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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第4章 漸進
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1 ライバル?!

第四章「漸進」です。


連休明けの朝、椿ケ丘の駅で降りると一気に夏が近付いた気がした。九重高校の生徒が夏用の服装に変わり始めたせいだ。


うちの学校は連休明けから夏服もOKとなっている。男子は学ランの着用が不要になり、女子のセーラー服は白地に紺色の襟とスカーフに変わる。パンツとスカートは紺と黒のままだけれど、上半身が白くなっただけで景色が一気に明るくなる。夏服の方が軽くて楽なので、肌寒い日でも冬服には戻らずにセーターやカーディガンを羽織る生徒がほとんどだ。


しぃちゃんも今日は夏服だろうか。


白と紺のセーラー服にはポニーテールが似合いそうだ。いや、下ろした髪がしなやかに風になびくのもいい。俺が「しぃちゃん」と呼ぶと振り返って微笑む。追いついた俺と一緒に歩いて……おいおい。


白昼夢に浸ってる場合じゃない。これが実現するように、しぃちゃんを見逃さないようにしないと。


それにしても、けっこうな日差しだ。去年は日傘をさしている女子がいてびっくりしたっけ……。




「あ、景ちゃん、おはよう」

「お? あ、おはよう」


廊下ですれ違いざまに手を振ってあいさつしてくれたのはしぃちゃん……ではない女子だった。結局、学校までの道でしぃちゃんには会わなかった。


「おはよー」

「あ、うん、おはよう」

「おはよう、景ちゃん」

「う、おはよう」


教室に入っても女子からのあいさつが続く。まるで礼央みたいだ。


こんなに女子から声が掛かると警戒心がむくむくと湧いてくるのが俺の(さが)だ。


女子にいたずらでも仕掛けられているのか? 地味男子に女子みんなであいさつをするとか……? でも、教室を見回してみても、観察されている気配はない。男もいつもどおり、軽い合図を送ってくるだけ。


――でも、変な感じ。


一番後ろの席なのに前の入り口から入るのはクラス替え初日からの癖なのだけど、今朝は後ろから入ればよかったと思ってしまう。


自分の机にバッグを置いてもう一度見回してみる。教室内にはやっぱり変わった様子はない。しぃちゃんの姿がないのはべつに珍しいことではない。もっと仲良くなる努力をしようという意気込みに水をさされた感はあるけれど……。


「あ……、おはよう」

「お、おう。おはよ」


後ろの入り口から入って来た大和若葉(やまとわかば)。クラスで一番というくらいおとなしい女子だ。今までは目が合っても小さく頭を下げて横をすり抜けていくだけだったのに、今朝は顔を見てあいさつされてしまった。


これは球技大会の成果なのか? いちごが「景ちゃん」を広めたことがこんなことに? 打ち上げの誘いを断っても?


「景! おっはよー!」

「ぐっ、お、礼央、おはよ……」


礼央の剛力ハグにこれほど安心感を覚える日が来るとは思わなかった。滅茶苦茶守られてる感じ。


「礼央、しぃちゃんと話した?」


解放されて最初に訊いてみる。俺もしぃちゃんと話したいけれど、礼央の問題の方が優先だ。


「まだ来てないみたいなんだよね。あ」


しぃちゃんが前方の入り口から入ってきた。


「あれ?」


白いセーラー服は予想していた。姿勢の良い立ち姿も持っているリュックも、そして笑顔もいつものしぃちゃんだ。でも……髪が短い。


この前まで肩から背中へと流れていた髪が、肩の上あたりでばっさりと切られている。


一緒に図書委員の仕事していたときに、あの髪が俺の制服の袖に触れたこともあった。長いポニーテールは本物の馬のしっぽみたいで、俺は気に入っていた。そんな俺の記憶が長い髪と一緒にお払い箱にされたような、微妙な淋しさ。きのうの電話では何も言ってなかったのに。


と、少しばかりショックではあるけれど、くぅちゃんほどのショートではない髪型は、彼女の雰囲気をやわらかく変えた。その新しいしぃちゃんも好ましいことに変わりはない。イメチェンが成功している。


女子に囲まれたしぃちゃんが、足を止めて笑顔で髪に触っている。髪を切ったことを話しているのだろう。


いつの間にか礼央がほかの女子に混じってそこにいた。礼央にとっては性別の違いは何の障害にもならないのだ。でも俺は……あそこに加わるよりも、彼女が自分の席に来たときに話しかけることにしよう。出遅れるけれど、その方が落ち着いて話せる。


彼女が自分の席に向かって歩き出した。礼央に笑顔で声をかけ、礼央の「ありがとう」という言葉が聞こえた。


礼央の用事が終わるまで待った方がいいだろう。俺が行ったらふたりとも気を使うだろうし……なんて思って見ているあいだにも、ふたりはスマホを取り出した。


「あれ? 礼央と話してるの、大鷹?」


後ろからの声の主は相模(さがみ)宗一郎(そういちろう)だった。


「うん、そう」

「髪、切ったんだな」


その口調の何かが引っかかって、思わず宗一郎の表情を探ってしまう。しぃちゃんを見つめる表情が俺の胸を波立たせる。


メガネをかけて、落ち着いた秀才風な顔立ちの宗一郎。見た目の期待を裏切らず、勉強がよくできるし、生徒会の役員でもある。スポーツもそれなりにできて付き合い上手でもあるから、誰とでも気軽に話せる関係を築いている。と言っても、それは男子中心であったのだけど……。


俺もしぃちゃんに視線を移す。ちょうど礼央の用が終わったところで、微笑みを浮かべたしぃちゃんがスマホをポケットに戻した。


――今かな? でも宗一郎がいるし……。


ためらったその瞬間。


「いいね。俺、すげぇタイプ」

「え?」


ぎょっとして振り向いたときには宗一郎は歩き出していた。


「大鷹、髪切ったんだね」


驚いている俺の耳に宗一郎の声がはっきりと聞こえた。しぃちゃんがあいさつした声は聞こえたけれど、その後に続いた言葉は分からなかった。


――え? え? どうしよ? 俺も行った方が?


彼女の席まではほんの数歩。礼央もまだしぃちゃんのところにいる。今ならまだ大丈夫だ。迷ってる場合じゃない。行かなくちゃ!


「しぃちゃん、おはよう」

「おはよう」


笑顔をちゃんと向けてくれた。でも、彼女の新しい髪型のせいでなんとなく照れくさくて、目が合う寸前で礼央に視線を移してしまった。


「大鷹、しぃちゃんって呼ばれてるの?」


宗一郎の声にはっとした。


「俺も呼んでいい?」

「あ、うん、もちろん」

「ありがとう。今の髪型と似合ってるよ、『しぃちゃん』って」

「え、そう?」

「うん。親しみやすい雰囲気……かな」


――やられた……。


宗一郎がこんなに積極的だとは思わなかった。普段は女子と絡まないから俺と同じように苦手意識があるのかと思っていたけれど、単に興味がないだけだったに違いない。目的があればこんなにしゃべるのだ!


それが分かっていれば「しぃちゃん」とは呼ばなかったのに。俺の方が親しいことを示そうとして使ったばっかりに……。


「しぃちゃんさあ、電車でよく本読んでるよね? どんな本が好きなの?」


――!!


ということは、よく同じ電車に乗っているということだ。


これはヤバい。


迷わず口にした「しぃちゃん」も、彼女が本好きだという情報を把握していることも、俺が途中から入ってもすぐに話を取り返したところも。宗一郎がライバルになると非常に手強いのは間違いない。


「外国の冒険ものとかファンタジーが多いけど、SFも読むし、ミステリーも読むし、日本の文豪もそれなりに読むよ」


しぃちゃんが答えている。読書は学校の課題しかやってこなかった俺には日本の文豪以外は作者名も作品も思い浮かばない。


「おお! 俺もSFとミステリー好きだよ。最近読んだ中ではアシモフの『われはロボット』がよかったな。少し古いかも知れないけど」


あしもふだって? 人の名前か? あし、もふ?


「それ、あたしも読んだことあるよ。ユーモアがあるお話とロボットの純粋さが悲しくなるようなお話があって……あたしもああいうの好きだな」

「俺はロボット心理学っていう切り口が面白いと思ったな。今は何を読んでる?」

「『ケルトの白馬』っていう本。イギリスの古代を舞台にした物語なの。ここに出てくる白馬の地上絵って、ほんとうにあるらしいんだよね」

「へえ。本に出てくる場所を実際に見てみたいよね。たとえば――」


ふと気付くと、礼央が袖を引っ張っている。退散しようということらしい。たしかに、しぃちゃんと宗一郎の話を阿呆面をさらして見ていても仕方がない。でも。


礼央にもう一度引っ張られ、しぶしぶその場を後にする。


「大丈夫。景の方が何歩も先行してるから」


俺の肩を軽くたたいて、礼央が慰めてくれる。


「うん……」


そうだ。俺には4月からの積み重ねがある。図書委員という接点もある。だけど、その程度のリードでは宗一郎のあの勢いですぐに追いつかれそうだ。


「礼央。俺も本を読むことにする」

「お。前向きな発言」


感心したふりで俺をからかう礼央。でも、俺は本気だ。


「俺の趣味は読書にする」

「いいねぇ、そういう宣言。覚悟を感じるよ」


うちの学校の図書館にはたくさんの本があった。あれだけあれば、俺が好きな本だってきっとあるはずだ。そして、しぃちゃんと本の話をするのだ!





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