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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第2章 相棒!
16/51

9 昼休みに


暗示の効果については、とりあえずは悩むのはやめようと決めた。


分からないものはいくら考えても分からないし、きっと、好きになったときには心でそうだと分かるだろう。ほんとうに恋をしたら……きっと分かると信じたい。


それまでは昨日までと同じでいい。相棒で同志。図書委員の仲間で、比較ストップ同盟。せっかく楽しくて心地よい関係なのだから、今はそれでいいじゃないか。急いでその先を考える必要はない。


「あ、そうだ! きのうの比べる話なんだけど」


昼休みに図書館に向かいながら彼女が話し出した。数人の男子が賑やかに俺たちを追い越して階段を下りて行く。


「比べるのをやめようって言ったでしょ? でもね、落ち込みそうになったときに効果がある比較があることに気が付いたの」

「効果がある比較? 必ず?」

「そう。何だと思う?」


楽し気に瞳をきらめかせている彼女はやけに魅力的に見える。目を合わせているのが気恥ずかしくて、考えるのを口実にさり気なく視線をはずした。


「落ち込まないで済む……ってこと? つまり自信がつく?」


彼女が大きくうなずく。それに促されてまた考える。


「自信がつく。自分の方が優っていることが確実な比較。つまり……サルと比べるとか?」

「え? サル?」


驚いた様子で目を瞠り、それから笑い出した。


「それは思い付かなかった! 確かに自分の方が優ってるよね。けど違うよ。サルに勝っても嬉しくないでしょう? 鵜之崎くん、面白いこと言うんだね」


明るい声が階段スペースに広がる。その声で俺の中の気後れがすうっと消えていった。


「うーん、そうか。嬉しくないね。じゃあ、何?」

「あのね」


少し得意げに微笑んで、彼女は俺を見上げた。


「過去の自分」

「過去の自分?」

「そう」


ぽん、と踊り場に飛び降りた彼女が振り返る。俺が階段を下りて追いつくと、また並んで足を踏み出した。


「例えばね、いくら頑張っても上手にできないって思うことってあるでしょう? そういうときって、たいていまわりの人とか平均値とかと比べて自分はレベルが低いって思ってるよね?」

「そうだね」

「そこで、比べる対象を過去の自分に変えるわけ。そうするとね、絶対にプラスになってるはずなんだよ」

「おお、なるほど!」


彼女の言うとおりだ。どんなことでも、続けていれば上達しているはず。


「ね? で、そこまで頑張った自分を認めてあげて、苦手なことでも積み重ねれば上達するんだって納得できたら、きっとまたやる気が出るよね?」

「うんうんうん。これからも続けようって思える」


彼女が俺を見つめてにっこりした。俺もつられて笑顔になる。下の方から聞こえてくるパタパタいう足音や誰かを呼ぶ声が、なんとなくバックミュージックのようだ。


「大鷹って偉いなぁ。ほんとうに感心する」


前を向こうと思うこと自体が前向きだと思う。


「んー……、あのね」


彼女が視線を落とした。


「ほんとうはあたし、劣等感でいっぱいなの。自分のダメなところのこと、いつも頭から離れない。だから、あの宮本武蔵の言葉は画期的だと思った。どんなに勝っても強いことの証明にはならないなんて……。で、いろいろ考えてみたってわけ」


そう言って小さく肩をすくめる。


劣等感の塊――。


たぶん、双子のきょうだいのことも原因の一つに違いない。


俺も同じだ。諒のことを筆頭に、苦手なことや部活のこと、容姿やモテないことなど、たくさんのコンプレックスを抱えている。そして、今まではただあきらめてきた。それはもしかしたら、自分で限界を決めるようなものだったのかも知れない。


「でもさ、」


今度は俺が彼女を笑顔にできる気がする。一緒に笑えると気持ちがいいし。


「過去の自分と比べるっていうのはすごくいいよ」

「ね? そうでしょう?」


嬉しそうに答える彼女。それを確認して。


「うん。だって、何があっても身長は伸び続けるもんな? 大鷹だってちゃんと伸びてるはずだし、もしかしたら、そのうち俺を追い越すかもよ?」

「え? 身長?」


目を丸くした大鷹が立ち止まった。


「うん。気にしてるんだよね? きのう言ってたじゃん」

「言ったけど……」


1、2秒黙ったあと大きく息をつき、口を引き結ぶ彼女。そのまま大股で俺を追い越し、ととととん、と階段を下りていく。もしかしたら触れてはいけない話題だったのだろうか。笑ってくれると思ったのだけど、調子に乗りすぎたかも。


「あの、ごめん。言い過ぎた。ごめん」


彼女は追いついた俺をちらりと見て、すぐに視線を階段に戻す。


「謝らなくてもいいけど」

「そう?」


でも怒ってるみたいだよ――とは声に出さない。


図書館の入り口の手前で彼女は止まった。


「あのねぇ」


まるで言い聞かせるみたいに俺を見上げる。


「あたしの身長、中3から2ミリしか伸びてないの。どう思う?」

「え」


2ミリ? 中3から? 2ミリって、誤差の範囲って言われても……。


「今、『誤差の範囲』って思ったでしょう」

「う、いや、そんなこと……。でもほら、小学生のときと比べれば――」

「いくら過去の自分と比べるって言ったって、小学生の身長とは比べたくないよ」


それはそうだ。


「でもでも! これから伸びるかも知れないじゃん」

「まあね」


苦々しい表情で答える彼女。これから伸びるなんて、まったく信じていないようだ。


「うーん……、背が低いと困るのかな……?」


そうっと尋ねてみた。すると彼女は呆れたような視線を俺に向け、大きくため息をついた。「そんなことも分からないの?」と顔に書いてある。


「不便なんだよ、いろいろと」

「そうなんだ?」

「でも、いいや」


ようやく機嫌を直してくれたみたいだ。ニヤりと思惑あり気な笑顔を見せた。


「あたしに足りない身長が鵜之崎くんにはあるみたいだから、あたしの分も頑張ってもらうことにする」

「うんうん、もちろん! 俺の身長が役に立つならいくらでも言って」

「よしよし。うふふ」


図書館の戸を開けて、満足げに含み笑いをする彼女を先に通す。俺たちに気付いた雪見さんが「パソコン出しておいたよ」ときのうと同じ席を指差した。


大鷹と並んで座りながら、学年初日にいちごに「背が高いだけが取り柄」と言われたことを思い出した。


まさにそういう会話の流れになっているけれど、それが大鷹とのコミュニケーションにも役立っているのだから、背が高いだけでも取り柄があってよかった。しかも、大鷹の足りないところを俺が補うというのは特別感がある。


「そう言えば」


朝のことを思い出した。


「礼央とずいぶん仲良くなったんだね」


礼央には俺ほど彼女との接点はないはずなのに、もう立ち話ができるほど親しくなっっていることに驚いた。礼央が人懐っこいことは分かっていたけれど。俺は彼女との距離について考え過ぎて、しかも答えが出ないままなのに。


「ああ。礼央くんは誰にでもフレンドリーだから」


微笑んで答えた彼女が、何かに気付いたように俺を見た。それから小さく首を傾げて。


「もしかして、妬いてるのかな?」

「え?!」


や、妬いてる? ってことは、俺が大鷹を……って言ってるのか?! 俺の気持ち?!


「な、なんで? どうして? どういう――」

「うふふ、大丈夫だよ」


そんな顔で「大丈夫」って、いったいどういう意味? もしかして、大鷹は俺を……ってこと?


「礼央くんの一番の友だちは鵜之崎くんだから。あたしは取ったりしないから大丈夫。心配しないで」


――ん?


礼央? 取ったりしない?


……そうか。礼央か。俺はからかわれたんだな。身長話の仕返しか。


「そんなこと心配してないよ」

「そう?」


妬いてるなんて言うから慌ててしまった。自分の気持ちが決まるまではのんびりしていようと決めたのに。俺の反応は怪しくなかっただろうか。


でも……。


こんなふうにからかうなんて、彼女はちゃんと俺に馴染んでくれているのだ。そう思うと胸のあたりがくすぐったくて、くすくす笑いがこみあげてくる。




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