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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第3章 変化
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6 クラスメイトたち


球技大会二日目、ソフトボールの打順を待っているときに、後ろで「Kuranちゃんも一緒に」という声が聞こえた。


「ネットで話題になってるパフェ、すっごく可愛いの!」

「あ、あたしも知ってる!」

「こだわりのフルーツソースなんだって! マンゴーとかヤバいよ」


応援に来ている女子たちが連休後半に遊びに行く話をしているらしい。くぅちゃんに会ったことは口止めされているよなあ、と思いながら、しぃちゃんがどう答えるのかこっそり聞き耳を立てる。


「Kuranちゃんもどこか空いてない?」

「一日くらいどうにかなるでしょ?」


熱心に誘っているのは元山と道中のようだ。以前からくぅちゃんのことをよく話題にしていた。


それにしても、この前もしぃちゃんたちは食べ物屋3軒をはしごする予定だったし、今回もまた食べ物屋に行く話だ。女子の食べ物に向ける情熱には恐れ入る。


「ごめんね、空いてる日は家族で出かけることになってて」


しぃちゃんのすまなそうな声がした。


「えー、そうなんだー?」

「残念〜」

「せっかく誘ってくれたのに、ごめんね。紅蘭もなかなか休みの日がないから……。久しぶりの家族の予定なの」

「それじゃあ、しょうがないねー」


――ふうん。


成り行きが分かったところで立ち上がってバットを取った。いちごの威勢の良い「景ちゃん、頼んだよ!」という声に応えて振り向き、さり気なくしぃちゃんも確認すると、俺の視線に気付いて微笑んでくれた。


――気を使うよなあ。


しぃちゃんの家族の予定というのはウソだ。ご両親はずっと仕事だから、彼女はのんびり過ごすと言っていた。くぅちゃんの予定は分からないけれど。


いや、もしかしたら、俺に言ったことがウソだったのかな? でも、俺にウソをつく意味がない。やっぱりさっきの方がウソだろう。


断ったのは、自分が行きたくないからか、くぅちゃんが嫌がるからか。自分だけが行くと言わなかったということは、彼女も気が進まないのかな。


しぃちゃんと元山たちは教室ではよく話しているけれど、それほど仲が良いわけではないのかも。いちごもしぃちゃんも、元山たちとは少し雰囲気が違う。まあ、俺が苦手なタイプかどうかという尺度での話だけど……。


バッターボックスに立つと、今日も女子たちの「景ちゃーん」という声が聞こえてくる。あの中にしぃちゃんも混じっていると思ったら、むくむくとやる気が湧いてきた。


振ったバットにぼこん! と、手ごたえを感じた。ほぼ同時に聞こえた「ぎゃー!」という声はいちごだ。打球がサードの頭を越えていき、走る俺にクラスメイトが叫んでいる。しぃちゃんの声は――聞き分けられない。


一塁ベースに乗って、息を整えながらしぃちゃんを探してみると、いつの間にか彼女は礼央と一緒にいた。バスケの試合が終わったのだ。集団から少し離れて、なにやら親密そうに話している。と思ったら、俺に気付いたふたりが笑顔で手を振った。


――なんだよ。


思わず湧き上がる拗ねたような気分。


どうして礼央は彼女とふたりでいるんだろう。何を話していたんだろう。いつだったか、礼央は俺のためにしぃちゃんと仲良くするようなことを言っていたけれど、あんなふうに、ふたりだけで話してるじゃないか……。


俺の試合が終わる前に女子たちは昼メシを食べに行ってしまったらしい。待ってくれていた礼央が「俺たちもお昼にしようよ」と笑顔で言った。そんな礼央を見たら、礼央としぃちゃんとの仲を気にしている自分にちょっと嫌気がさした。


「景、靴紐ほどけてるよ。踏むと危ない」


校舎の手前で礼央が教えてくれた。その場でしゃがんで靴ひもに手をかける――と。


「……ったく、頭にくるよ」


不意に女子の不機嫌な声が耳に飛び込んできた。はっとして手が止まる。


俺はひとが怒っている気配をかなり敏感にキャッチしてしまう。対人関係に自信がないから警戒心が働いているのか、他人の不機嫌さをキャッチしやすいせいで対人関係が苦手になったのか分からないけれど、とにかく不機嫌な雰囲気や声に素早く反応してしまうのだ。


そっと見回すと、声の出どころは部室棟への通路らしい。


「紫蘭ってさあ、あたしたちのこと馬鹿にしてる気がするんだよね」

「分かる〜! 去年もときどき思ったよ~」


紫蘭、という名前にドキッとする。聞き違いかも、と思いながら顔を上げると礼央と目が合った。戸惑いの表情が俺の聞き違いではないことを示している。


「あたしたちに話を合わせてるけど、興味ないの丸わかりだし」

「そうそう! メイクとかブランドとか、全然知らないよねぇ? いつもすっぴんだしさぁ、ホントにKuranちゃんの姉妹? って感じ」

「さっきだって、誘ってあげたのに、家族で用事とか言っちゃって。はっきり『行きたくない』って言えばいいのに」

「だよねー! あたしたちに気を遣ってる風だけど、心の中では適当にあしらっちゃえって思ってるの見え見え」


数人の女子がいるようだ。自分たちが見えないことに安心しているらしく、声に遠慮がなくなっている。話の内容からして元山と道中もいるらしい。悪意のある断定調の言葉を聞いているうちに、なんだか息苦しくなってきた。


「あたしたちはさぁ、Kuranちゃんに会いたいから誘ってるのに、Kuranちゃんに話を通してもくれないで、即拒否だからね」

「でしょ?! 『訊いてみるね』くらい言ってくれてもいいじゃん? いつもそうなんだよ。腹立つよね〜? 何様?」


なるほど。さっき、パフェの店にしぃちゃんを誘ったのは、くぅちゃんが目的だったのだ。どうやら、今までも同じような誘いをして、その度にしぃちゃんが断っていたらしい。


それにしても、しぃちゃんのことはどうでもいいってことなのか? 彼女たちにとってしぃちゃんはただの道具なのか?


「それよりさ、気付いた? 礼央くんがさ、紫蘭のこと『しぃちゃん』って呼んでるの」


俺も呼んでるけど……と思いながら礼央を見ると、俺を見返して軽く肩をすくめた。


「何それ? いつから?」

「きのう気付いた。しかも内緒話とかしてて」


ショックを受けたらしい「え〜〜〜」という声にざまあみろ、と思う。内緒話には少しばかり複雑な思いもあるけれど。


「礼央くんは女子をだいたいファーストネームで呼ぶでしょ?」

「でも、紫蘭を『しぃちゃん』なんて呼んでる子、ほかにいないよ?」

「何かあったのかな?」

「紫蘭なんて何の面白味もないじゃん。礼央くんとは上手く行きっこないよ」

「ていうか、男子が興味持たないでしょ、あれじゃ」

「言えてる! あははは」


――面白味もないって。


俺にはお前たちの方が何の面白味もないぞ。不愉快なだけだ。


立ち上がると、礼央もうなずいた。こんな話、気分が悪い。さっさと移動しよう。


「女子ってよく見てるんだなあ」


離れて声が聞こえなくなると、礼央が苦笑した。呆れてはいるものの、礼央は自分が女子に見られていることをちゃんと知っている。それを踏まえての人懐っこさでもあるのだと俺は思っている。


「だけど、しぃちゃんのことは全然分かってないんだね。ね、景?」

「ああ」


俺はまだ腹の虫がおさまらなくて、苦笑いさえすることができない。でも彼女の笑顔を思い出したら――。


「うん。しぃちゃんはいい子だよ」


断固として言い切ると、礼央は「そうそう」と笑顔でうなずいた。


「景も、もっと大きい声で『しぃちゃん』って呼ばないと。みんなに聞こえないから俺だけみたいに思われちゃってるんだから」

「俺だってちゃんと声出してるけど? 女子の注目度が違うんだよ、礼央とは」

「そんなことないと思うよ。それに、俺がしぃちゃんと話したのって、ほんの1、2分なのに」

「そうなのか?」


じゃあ、俺が見たのもその短い時間だったのか? さっきの女子たちには嫉妬心で長く――いや、俺も同じか。でも内緒の話って、いったい何? 礼央としぃちゃんの間で?


「実は」


校舎に入るとき、礼央が少しあらたまった顔をした。


「しぃちゃんにちょっと……頼みごとをしてるんだ」

「頼みごと?」


問い返した俺の視線を避けるように、礼央は目を伏せた。


「うん。連休明けには結果が分かると思うから、上手くいったら景には話すね。ダメだったら……」


言葉を切り、少し考えてから上げた顔は笑顔だった。


「分かんないや。話したくなるかも知れないし、時間が必要かも知れない。そのときになってみないと……」


言い淀む礼央をみていたら、突然、自分が恥ずかしくなった。俺はまた礼央を疑っていたと気付いたから。それに気付いて、礼央はこんなふうに言うのだと。


「話さなくてもいいよ。そんなこと、気にしない」

「うん……。じゃあ、俺が何も言わなかったら、ダメだったって察して」

「分かった。もしかしたら、連休明けには俺が忘れちゃってるかもよ?」

「え〜? それはそれで薄情な気がする」


礼央はこんなふうに笑っているけれど、その話は礼央にとって大きなことに違いない。いつもよりも気弱そうな笑顔や歯切れの悪い話し方でそれが分かる。


「頼みごと、上手くいくといいな。俺も祈ってる」

「はは、ありがと、景。俺も今は神頼みしかないからなぁ」


礼央がしぃちゃんに頼むようなことなんて、俺にはまったく思い付かない。……いや、思い付くのは礼央が……やめよう。もしそうだったら、俺がどう思おうと、礼央ははっきりと言うはずだ。


考えてみると、俺は礼央に何かを頼まれた記憶はない。ふわふわしているようで、他人を当てにしないのだ。俺よりもずっとしっかりしている。


「あ、礼央くんと景ちゃん。バレーの応援、ありがとね!」


後ろから「景ちゃん」とはっきり呼ばれ、一瞬怯んでしまった。追いついてきたのは女子バレーに出ていた湯原だ。並んでみると、いちごやしぃちゃんよりもかなり背が高い。


「ねぇ、景ちゃんでしょう、紫蘭にアドバイスしたの。すごいね。紫蘭の動き、前と全然違う。積極的で」

「そう? ほんの少し話しただけなんだけど、よかった、役に立てて」


チームメイトに認めてもらえたならしぃちゃんの進歩は本物だ。よかったね、しぃちゃん!


「それよりさっちゃん、すごかったね」


礼央が隣から声をかけた。


礼央は俺には信じられないくらいさらっと、女子をファーストネームやニックネームで呼んでしまう。そして女子たちはそれを違和感なく受け入れる。礼央と仲良くなって1年以上経つけれど、未だにその都度、驚きを禁じ得ない。


「バレーは今は体育だけしかやってないんだよね? なのに、アタックもサーブもばんばん決めて。現役と変わらないじゃん」

「うわー、ありがとう、礼央くん! いっぱい練習したんだ」


湯原は嬉しそうな顔をした。


「真剣勝負でバレーするの久しぶりで楽しかったよ〜。今度さあ、昼休みに一緒にやらない? 景ちゃんも」


どうやら俺の「景ちゃん」はほんとうに定着したらしい。湯原の口調に面白半分の響きはないことに、心からほっとした。


いちごのお陰で、クラスでの俺の認知度が上がったようだ。また感謝しろと言われてしまうかも知れない。




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