は振り返らないまま見えなくなった。


俺の手にはくぅちゃんのバッグ。胸の中には虚しさと不安と……バランスをとるために練り上げた期待。


彼女はきっと気持ちを整理できる。明日にはまた元の関係に戻れるはずだ。閉じてしまった扉もきっと開く。


礼央に連絡するためにスマホを取り出してからベンチに戻った。メッセージには、ここで待っていることだけを書いた。


しぃちゃんが帰ったことはふたりに直接話した方がいい。くぅちゃんの荷物がここにあるのだから、落ち着いたら戻って来るのは間違いない。


ふたりが戻ったら、俺もすぐに帰ろう。急げばどこかでしぃちゃんに追いつくかも知れないし。


それにしても……。


しぃちゃんがあんな悩みを抱えていたなんて。


みんなと違うこと。“普通”からはみ出していること。


悩んで、傷付いていたのだ。ずっと、ひとりで密かに。


悩みが深くて傷付いていたからこそ、俺には――おそらく誰にも――言わなかったのだ。俺もそうだから分かる。本当に深く傷付いたときには礼央にだって話さない。


そんな中で彼女は『五輪書』と出会った。そして、俺が気付かなかった「比べることの無意味さ」というエッセンスをキャッチした。彼女には“みんなと違う”という悩みがあったから。


俺に「比べるのをやめる」と宣言したときは嬉しそうだった。あんなふうにきっぱり言ったのは、自分に言い聞かせるためでもあったのかも知れない。


俺は、そんな彼女の一面しか見ていなかった。


前向きに努力する理由を自分と似たようなものだと思って、彼女を理解したつもりになっていた。もっと深い悩みがあることに気付かなかった。


――やっぱり俺って……甘いのかな。


家族や経済的な心配があるわけじゃない。他人から攻撃されたりもしていない。存在感が薄いことなんて、そう度々問題になるわけではない。礼央やしぃちゃんの状況を考えると、自分は恵まれていると思えてくる。


――あ。俺、今、比べてる。


比べるって……。


劣っていると悲しいのは当然だけど、恵まれているからといって嬉しいとは限らないんだな……。




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