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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第4章 漸進
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4 過ぎてゆく日々


しぃちゃんとの距離をもう少し縮めたいと思いつつ、毎日が勉強と部活であっという間に過ぎていく。高校生ってどうしてこんなに忙しいのだろう?


休み時間や昼休みは授業の片付けやちょっと誰かと話しているあいだにチャンスが消えている。帰ってからも、気付くと寝る時間で、すぐに次の日がやってくる。その繰り返し。


俺の決断力と行動力が足りないせいだと分かっている。ただ、一方でなんとなく、以前に比べて女子から声をかけられることが増えたような気がしている。それで小さなチャンスが消えてしまう、みたいな。もちろん、クラスメイトとしてごく普通の接し方だけど。


宗一郎はちゃんとしぃちゃんと話す時間を作っていて、それを見て落ち込みそうになったときには、“他人と比べない約束”を自分に言い聞かせている。


そんな中でも読書は続いている。二冊目の『われはロボット』ももうすぐ終わりだ。


もともとしぃちゃんと共通の話題作りのために始めた読書だから、やめるという選択肢はない。でもそれだけじゃなく、読書が基本的に自分だけで完結する行為であるというところが俺に向いている気がしている。


読むことも、感じることも、俺の自由。誰にも迷惑はかけないし、俺と本――著者――との間には誰も入ることができない。感想を誰かと話し合うとしても、言葉にして伝えられるのは一部分に過ぎず、大半は自分だけのものだ。だから読書はとても個人的なもので、そしてそこが、自分に自信が持てない俺には安心できる部分だ――というのもあるけれど、実際のところ、本が面白いのだ。それが一番の理由。


部活では三年生が引退し、部長は俺たちの学年のエースアタッカー、津久井(つくい)光至(こうし)が引き継いだ。驚いたことに副部長に俺の名前が挙がり、津久井からの「景が副部長なら、俺も安心して部長をやれそう」という言葉の有り難さに負けて、引き受けることに決めた。


先輩から説明を受けてみたら副部長はほぼ事務担当であると分かり、俺としてはかなりほっとした。津久井がリーダーシップを存分に発揮できるように、俺は雑用をしっかりこなしていこうと思う。


図書委員会の五月の会議では、夏休みの読書推進の企画が議題になった。六月下旬から夏休み向けのコーナーを設けるということで、学年ごとにテーマを決め、本を選んでPOPを作る担当と、コーナーの飾りつけ担当に分かれるのだ。


今回も俺は文章を書かなくていい「飾りつけ担当」に入った。しぃちゃんは何か言いたそうな顔で俺を見ていたけれど何も言わなかった。ただ、図書新聞のときのように何が起きるかわからないので、覚悟だけはしておくつもりだ。


そして、五月も中旬を過ぎたころ、九月の九重祭文化部門のクラスの出し物決めがおこなわれた。


うちの学校には、九重祭で二年生が劇をやるという伝統がある。劇じゃなくても舞台で発表するというのが学校中で暗黙の了解になっていて、もともとこれを楽しみに入学してくる生徒も多い。うちのクラスでも特に反対はなかった。


九重祭では生徒と来場者による人気投票があり、まずは観客をどれくらい呼べるかが一つのポイントになる。つまり、企画が大事なのだ。すでにいくつかの案が挙がっていて、その中から明治時代を舞台にしたロミオとジュリエット的な恋愛もの『呂海雄(ろみお)珠璃(じゅり)』に決まった。監督と演出は演劇部の田原(たはら)理久(りく)、シナリオは大和若葉(やまとわかば)がやるという。


演劇部の理久は予想どおりとして、ほとんど存在感のなかった大和が企画の中心部に躍り出たことに、みんな少なからず驚いた。そして、ふたりが指名した主役二名は――宗一郎としぃちゃんだった……。


「気になるよねー」


部活に向かいながら、礼央が劇のことを話題にした。俺に同情するような顔をしているけれど、からかいを含んでいるのは声で分かる。


「仕方ないよ。監督と脚本の意見が一致してるんじゃ」


理久は宗一郎を指名した理由を「真面目で硬い感じの見た目」と「顔と名前が売れてること」と説明した。観客を呼ぶために、有名であることは重要なポイントだ。生徒会役員である宗一郎はどちらの条件も満たしている。


しぃちゃんが選ばれた理由はコーラス部で鍛えた声と舞台度胸だった。俺としては、そこに彼女の「凛とした佇まい」を付け加えたい。珠璃は元武士の家の娘という設定で、姿勢の良さや芯の強さを感じさせる表情ではしぃちゃんの右に出る者はいないだろうと思う。


しぃちゃんは自分が指名されると驚いて、辞退しようとした。でも、驚きながらも引き受けた宗一郎に「やろうよ」と言われると、それ以上は言えなくなってしまった。話し合いが長引いてみんなの反感を買うことを恐れたということもあるかも知れない――というのは俺の憶測だ。


「ねえ、景も出れば? 劇」


キャストは主役の二人以外は後日とのこと。どうやって決めるのかも分からない。


「えぇ? 絶対無理」


舞台の上で何かをやるなんて、絶対に無理だ。大勢に見られることを想像しただけで、緊張で気絶しそうだ。


「景は背が高いから、舞台で映えると思うけど」

「俺よりも礼央が出た方がいいんじゃね? 友だち多いから観客動員数で貢献度大だよ」

「うーん、そうだなあ……。高校生活の思い出に出てもいいかも」


思わずはっとした。高校生活の思い出なんて。


礼央の口から出ると、とても大切なものに思えてくる。誰にとっても三年という同じ時間なのに。俺はその時間を大事にしているだろうか?


「礼央、くぅちゃんとは連絡取った?」


気になっていたことを思い出し、声を落として尋ねてみる。礼央が「うん」と答えた。


「メッセージと……電話を一回。特に問題なし」

「“問題なし”って……」


思わず笑ってしまう。まるでルーティンの報告みたいだ。俺の顔を見て礼央は「まあね……」と頭に手をやって。


「楽しいよ。ただ、楽しいけど、なんていうか……上っ面だけ、みたいな?」

「向こうが?」

「うーん……、いや、俺もかな。当たり障りのないことだけやり取りして、またねって感じ」

「そうか……」


考えてみると、礼央とくぅちゃんの出会いは普通とは違った。お互いを傷付ける言葉で始まったのだ。その反動のように、仲直りした午後は一気に距離が近付いたように見えた。あの日から時間を置いた今、顔も見えない状態では勝手が違うのは当然だろう。


「向こうも同じように思ってるかもな。まあ、俺のことなんかどうでもいいのかも知れないけど」


自嘲気味の言葉。なんとかしてあげたいけれど、俺に何かができるわけもない。でも、黙っていることもできない。


「あの日はすごく気が合ってるように見えたよ」


そう。俺の記憶の中のふたりはほんとうに楽しそうだった。太河も一緒にたくさん笑って。


「くぅちゃん、俺には遠慮してたけど、礼央には全然違ってた。礼央も学校の中とは違ってて、けっこう厳しいこと言ったりしてた」

「ああ、最初に性格悪いところ見せちゃったからね。取り繕ってもしょうがないし」

「うん、それで良かったんじゃないかな」

「そうかぁ?」


礼央が疑わしげな視線を向けてくる。でも。


「だって、あんなに楽しそうだったんだから。今さら性格のいい礼央なんか見せられても、戸惑いしかなくない? きっと“こんなひとだっけ?”って思われるよ」

「俺、年がら年中、性格悪いわけじゃないぞ」


俺の肩を押して礼央が笑う。それからため息をひとつつくと、「たしかに探り探りになってるからなあ……」とつぶやいた。


「俺はさあ」


どう言えば上手く伝わるのかと言葉を選ぶ。


「俺と一緒にいるときの礼央が好きだから、くぅちゃんにもそのくらいは出してもいいんじゃないかと思うよ」


ふわふわした明るさでみんなに親しまれている礼央だけど、それは礼央の渡世術のようなものだ。俺といるときは、口調は軽いものの、もっと真面目でシニカル、そしてたまに甘えん坊だ。


「ふふっ、景、大胆なこと言うね」

「え?」

「だって」


ニヤリとした礼央が両手を広げた。


「女の子にこんなことしろだなんて!」

「ぎゃ……っく」


礼央の腕が俺を締め付けた!


「違うっ、これじゃなくて……」


こんな力で締めつけたら、くぅちゃんの背骨が折れてしまう。違う意味で避けられるぞ!


「なーんだ、違うのか」


わざとらしく残念そうな表情をつくって俺から離れた礼央。でも、すぐににっこりして、「ありがとう」と言った。


「顔が見えないと本音は言いにくいんだよね。失言を警戒して、思ったことをそのまま言えない。ひどいことを言っちゃっても、次の日に学校で謝れるわけじゃないから」

「ああ……、そうだな」


俺は……どうだろう? しぃちゃんと電話で話したとき……。


「あーあ、やっぱり会って話したいなあ」


言いながら、礼央が伸びをした。


「顔が見えるって大事だと思わない? 景」

「そりゃそうだよ」


相槌を打ちながら、しぃちゃんのくるくる変わる表情を思う。そして、まっすぐに俺を見つめてくる瞳を。電話やメッセージではそれを見ることはできない。相手の存在を肌で感じることも。


「会おうって言ってみたら?」

「そうだよねぇ。でもなあ……」


断られる可能性を考えているのだろうか。くぅちゃんが有名人だから迷っているのだろうか。


――俺は?


しぃちゃんとゆっくり話したい。でも、一度決心したのに、やっぱり何もできていない。図書委員の当番が頼みの綱だ。


――礼央もこんなに迷うんだ……。


これは新しい発見だ。


迷って足踏みしている礼央を“ダメなやつ”とは思わない。ということは、俺もまだ“ダメなやつ”ではないってことだ。何も行動に移せないからと言って落ち込むのは早い。


「いっぱい迷おう。期間限定ってわけじゃないから」


思わず言葉が口をついて出た。自分の言葉に自分でうなずいてしまう。


「そうだよ。だって、『急いては事を仕損じる』って言うじゃん?」

「ははは、景らしい言葉だと思うけど、たしかにそうだね」


礼央がほっとした様子で笑った。


礼央と同じ迷いの中にいると思うと気持ちが軽くなる。ただ、俺の場合はそこに『急がば回れ』で読書が加わっていて、どこまで回り道をすれば気が済むのか分からないのが情けない。


――そういえば……。


しぃちゃんは大丈夫だろうか。主役を仕方なく引き受けた感じだったけど……。





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