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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第3章 変化
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10 これぞ魔法


朝食の食器を洗いながら、少しばかり落ち込んでしまった。自分の考えの至らなさに。


俺は自分のことしか考えていなかった。才能がない自分を憐れむばかりで、諒の心を慮ることをしなかった。諒は何でもできて当然だと思いこんで。でも、そんなに楽に生きている人間なんて、そうそういるわけがないのだ。


勉強がずば抜けてできる諒を――、それだけじゃなく、性格も良い諒を特別だと決め込んで、何でも苦労せずにやってのけると思っていたのは先生たちだけじゃない。俺もだ。


俺は諒の家族で、先生やクラスメイトよりも諒の近くにいた。なのに、頑張っていることが見えていなかった。それが情けない。しかも、諒が頑張った理由のひとつは俺だったのに。


もちろん、諒のことは大好きだ。凡庸な自分が悲しくなったりするけれど、諒は俺の自慢でもあるし、憧れの存在でもある。大切にも思っている。


でも、ちゃんと理解していなかった。


今まで諒の何かを心配したこともなかったような気がする。万事順調だと勝手に決めつけて。


……そういえば、しぃちゃんはどうなんだろう? あのときは俺と同じだって喜んだけれど。


ふたごだから、中学までは家でも学校でもくぅちゃんと一緒にいたはずだ。ってことは、お互いの状況がよく分かっていたのかも知れない。俺とは違うかな。


でも……。


声が聞きたいな。


しぃちゃんの明るい声が聞きたい。そう思っただけで耳によみがえってくる。「ねえ、景ちゃん」と……。


――そうだ。電話だ。


迷っていたけど、友だちなんだから電話くらいしたっておかしくないはずだ。むしろ迷っている方が下心がありそうで怪しいぞ。……まあ、下心がないわけでもないけれど。


連休中は家にいるって言ってた。だったら俺と話すのも気分転換になるんじゃないか?


――うん。そうだ。迷う必要なんかない。


決めたら即、実行したほうがいい。また弱気になる前に。


べつにしぃちゃんが困るようなことを話すわけじゃないんだ。普通に、ただ普通に……、コール音でドキドキするなんて、これが恋なのか?


『はい、大鷹紫蘭です』


――ちょっと待った!!


何を話すか考えていなかった。どうしよう、どうしよう、どうしよう――。


『あれ? 景ちゃん……だよね? ……切れちゃったかな?』

「あっ、ごめん、いるいる! しぃちゃん、元気?」

『うん、元気だよ』


危なかった! 冷や汗かいちゃったよ。


でも、しぃちゃんの声、楽しそうだ。にこにこしている彼女が目に浮かぶ。俺の電話、迷惑じゃなかったんだ。こんなことなら、もっと早く電話すればよかった。


「あの……どうしてるかなー、と思って電話してみた。外に出ないって言ってたから。くぅちゃんもいるの?」

『ううん、くぅちゃんはさっき出かけた。自分の学校の友だちと』


お。それならゆっくり話しても平気かな。


「また男の子みたいな格好で行ったの?」

『ふふ、今日は違うよ。学校の友だちはくぅちゃんのこと『紅蘭』って呼ぶから、男装してもあんまり意味ないからね。ただ、パフェの店のあたりは避けるように言っておいた』

「ああ、そうだよね」


よし。だいぶ落ち着いてきた。まだ少しドキドキするものの、この程度の緊張感はちょうどいいかも。


「休み中はずっと本読んでたの? 疲れない?」


話題として出せるのはしぃちゃんのことで知っていること、つまり、本をたくさん読むということだけだ。俺の方に面白い話があればよかったけれど……。


『ん? ずっとっていうほどじゃないよ。ほかにやることがあるから』

「そうなんだ?」

『うん。午前中は洗濯とか掃除とか……』

「え? 家事?」

『うん。うちね、父はデパートで、母は自動車販売の仕事なの。だから休日はだいたい仕事なんだよね』

「じゃあ、しぃちゃんが……」

『うん。あたしとくぅちゃんで家のことやるよ。さっき掃除が終わって、ひと息ついてたところ』

「そうか。お疲れさま」


そう言えば、うちの洗濯物は……干してある。父さんが行く前にやったんだな。部活に行く前に、簡単に部屋を掃除しよう。


「じゃあ、あとはゆっくりできるんだ?」

『まあね。夕方まで自由時間!』

「いいなあ」


開放感いっぱいの口調が羨ましくなる。


『景ちゃんだって、部活楽しいでしょ? いいじゃない』

「あはは、そうだよね」


自由時間の少なさを思うとき、部活を単なる拘束時間としてカウントしてしまっている。でも、たしかに俺はバレーボールが好きだからバレー部に入っているのだ。嫌なことを無理にやっているわけじゃない。


「しぃちゃんはどれくらいのペースで本読むの? ゴールデンウィーク中に二、三冊? もっとかな」

『ん?』


思い出しているのか、間が空いた。それから『ああ』と何か納得したような声がした。


『本も読むけど、もっと時間使ってるのは別なこと』

「え? 家事以外で?」


何? ――って訊いてもいいのだろうか? それは立ち入りすぎ?


『ふふふ……、あんまり他人(ひと)には話さないんだけど……』


軽く声をひそめ、秘密めかした言い方に引きこまれる。どんな顔をしているのか目に浮かぶようだ。こんな言い方をするなんて、いったい何?


『あのね、ゲーム』

「え? ゲーム? ゲームって、スマホの?」


しぃちゃんがスマホに向かって必死になっている姿を想像してみる。ちょっとミスマッチな……。


『スマホじゃなくて、テレビにつないでやるやつ』

「ああ」


それなら納得だ。しぃちゃんとゲームの組み合わせは意外ではあるけれど、俺の想像可能な範囲内。


『あのね、クリスタル・レジェンドって知ってる? すごーく人気のあるシリーズで、去年、(ナイン)が出たんだけど』

「ああ、タイトルは知ってる。勇者が世界を救う系の」

『そうそう、RPGね。あたし、このシリーズがめちゃくちゃ好きなの。何時間でもやっていられるくらい。ふふ』

「そうなんだ……」


記憶にある「クリスタル・レジェンド」のCMは、かなり重厚なファンタジーという印象だった。ストーリーを追うゲームなら、本好きのしぃちゃんが好きだというのも腑に落ちる。


『景ちゃんはゲームってやらない?』

「中学生くらいまではやったけど……、誰かと対戦するやつ。でも、なんだか忙しくなってやらなくなったなあ」

『そうだよね。今はスマホで隙間時間にやる子はいるけど、卒業しちゃってるひとも多いよね。だから、あたしも学校では言わないの。周りの子が反応に困るの分かってるから。あ、いちごは知ってるけど』

「ふうん」


じゃあ、俺はしぃちゃんのゲーム好きを知ってる数少ない面子のひとりってことだ。いちごと同じくらい信用してもらえたってことだな。


それにしても、ゲームが好きだなんて、彼女のイメージが少し変わった。しかも、「何時間でも」というのは“かなりはまってる”プレイヤーだ。


「じゃあ、この休み中は、その去年出た新しいのをやってるんだ?」

『ああ、違うよ。それはもう終わってる』

「あ、そうなの?」

『今は7をやり直してるの』

「え? やり直してるの?」


同じストーリーを? 攻略方法が分かっていても? 「何時間でも」に加えて「何回でも」なんて、そんなに好きなんだ!


『主人公が好きなんだー。最初のときにやりきれなかった部分もあるし。やっぱりテレビの画面でやるのはいいよー。綺麗だし、動きがなめらかでカッコいいもん。新しいやつなんて、マップに継ぎ目がないんだよ。どこまでも走って行けるの。セリフもたくさん入ってるし』

「そうなんだ?」


俺にはよく分からない部分もあるけれど、いつになく熱のこもった話しぶりがなんだか可愛く思えてくる。嬉しくなって、思わず笑っていた。


「しぃちゃんはそのシリーズを1から全部やったの?」

『全部はやってないよ。もともと母がやっててそれを見ていたんだけど、自分でやったのは6が最初。で、7でしょ? 8はオンラインだから手を出してなくて、一番新しいのが9ね』


なるほど。オンラインゲームには手を出さないという、しぃちゃんなりのルールがあるらしい。


「じゃあ、しぃちゃんちでは親子でゲームの話ができるんだね」

『そうなの。くぅちゃんもやるから。でも、お父さんはダメなんだ。いつもひとりでテレビ見てる』

「あはは、仲間外れなんだね」


親の年代でゲームが好きなひともたくさんいるだろうけれど、全体から見ると少数派だという気がする。


『景ちゃんは趣味ないの? 時間がたくさんあるとき』

「そうだなあ、暇なとき……、マンガ読んだりテレビ見たり、ネット検索したり……」


考えてみると、俺って趣味がないのか?


『運動部は体力使うし、あんまり時間ないのかな』


気を使ってくれたようだ。ちょっと申し訳ない。


「確かに普段は部活と宿題でいっぱいいっぱいで、休みの日も寝てるかぼんやりしてるか、だな」

『ぼんやりか……。そういう時間、必要だよね』

「天井の木目をたどっても何もないけどね、ははは」

『あ! あたしは壁紙の模様をたどることあるよ。似てるね!』


……なんて、こんなふうに、俺としぃちゃんは最後まで特別な話はしなかった。でも、電話を切ったとき、胸の中が温かく満たされた気がしていた。


息をついたところでふと気付いた。俺、落ち込んでいたんだっけ……。


沈んだ気分は楽しい気分に上書きされてしまった。考えてみると、しぃちゃんの第一声を聞いた瞬間に、落ち込んでいたことなんて忘れてしまった気がする。


なんという効果だろう! さすがしぃちゃんだ!


――そうだ。


俺も何か趣味を見つけよう。もう少し何か話せるように……って。


目的のために趣味を探すっていうのは逆かな? 好きなことが趣味になるんだから。でも、何を?


……あれ?


メッセージが届いた。しぃちゃんから。今、電話を切ったばかりなのに……?


『午後は部活だよね? 礼央くんに伝えてほしいことがあります。明日、学校で会うけれど、結果を早く知りたいと思うから。『返事はOKです』これで分かると思います。お使い頼んじゃってごめんね。わたしが連絡先を聞いておけばよかったんだけど』


礼央の頼みごと! そうだ、これがあった!


いったい何だったのだろう。こんなふうに言付けたということは、礼央としぃちゃんの関係には変化がないと考えていいのか? 連絡先も交換していないようだし。


まあ、でも、これは礼央が喜ぶ結果になったってことだ。つまり、頼みごとの内容は礼央が話してくれるはずだ。


よし。今日の部活が楽しみだ!





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